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4.2

 パチパチと、火鉢の中で焚き火のはぜる音がする。

 フォークを手にしたサラを見るレイの目は、手負いの大型犬のようだった。

 このひとにころされるかもしれない。でも、ごはんをくれるかもしれない。

 それでも笑顔を作ろうとするのだから、サラの心はたまらなかった。

 ああ、食べさせたい!

 フォークにマシュマロを刺し、焚き火であぶる。

 すぐにマシュマロはぶくぶくと泡立ち、少し焦げ、甘い香りが立ちこめる。

 サラはフォークを火から離すと、四角いビスケットを二枚手に取った。

 そして一枚のビスケットにマシュマロを置き、素早くもう一枚で挟む。

「はい、レイ、どうぞ、手料理ですよ」

 きゅうーー。

 部屋を包む甘い香りに、レイの腹の虫が切なく鳴く。

 しかしレイは、なかなかビスケットを手に取ろうとしない。

 受け取っていいのか判断しようと、サラの表情を凝視している。

 怖がらなくてもいいと伝えたい。

 サラはビスケットを、凝視する顔の前に差し出した。

「はい、レイ、あーん」

 あーん、と聞いて、レイの顔が輝いた。

 ごはんくれるひとだ!

 存外大きめのレイの口が、サラの手から直接ビスケットをかじる。

「あつっ」

「あ、気をつけてください」

 焼きたてのマシュマロはまだ熱すぎたらしい。レイは一瞬顔をしかめたが、すぐにトロンとした表情に変わる。

 サクサクとビスケットをかじる一口ごとに、青白い頬がピンク色に変わっていく。

「もっと食べますか?」

「うん……もっとちょうだい……」

 サラはさっきと同じようにマシュマロを焼き、ビスケットで挟んだ。

「はい、あーん」

「むぐ、もぐ」

 レイの表情は甘味の悦楽に、すっかり蕩けてしまっている。

 ふいに、ふふ、とレイは笑い出した。

「口の中、やけどした。やけどしたよ、うれしい、ふふ」

 サラの胸の、喜びと哀しみが同時に噴出した。

 口の中をやけどするのがうれしくなるほど、彼は温かい食べ物から遠ざかっていたのだ。

 頭に回った糖分が、彼に急激な目覚めをもたらしている。

「あったかい、あったかいね、サラ」

 いつもの、相手を安心させるための笑顔でなく、自分が安心したがゆえの笑顔で、レイは言った。

「よかったです」

 サラは、自分の顔まで笑顔になっているのに気づかずに、火鉢の隣に置いておいたカップを、レイに渡す。

 人肌程度にぬくもった牛乳が、カップには満たされている。

 レイは、こく、こく、と喉を鳴らし、少しずつ牛乳を飲んだ。

 牛乳を飲んだレイは、安心の表情のまま言った。

「ごちそうさま。おいしかったよ、サラ」

 レイのまぶたが下がり始め、首が何度も前に倒れる。

「ごめん、なんか……、急に眠くなって……」

「大丈夫ですか?」

 サラは今にも転倒しそうなレイの傍らにより、体を支えようとする。

「うん……。大好きだよ……サラ」

 すーっとレイのまぶたがおり、サラの膝の上に倒れ込む。

 とっさに抱え上げると、すうすうという寝息が聞こえた。

 想定内である。

 慢性的栄養失調の人間は胃が弱っている。ゆえに消化しやすいビスケットとマシュマロの取り合わせにしたが、これはこれで別の問題がある。

 急激な血糖値の上昇に体が耐えきれず、強い眠気に襲われるのだ。

 しかし、サラは、レイが眠ったことが、血糖値の問題だけでないと察していた。

「怖いものは全部、私より弱いから」

 いつからなのか、きっと何年も何年も、張り詰め続けていた気が緩んだのだ。

 サラは、自分の膝にレイの頭を移動させ、彼の灰色の髪を撫でた。 

美青年がおいしいものを食べさせてもらって、おなかいっぱいになって眠くなっているという、極めて健全なシーンです。そういう目で見るのは見る側の性癖の問題です。(しれっ)

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