4.1
部屋の扉が開き、メイドが部屋に入ってくる。
「奥様、いかがなさいましたか?」
火鉢を目視して、メイドは質問をやり直す。
「奥様、これはいかなるものですか?」
サラはメイドに説明する。
「レイが私の手料理なら食べるとおっしゃるので、調理器具を作成しました」
メイドは一瞬ギョッとしたが、すぐに表情を厳粛な使用人フェイスに戻す。
「お邪魔をいたしまして申し訳ありません」
頭を下げるメイドに、サラは「いえ」と端的に答え、次いで問うた。
「ライフルが存在しないこの世界で、即座に銃声で駆けつける。失礼ながら、お名前を伺っても?」
メイドは謝罪の一礼をした。
「申し訳ありません。わたくしは旦那様に拾われた身でございますので、身命を賭してご奉公する義務がございます。軽率に名を明かすわけには参りません。メイドは階段下の妖精に徹するものです」
「なるほど。私が信用できると確信するまでは、名前を明かせないわけですね」
「ご無礼、心よりお詫び申し上げます」
「いえ、私があなたを信頼できると、確信できただけで充分です」
メイドの顔立や肌の色は、大陸の東に特有のものだ。なんらかの戦闘訓練を受けた彼女は、なんらかをやらかし、レイにかくまわれている身らしい。
プロフェッショナル同士は、一目で感じ合うものがある。
サラがスナイパーのプロフェッショナルであるがゆえに、メイドのプロフェッショナルである彼女の忠義は感じ取れた。
彼女がレイの過去について、直接知らずとも噂は聞いているのは田舎あるあるだが、決して話しはしないだろう。
部屋の修理などの緊急案件以外で、サラが会える使用人は彼女だけだ。使用人からレイの過去を聞き出すのは、望み薄である
「恐れ入ります。では奥様、調理に関しまして必要な物はございますか?」
サラは少し思案した。
「そうですね……。とりあえずビスケットと……、後、私が作業の合間につまみやすい食事をお願いできますか?」
「かしこまりました」
一礼し、メイドは部屋から出て行った。
恐怖心は足音ににじみ出る。
表情や言葉を取り繕うのに長けた者ほど、相手が足音で判断していると気づかない。
要はいっぱいいっぱいなので、自身の足音を聞く余裕がないのだ。
レイの今日の足音は、恐怖心の塊だった。
今日のサラは雪中用のグローブをはめて、レイがノックする前に声をかけた。
「どうぞ」
逡巡する暇すら与えられなかったレイは、にっこりと明るい笑顔を取り繕って、部屋に入ってくる。
入ってくる足取りが、火鉢を見た瞬間慌てたように駆け寄る形に変わるのを、サラは見逃さなかった。
サラは火鉢の前、床に座っている。
レイはまるで、サラ自体が危険生物でないかという恐怖心と、危険生物なら自分がなんとかしなければという勇気から、床に座ったようにしか見えなかった。
笑顔を取り繕ったままで。
「すごいね、サラ、これ、サラが作ったの? 火をどうやって点けたの?」
サラは言った。
「説明は後にしてください」
手早くグローブをはめた手で、長めのフォークを握って告げる。
「私は食べさせたいのです」
スナイパー、医師、メイドと気難しいタイプのプロフェッショナルに好かれる辺境伯(だっていないと人間関係の潤滑油がないんだもん……)
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