3.8
さて。
部屋に一人残ったサラは、思考を開始した。
ベッド枠では、満腹になったコダマガラスが、ご機嫌で目を細めている。
調理の基本は煮炊きである。いや、切るだけ混ぜるだけの料理も多数あるが、その手の料理で手料理感を出すのは、盛り付けのセンスが必要とされる。
具体例としてサラダを上げよう。
手料理感のあるサラダ:サラダボウルに盛られた色とりどりの野菜、カッティングされたゆで卵、ドレッシングかマヨネーズが添えられている。
サラの作るサラダ:キュウリを丸かじり
「ふ……。野営でしか調理なんてしませんからね……」
思わず自嘲の笑みが漏れた。
スナイパーが山中やら森やらに潜みながら作る食事に、見た目の温かみや長い調理時間など、無縁である。
乾パンや水で腹を膨らませるのが基本。
食べられる野草と一緒に、狩った獣の肉を煮込み、肉を焼くのが一番のごちそう。
温かい食事こそごちそうなのだ。
ああ、なるほど……。
「温かいものを食べさせてあげたいんですね、私は」
切るだけ混ぜるだけ系の料理では、温かくない。
温かいものを食べさせるためには、火が必要だ。
しかし室内には、マッチも火打ち石もない。火をおこせる道具は何もない。
小さいストーブでも持ってきてくれと頼もうか、と思いかけて、サラはレイの手を思い出した。
国王陛下を招いた際、ランプを持ったレイの手は、震えていた。
彼が外さない手袋の下に、何があるのかはしれないが。
おそらく、レイは火が怖い。
「これ以上、怖がらせたくはない……」
何を考えているのかはわからないが、レイはサラを好きだと言ってくれている。
それなのに、サラはいつも、レイを怖がらせてばかりいる。
火が点く道具がほしいと言ったら、また怖がらせてしまうかも……。
サラの浮かない顔を心配するように、コダマガラスが肩に飛び移ってきた。
サラは肩のコダマガラスに、心配するなと言う。
「火は簡単におこせますから」
火をおこすのはライフルでできるのだ。
弾を分解し、火薬と薬莢で火をおこせる。
問題は、火をおこした後である。
室内で焚き火をするわけにはいかない。かまどになるものが必要だ。
サラはもう一度室内を見渡した。廃材と化した家具やインテリア、そして無事な水鉢がある。
解。
「スナイパーには十全です」
ドラゴンが脚をすべてへし折った上、縦に真っ二つに破壊した椅子を手に取る。
まずは脚を拾い集める、これで四本の棒状の木材が得られた。次に、
「ふッ!」
膝に椅子を乗せて気合いを入れ、腕に力をこめる。
縦に真っ二つになった椅子の、半分の背もたれをへし折って外す。もう片方の椅子も同じく、背もたれをへし折る。
これで四本の板状の木材が得られた。
8つの木材を、陶器の水鉢に立てて並べ入れる。
次は火を点ける。
部屋を壁沿いにぐるりと巡り、壁の材質を確認する。
「ここです」
壁のうち、レンガ造りの箇所の前に立ち、サラは空中で手を握った。
『来たれ』
唱えると手の中に重みと金属の冷たさを感じ、成功したと手を開く。
手のひらの中に、7.62ミリライフル弾が一発出現している。
ラクール一族の異能である。
適当な紙はないかと探すと、ラクール一族の祈祷文書があったので、引き裂く。サラの口角は一瞬つり上がる。
引き裂いた祈祷文書の表の布を、レンガ造りの床に置く。
ついで出現させたライフル弾の薬莢から、弾丸を抜く。弾から取り出した火薬を床に置いた祈祷文書に振りかけると、祈祷文書本体の紙を薬莢のせんにした。
背中からライフルを抜く。
紙をせんにした薬莢をライフルに装填し、表の布からわずか上に銃口を向けて、発砲する。
通常より軽快な発砲音がした。
銃声に驚いたコダマガラスが、バタバタと羽ばたき、サラの肩にすがるように飛び乗ってくる。
サラは、コダマガラスのあごを撫でた。
「ご覧なさい。火が点きましたよ」
祈祷文書の表の布が、めらめらと燃えさかっていた。
銃と弾があれば火はおこせる。スナイパーの常識だ。
火がついた布を、水鉢の中に入れると、パチパチとよく燃え始めた。
「成功です」
見た目は水鉢の中で木を焼いているにすぎないが、実質は浅い縦穴を掘って丸木を立て、焚き火をしているのと同じである。この焚き火のしかただと、燃料が少なくて済むにもかかわらず熱をよく発し、最後には焼けた炭がまで手に入るのだ。
「名付けて水火鉢……。いえ、単純に火鉢でよいでしょう」
次は焼くものである。おりよく足音が聞こえてきた。
銃声を聞いたメイドが、様子を見に来たらしい。
スナイパークッキング第一段階! 廃材と弾丸でコンロを作成!
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