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2/66

1.1

 花を、見ていた。

 サラがのぞいているスコープは6×42。6倍の対物レンズが42ミリというスコープだ。

 このスコープのレンズには、あの鉢植えに咲く花は手の届く距離に映るが、 実際には通り一つ挟んでいる。

「ミリ、結局ご理解いただけない単位でしたね」

 スコープをのぞきながら、サラはひとりごちる。

 18歳とは思えぬ小柄な体は、窓枠にライフルの銃身を乗せ、立て膝をついて構えると、すっぽりと窓枠の下に隠れてしまう。

 だぶだぶのローブが、彼女のシルエットをかくしていた。

「ん?」

 冬に赤い花とはめずらしい、と見ていたが、よくよく見ると花ではない。

 葉の一部が赤い植物だ。

 植物の鉢植えは窓枠に置かれている。窓から幾度も、男女の二本の手が出て、赤い葉に触れていた。

「はあ、花が見たかったのですけどね」

 ため息交じりに、サラはスコープを鉢植えの下に向ける。鉢植えは3階の窓枠に置かれている。

「ん? 病人?」

 鉢植えの真下に、男が一人立っていた。彼女独自の単位を使用すれば、百九十センチほどの長身だ。しかし痩せている。貴族らしく仕立てのよいコートを着ているが、シルエットがあまりに細すぎる。

 サラはスコープを操作し、男の顔を拡大して見た。思わず眉をひそめた。

 頬がこけ、青白い顔をした男は、まだ若い。サラと同じぐらいの年齢だろう。

 髪の毛は白に近い灰色で、細面と相まって女性のようなショートカットに見えた。

 しかし顔立ちは女性的ではない。

 男性的ともいえぬ。

 少年的だ、とサラは思った。

 整った顔立だが、目の下のくまが濃く、どこかあぶなっかしい雰囲気がある。

 そして、彼のあやうさに、サラは一瞬、目を奪われてしまった。

 彼女がまゆをひそめたのは、彼があやうい少年特有の色気を放っているからだった。

 男は、特に理由もなさそうに、ぼんやりと突っ立っている。

 サラはスコープを男から、鉢植えに戻した。

 窓から出てくる男女の手の動きが荒々しくなり、赤い葉に何度もぶつかっている。

 鉢植えのある三階の部屋で、派手に痴話げんかが行われているらしい。つかみ合いをする男女の手が、鉢植えに当たっているのだ。

 サラはスコープを男に戻す。

 男はまだ、ぼんやりと突っ立ったままだ。

 自分の頭の上で怒鳴り声がしているだろうに、まるで離れようとする気配がない。

 先の展開を予測できたサラは、スコープを鉢植えに戻した。

 激高した動きで、女の手が三階の窓から飛び出し、鉢植えをたたき落とした。

 落下する鉢植えの真っ赤な葉が、突っ立っている男の頭に迫る。

 銃声が通りに響き渡る。

 サラが、ライフルの引き金を引いたのである。

 弾丸が当たった鉢植えは砕け散り、衝撃で落下の軌道がそれ、男の足下から一メートル離れた石畳に、鉢植えの破片が降り注いだ。

 撃たれた鉢植えから、植物性の赤が飛び散っている。

 銃声を聞いた男は、目をぱちくりとさせた。

「ま、何が起こったかわからないでしょうね」

 サラのあつかうライフルは、この世界には存在しない。

 当然ながら、サラの持ち得る、【げき】という技術も存在しない。

 スコープなどという遠くを見るレンズなど、思いつきすらしないだろう。

 男は、サラが見ていることにすら気づかず、さっさと薄気味悪い出来事があった場所を離れるはずだ。

 サラは身動きせず、スコープをのぞいたまま、男が離れるのを待つ。

 スコープの向こうで、男はキョロキョロと周囲を見回した。

 サラの予想は外れた。

 男はスコープの向こうから、サラに向かって、手を振った。

 白い手袋に包まれた手の振り方はこぶりだが、大きな笑顔で。

「お姉様」

 背後からかかった声に、サラは舌打ちしてライフルを下ろした。

 今は花が見たかったのに、よりによってとしか言いようがない男を見てしまった。

 思わず手を差し伸べたくなるような存在など、一番見たくなかったのに。

「お姉様ったら!」

 背後の声がせかす。サラが振り向く前に、妹がはしゃいでいるのを隠さず、告げた。

「早くいらして。みんな待ってるんですから」

 サラはいたしかたなく、ライフルを背中に背負って振り返った。

 妹のメアリは、両脇に一族の屈強な男を従え、後ろのらせん階段にサラをうながす。

 らせん階段は、代々聖女を生み出してきた、ラクール一族の聖堂に続いてる。

 メアリは、待ちきれない、とサラを何度も呼んだ。

「お姉様、急いでよ。みんな、お姉様が処刑されるのを待っているんですから!」

 サラ・ラクール。今から謀殺の場に向かう。

 

初回はずーっとライフルの話をしていましたが、ライフルにしか興味がない主人公だからしょうがないですね!

ちゃんと恋愛もするのでお楽しみにです。

0話のあとがき繰り返しすみません。以降は毎週月曜日AM6時に1話ずつ更新していきます。もしかすると、今後更新頻度は上がるかもです。

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