1.1
花を、見ていた。
サラがのぞいているスコープは6×42。6倍の対物レンズが42ミリというスコープだ。
このスコープのレンズには、あの鉢植えに咲く花は手の届く距離に映るが、 実際には通り一つ挟んでいる。
「ミリ、結局ご理解いただけない単位でしたね」
スコープをのぞきながら、サラはひとりごちる。
18歳とは思えぬ小柄な体は、窓枠にライフルの銃身を乗せ、立て膝をついて構えると、すっぽりと窓枠の下に隠れてしまう。
だぶだぶのローブが、彼女のシルエットをかくしていた。
「ん?」
冬に赤い花とはめずらしい、と見ていたが、よくよく見ると花ではない。
葉の一部が赤い植物だ。
植物の鉢植えは窓枠に置かれている。窓から幾度も、男女の二本の手が出て、赤い葉に触れていた。
「はあ、花が見たかったのですけどね」
ため息交じりに、サラはスコープを鉢植えの下に向ける。鉢植えは3階の窓枠に置かれている。
「ん? 病人?」
鉢植えの真下に、男が一人立っていた。彼女独自の単位を使用すれば、百九十センチほどの長身だ。しかし痩せている。貴族らしく仕立てのよいコートを着ているが、シルエットがあまりに細すぎる。
サラはスコープを操作し、男の顔を拡大して見た。思わず眉をひそめた。
頬がこけ、青白い顔をした男は、まだ若い。サラと同じぐらいの年齢だろう。
髪の毛は白に近い灰色で、細面と相まって女性のようなショートカットに見えた。
しかし顔立ちは女性的ではない。
男性的ともいえぬ。
少年的だ、とサラは思った。
整った顔立だが、目の下のくまが濃く、どこかあぶなっかしい雰囲気がある。
そして、彼のあやうさに、サラは一瞬、目を奪われてしまった。
彼女がまゆをひそめたのは、彼があやうい少年特有の色気を放っているからだった。
男は、特に理由もなさそうに、ぼんやりと突っ立っている。
サラはスコープを男から、鉢植えに戻した。
窓から出てくる男女の手の動きが荒々しくなり、赤い葉に何度もぶつかっている。
鉢植えのある三階の部屋で、派手に痴話げんかが行われているらしい。つかみ合いをする男女の手が、鉢植えに当たっているのだ。
サラはスコープを男に戻す。
男はまだ、ぼんやりと突っ立ったままだ。
自分の頭の上で怒鳴り声がしているだろうに、まるで離れようとする気配がない。
先の展開を予測できたサラは、スコープを鉢植えに戻した。
激高した動きで、女の手が三階の窓から飛び出し、鉢植えをたたき落とした。
落下する鉢植えの真っ赤な葉が、突っ立っている男の頭に迫る。
銃声が通りに響き渡る。
サラが、ライフルの引き金を引いたのである。
弾丸が当たった鉢植えは砕け散り、衝撃で落下の軌道がそれ、男の足下から一メートル離れた石畳に、鉢植えの破片が降り注いだ。
撃たれた鉢植えから、植物性の赤が飛び散っている。
銃声を聞いた男は、目をぱちくりとさせた。
「ま、何が起こったかわからないでしょうね」
サラのあつかうライフルは、この世界には存在しない。
当然ながら、サラの持ち得る、【狙撃】という技術も存在しない。
スコープなどという遠くを見るレンズなど、思いつきすらしないだろう。
男は、サラが見ていることにすら気づかず、さっさと薄気味悪い出来事があった場所を離れるはずだ。
サラは身動きせず、スコープをのぞいたまま、男が離れるのを待つ。
スコープの向こうで、男はキョロキョロと周囲を見回した。
サラの予想は外れた。
男はスコープの向こうから、サラに向かって、手を振った。
白い手袋に包まれた手の振り方はこぶりだが、大きな笑顔で。
「お姉様」
背後からかかった声に、サラは舌打ちしてライフルを下ろした。
今は花が見たかったのに、よりによってとしか言いようがない男を見てしまった。
思わず手を差し伸べたくなるような存在など、一番見たくなかったのに。
「お姉様ったら!」
背後の声がせかす。サラが振り向く前に、妹がはしゃいでいるのを隠さず、告げた。
「早くいらして。みんな待ってるんですから」
サラはいたしかたなく、ライフルを背中に背負って振り返った。
妹のメアリは、両脇に一族の屈強な男を従え、後ろのらせん階段にサラをうながす。
らせん階段は、代々聖女を生み出してきた、ラクール一族の聖堂に続いてる。
メアリは、待ちきれない、とサラを何度も呼んだ。
「お姉様、急いでよ。みんな、お姉様が処刑されるのを待っているんですから!」
サラ・ラクール。今から謀殺の場に向かう。
初回はずーっとライフルの話をしていましたが、ライフルにしか興味がない主人公だからしょうがないですね!
ちゃんと恋愛もするのでお楽しみにです。
0話のあとがき繰り返しすみません。以降は毎週月曜日AM6時に1話ずつ更新していきます。もしかすると、今後更新頻度は上がるかもです。
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