3.7
扉を開けたレイモンドが、がく然と問うてくる。
「それ……、何?」
サラはティースプーンを握ったまま、答えた。
「コダマガラスです。あなたが寝ている間に飼い始めました。それより、もう起きてきてよいのですか?」
部屋に入ってきたレイモンドは、以前よりまたやつれている。顔色も悪い。だが、コダマガラスを見た瞬間、無理やりに声を上げた。
コダマガラスも負けじとばかり「クァー!」と声を張り上げる。
「ああ、すみません、はい、あーん」
催促と気づいたサラは、炒めた豚ミンチをティースプーンですくい、コダマガラスの口に運ぶ。コダマガラスは満足げにごくんと食べた。
レイモンドは「ああああ……」と小声でつぶやいた後、コダマガラスを指さして叫んだ。
「認めない! そんなへんなカラス、私は認めない!」
絶食中の人間が、無理をして声を張り上げないでほしい。
サラはティースプーンを手にしたまま、コダマガラスからレイモンドに視線を向ける。
「先日のドラゴンの襲撃で、羽を痛めてしまったようで。魔獣ですから、自然に自己治癒しますし。せっかくなので飛べないうちに懐かせようかと。魔獣だからといって、怖がるようなものではありませんよ。
ほら、けっこうかわいいですよ」
食事を中断されて不服げなコダマガラスを、抱えてレイモンドに見せる。
レイモンドは大声を上げる。
「私の方がかわいい!」
「あなた、かわいい自覚あったんですね」
サラは思わず半目になる。しかし、レイモンドはなお張り合ってきた。
「そいつよりかわいい!」
「まあ……、こちらは小さい体でケガもしているわけですし」
「痛い! 私もケガが急に痛くなった!」
「寝てなさいよ、大きな図体をして」
「う……浮気者!」
「は?」
サラが半目のまま首をかしげると、レイモンドはギャンギャンまくし立ててきた。
「サラは誰にだってあーんってするんだ! ひどいひどい浮気者!」
「ごはんなんて自分で食べられた方がえらいんですよ」
「目の前で死にそうになってるだけで、どんな男でもごはんをあげちゃうんだ! ひどいひどい浮気者!」
「自分で言うのもなんですが、まっとうな人間ですね、私。後、なんでオスってわかったんですか」
「だってそいつオスの目をしてるじゃないか!」
「言い方」
コダマガラスの目をもう一度見るが、雌雄より「ごはんの続きまだー?」の催促が目に出ていると思う。
「見つめ合った! 他の男と見つめ合ってる! ひどいひどい浮気だ! 私というものがありながら!」
……レイモンドはコミュニケーション能力が高かったはずなのだが……。
こんな焼き餅の焼き方で、落ちる女はいないと思う。普段の色気も台無しになっているし。恋愛がからむとIQが下がるタイプなのか?
「めんどうな人ですね……」
「だってサラがー!」
サラはコダマガラスをベッド枠に止まらせると、レイモンドに近寄った。
そして、ギャンギャンうるさい口に、人さし指を当てて、呼ぶ。
「レイ」
レイモンドの顔が、一気に真っ赤に染まる。
「な、なんで、いきなり、レイって」
「以前、レイと呼んでとおっしゃったのはあなたですが」
「そ、そうだけど。なんでいきなり」
あわあわとするレイモンド、いや、レイにサラはいつもの無表情で話す。
「私だって、レイにもごはんをあげたいんですよ」
レイは、とっさとわかる叫び方をした。
「私だって、サラの手料理なら残さず食べる!」
めずらしく、サラの口角がつり上がる。
「それは、言質と取らせていただきますね」
レイの顔がますます赤くなり、自分で言ったくせに、信じられないという気持ちをあらわにして、問うてきた。
「ごはん、食べさせてくれるの?」
どこか迷子めいた、怖い人が怒り出す不安を抱えているような問い方に、サラは思わず無表情に戻って約束する。
「なんとかしましょう」
そして、話は終わりとパンパンと手を叩いた。
「と、いうわけで、明日またいらしてください。今日はちゃんと寝ていてくださいね」
「うん……」
静かになったレイが部屋を立ち去る。
去り際の彼の瞳には、いつもの媚びはなく、迷子が見つけた家が本当に自分の家か、いぶがるような、か細い期待があった。
扉が閉まる。直後、サラはベッドにつっぷした。
「かわいい……」
サラの真っ赤に染まっている顔を、コダマガラスが痛くない程度に突っつく。
「なんとかしましょう……。なんとかしてあげたいです……。ああ……もう……、めんどうな男……!」
サラの手料理作成開始。
期日:翌日
調理器具:なし
着火道具:なし
調理経験:野営のみ
作業可能空間:現在在室中の室内に限定
特記事項:調理人はスナイパーである
ヤンデレのくせにラムちゃんみたいな嫉妬の仕方をする辺境伯。次回、メシウマ開始です!
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