表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/66

3.5

 お仕置き、と聞いたレイモンドの顔が、すっと青ざめる。

「何の話……?」

 言い逃れも部屋から逃げ出すことも許さないと、サラはレイモンドの腰を抱き寄せた。 男の体として細すぎる腰の骨が、サラの腕にホールドされ、小柄なサラの方がレイモンドを抱えている形になる。

 二人の座っている椅子がぶつかり、ガチャリと音を立てた。

「レイモンド様、あなた、最初からお気づきでしたね? メアリが持つ回復の力は、かすり傷程度しか治せないと」

 抱き寄せているレイモンドの体が、指摘されたのにびくりと震える。

「と、いうか、メアリが自分の力を盛っているのを、ヴォルフガング陛下の前で暴いて、今の地位から突き落とすために、陛下をお招きしたでしょう。

 陛下がメアリを内心疎んでいると気づいたので、好機を逃すまいとしたでしょう」

 レイモンドの青い顔はさらにこわばり、おそるおそるとサラに問うてきた。

「嫌だった……?」

 サラは、レイモンドに言った。

「うれしかったですよ、復讐は気分がいいものです」

 レイモンドの胸の鼓動が、聞こえるほどに大きくなった。不安がさらに高まったと、心音で露見してしまっている。

 彼は無理やり、そう、平気だよ、怖くないよ、心配しないで、と言っているかのような、いびつな笑みを浮かべた。

 サラは、笑みの意味を解して告げた。

「レイモンド様、あなたは、自分の命を危うくしてまで、私を喜ばせようとした。その発想が、うれしくない。むしろ、私は怒っています」

 レイモンドにライフルを向けたとき、サラの胸は張り裂けそうだった。

 今、自分は誤射をしないだろう。だが、それは予想でしかない。ほんの少し、サラがなんらかのミスをすれば、レイモンドの命は消え失せる。

 彼の頭の上に落ちてきた植木鉢のように。

 あの植木鉢に気づいて手を振ってきた彼は、ライフルがどれほど危険かわかっていたはずだ。

 それなのに、自分の命よりも、サラが喜ぶことを優先した。してしまった。

 誰も「やめよう」と言えない状況を、自ら作って。

 レイモンドから笑みが消えた、きっと、彼は今まで、誰にも叱ってもらえなかったのだ。 自分をないがしろにしてまで、他者の機嫌を取るのをやめなさい、と。

「ですから、お仕置きです、レイモンド様」

 レイモンドは、怯えた表情でサラを見た。

 今まで信じてきた生き方が、否定された恐怖。

 それより単純な、根底に染みついた恐怖。

 他者を不機嫌にする、恐怖。

 レイモンドのコミュニケーション能力が高いのは、他人の不機嫌が怖いからだ。

 サラは腰に回した左腕をゆるめないが、レイモンドが逃げようとするそぶりはなかった。

 サラは右手で、フォークを手に取り、目玉焼きを一片、突き刺した。

「あーん」

「あ、え?」

 指示された内容がわかりかねているレイモンドに、サラは表情を出さぬまま告げる。

「お仕置きですよ、あーん」

 目玉焼きの白身にからまった黄身が、とろける太陽のように輝いている。

 香ばしい香りが食欲を刺激する。

 レイモンドが、ごくりとつばを飲んだ。食べたいという欲求を、必死にこらえている。

 何が彼を我慢させているのか、サラにはわからない。

 わからないけれど許さない。あえて、冷然とした口調に変える。

「いい子にお仕置きが受けられないんですか?」

 レイモンドはおずおずと、しかし、従順に口を開いた。

「あ、あーん」

 レイモンドの歯並びのいい歯の間に、サラはフォークを差し入れる。

 色の薄い舌に黄身がぽたりと落ちた瞬間、たまらずレイモンドは口を閉じた。

 サラはフォークをレイモンドの口から引きぬく。レイモンドは、もぐもぐと目玉焼きをいつまでも()(しやく)しながら、顔を真っ赤にした。

 いつも色の悪い頬がばら色に染まり、ばら色の上にぽたぽたと雫が落ちた。

 声を殺して、レイモンドは涙をこぼしていた。

「もう一口お食べなさい。ずっとおなかがすいていたんでしょう?」

 レイモンドは、サラの言葉に返事をせず、ただ、似合わないような喉仏が動き、彼が目玉焼きを飲み込んだのがわかった。

 サラは、今度はトーストを手に取る。レイモンドは今度は、自分から口を開いた。

 瞬間。

 (ほう)(こう)が響き、塔がビリビリと震えた。

 サラはフォークを取り落とす、レイモンドの腕がサラを包む。

 風圧! 衝撃!

 窓がガラスごとたたき壊される。

 覆い被さったレイモンドの下から、サラは何が起きたかを目視した。

 ドラゴンが塔に突っ込んできたのだ。

辺境伯に甘いお仕置きをするスナイパーです。(この作品は全年齢です)(直接的じゃないからこそヘキを刺せるのを知っています)

明日は『空六六六』の方を更新するためお休みです。次回は1月4日(土)、よろしくです! お気に召したら評価をポチっとお願いします。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ