3.5
お仕置き、と聞いたレイモンドの顔が、すっと青ざめる。
「何の話……?」
言い逃れも部屋から逃げ出すことも許さないと、サラはレイモンドの腰を抱き寄せた。 男の体として細すぎる腰の骨が、サラの腕にホールドされ、小柄なサラの方がレイモンドを抱えている形になる。
二人の座っている椅子がぶつかり、ガチャリと音を立てた。
「レイモンド様、あなた、最初からお気づきでしたね? メアリが持つ回復の力は、かすり傷程度しか治せないと」
抱き寄せているレイモンドの体が、指摘されたのにびくりと震える。
「と、いうか、メアリが自分の力を盛っているのを、ヴォルフガング陛下の前で暴いて、今の地位から突き落とすために、陛下をお招きしたでしょう。
陛下がメアリを内心疎んでいると気づいたので、好機を逃すまいとしたでしょう」
レイモンドの青い顔はさらにこわばり、おそるおそるとサラに問うてきた。
「嫌だった……?」
サラは、レイモンドに言った。
「うれしかったですよ、復讐は気分がいいものです」
レイモンドの胸の鼓動が、聞こえるほどに大きくなった。不安がさらに高まったと、心音で露見してしまっている。
彼は無理やり、そう、平気だよ、怖くないよ、心配しないで、と言っているかのような、いびつな笑みを浮かべた。
サラは、笑みの意味を解して告げた。
「レイモンド様、あなたは、自分の命を危うくしてまで、私を喜ばせようとした。その発想が、うれしくない。むしろ、私は怒っています」
レイモンドにライフルを向けたとき、サラの胸は張り裂けそうだった。
今、自分は誤射をしないだろう。だが、それは予想でしかない。ほんの少し、サラがなんらかのミスをすれば、レイモンドの命は消え失せる。
彼の頭の上に落ちてきた植木鉢のように。
あの植木鉢に気づいて手を振ってきた彼は、ライフルがどれほど危険かわかっていたはずだ。
それなのに、自分の命よりも、サラが喜ぶことを優先した。してしまった。
誰も「やめよう」と言えない状況を、自ら作って。
レイモンドから笑みが消えた、きっと、彼は今まで、誰にも叱ってもらえなかったのだ。 自分をないがしろにしてまで、他者の機嫌を取るのをやめなさい、と。
「ですから、お仕置きです、レイモンド様」
レイモンドは、怯えた表情でサラを見た。
今まで信じてきた生き方が、否定された恐怖。
それより単純な、根底に染みついた恐怖。
他者を不機嫌にする、恐怖。
レイモンドのコミュニケーション能力が高いのは、他人の不機嫌が怖いからだ。
サラは腰に回した左腕をゆるめないが、レイモンドが逃げようとするそぶりはなかった。
サラは右手で、フォークを手に取り、目玉焼きを一片、突き刺した。
「あーん」
「あ、え?」
指示された内容がわかりかねているレイモンドに、サラは表情を出さぬまま告げる。
「お仕置きですよ、あーん」
目玉焼きの白身にからまった黄身が、とろける太陽のように輝いている。
香ばしい香りが食欲を刺激する。
レイモンドが、ごくりとつばを飲んだ。食べたいという欲求を、必死にこらえている。
何が彼を我慢させているのか、サラにはわからない。
わからないけれど許さない。あえて、冷然とした口調に変える。
「いい子にお仕置きが受けられないんですか?」
レイモンドはおずおずと、しかし、従順に口を開いた。
「あ、あーん」
レイモンドの歯並びのいい歯の間に、サラはフォークを差し入れる。
色の薄い舌に黄身がぽたりと落ちた瞬間、たまらずレイモンドは口を閉じた。
サラはフォークをレイモンドの口から引きぬく。レイモンドは、もぐもぐと目玉焼きをいつまでも咀嚼しながら、顔を真っ赤にした。
いつも色の悪い頬がばら色に染まり、ばら色の上にぽたぽたと雫が落ちた。
声を殺して、レイモンドは涙をこぼしていた。
「もう一口お食べなさい。ずっとおなかがすいていたんでしょう?」
レイモンドは、サラの言葉に返事をせず、ただ、似合わないような喉仏が動き、彼が目玉焼きを飲み込んだのがわかった。
サラは、今度はトーストを手に取る。レイモンドは今度は、自分から口を開いた。
瞬間。
咆吼が響き、塔がビリビリと震えた。
サラはフォークを取り落とす、レイモンドの腕がサラを包む。
風圧! 衝撃!
窓がガラスごとたたき壊される。
覆い被さったレイモンドの下から、サラは何が起きたかを目視した。
ドラゴンが塔に突っ込んできたのだ。
辺境伯に甘いお仕置きをするスナイパーです。(この作品は全年齢です)(直接的じゃないからこそヘキを刺せるのを知っています)
明日は『空六六六』の方を更新するためお休みです。次回は1月4日(土)、よろしくです! お気に召したら評価をポチっとお願いします。