3.4
夜間の山中で女が一人歩きをすれば、死んだところで不審に思う者はいない。
獣や魔獣に襲われる、盗賊に襲われる、谷や川に落ちる、迷って山から出られず餓死する。
どれが起きても不思議ではない。半年間山中で一人過ごしたサラは、身にしみて知っていることだ。
たとえ、わざと人間が起こした”死”でも、死んだところで不思議でないのだから、誰も不審に思わない。
婚約を破棄したサラが、スムーズにメアリの後釜に座れる。
しかし。
「聖女って……、毎日他人と会話しないといけませんよね?」
サラの確認に、国王陛下は少し戸惑った。
「うん? まあ、当然だな」
「それなら、メアリに押しつけておきたいと思います」
国王陛下はしばらく黙った。そしてこめかみに手を当てた。
「サラ嬢は、権力にまるきり興味がないのだな」
サラはうなずく。
「ええ。権力には責任が伴います。私は、責任に加えて伴ってくる、人間関係が苦手ですから」
国王陛下は再び、こめかみに手を当てた。心なしか頭が痛そうである。
「要約すると、人付き合いをするよりは、自分の手柄をかすめ取った妹が聖女になった方がマシ、と」
「はい」
サラのまったく変わらない表情に、国王陛下は完全に、頭痛をこらえる表情に変わった。
「そうなると、余の方が嘘つきで欲張りの信用がおけない臣下を持つはめになるのだが?」
サラは表情をまったく、まったく変えずに答えた。
「私、そういうコミュニケーションがダメなので、権力がホントに無理なんです」
すみません国王陛下、と頭を下げると、国王陛下は首をコキコキと鳴らした。
「確かに今の言い方でわかった。本当に無理だな、サラ嬢に聖女は。やれやれ、国王はつらい」
「がんばってください」
「ああ……本当に無理なんだな……」
なんで今、再納得されたんだろう。
「ここまで無理な者を、人間関係の魔窟たる王宮に呼ぶわけにもいくまい」
「ええ、メアリはけっこう適任かと思います。ちょっと嘘つきで人を平気で陥れて、やらなくていいことをわざわざする子なだけで」
「どれか一つでもちょっとあれば致命傷なんだがなあ……。まあ、後で考えるとしよう。で、サラ嬢の方は今後どうするつもりだ? 余としては、ドラゴンを撃墜する戦力は、ぜひとも我が軍にほしいところだが……」
サラはしばらく考えて、答えた。
「夫の躾をしようかと」
「うわっはっはっは!」
一転、国王陛下は呵々大笑した。
「たしかにな、たしかにあれは躾ねばならん!」
サラはわずかに口角を上げた。
「陛下、気づいておられたのですか?」
国王陛下は、口角を上げる笑い方に変わった。
「戦場を知らぬ者が戦場を語れば、ボロしか出んわ」
サラと国王陛下はうなずき合い、サラは両方のグラスに酒を注ぐ。
二人は自然に、グラスをチンとぶつけ合った。
「余のことは、ヴォルフガングと呼ぶがいい。レイモンドを頼んだぞ」
翌日。
寝間着からローブに着替えたサラは、メイドが置いていった水差しの水を一気に飲み干した。
「あー、スッキリしました」
体内にくすぶっていたアルコールが、水を得て清かに覚めていく。
けっこうな寝坊をした。体内時計でわかる。
昨日は国王陛下、いや、ヴォルフガング陛下としこたま飲み、しらふのレイモンドはひたすらヴォルフガング陛下の酌をしていたわけだが。
「すごかったですね、あれは」
年上目上を気分良く酔っ払わせるレイモンドの能力、あれはもはや異能を超えている。 単純におだてたりおべっかを使うわけではない、年上目上に「まったく、まだまだ俺が助けてやらなくてはなあ」と、ウキウキ一肌脱ぎたくさせてしまう、かわいげある振る舞い。
彼の技術の裏にある、思考回路に気づかなければ、サラも純粋に喜べたろう。
サラは水差しが置かれたテーブルに着き、レイモンドを待った。
レイモンドが、塔を上がってくる足音が聞こえてくる。ついでノック音。
「どうぞ」
レイモンドが扉を開けた。手には朝食のトレイがのっている。
香ばしい香りが、室内に流れ込む。
「おはよう、サラ。体調はどう? 昨日はだいぶ飲んでたけど。
あ、妹さんは今朝、ペトルシア警察が捕まえたよ。
別に悪いことしたとかじゃなくて、ウサギから逃げ回っているところを、『山道で奇声を発している不審な女がいる』って通報を受けた警察が、興奮して手に負えないから留置所に入れただけ。
王都に送り返すよう手配したから、心配しないで」
うちの妹、バカなのかな……。
まあ、いい、それより。
目の下にクマがある男が、ニコニコ他人の体調を気にするな。
サラは椅子に座ったまま、レイモンドを手招きする。
「問題ありません。レイモンド様、こちらへ」
「うん!」
何の疑いもなく、レイモンドがサラの隣に座り、ついでに流れるように、テーブルに朝食を並べていく。
レイモンドの視線が、テーブルに向かう。
並べられた朝食のメニューは、厚切りのトースト、サラダ、目玉焼きだ。バターとりんごのジャム、それにホットミルクが添えられている。
サラはレイモンドの視線の動きをとらえながら、目玉焼きの黄身にナイフを入れた。
とろり、と黄身が皿に流れだし、白身に濃い黄色がからむ。
レイモンドが、ずっと目玉焼きを見ているのを確認し、サラはフォークに白身を刺し、トロトロととろける黄身を白身によくまぶす。
そして、告げた。
「レイモンド様、お仕置きの時間ですよ」
聖女になるより夫の躾。スナイパーのスーパー女責タイムはっじまるよー♪ あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします!
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