3.3
酔いが吹っ飛んだサラとは逆に、国王陛下はレイモンドのねだりごとに、驚いた様子がない。
「お前、つまり、ラクール一族の異能が見たいのか。いつまでも子どもだな、まったく」
いや、もうちょっと強めに叱ってくれ。しょうがないなあ、みたいなテンションをやめろ。
沈黙するサラに、レイモンドはいつまでも子どもと言われてもしかたないような、はしゃいだ様子で話しかける。
「いきなり言って、ごめんね、サラ。私も王宮で噂の、聖女の力を見てみたいんだ」
聖女の力? 私が聖女なのではなく、メアリが聖女だが? ああ、なるほど、私の異能と同時にメアリの異能を見たいとねだっているのか。
「やっぱりな。まあ、お前に口をすべらせたのは余であるから、まあ、しかたない」
「ええ、私の義妹になるお方ですから、ね、未来の兄に見せていただけませんか?」
メアリが、引きつった笑顔を浮かべた。
「ペトルシア伯、なんのお話でしょう?」
レイモンドはメアリの問いに、満面の笑みで返した。
「陛下から聞いたんですよ! メアリさん、すごいんですってね。ドラゴンの討伐にサラと一緒に行って、お姉さんがドラゴンに何度も一撃で体をバラバラにされたり、首を落とされたり、数え切れないほど心臓が止まるそのたびに、異能で回復させたんでしょう?
お姉さんの異能は攻撃威力が低いから、少しずつドラゴンを弱らせるしかなかったんですよね?
ドラゴンに致命傷を与えたのはお姉さんでも、実質倒したのはメアリさんだって聞きましたよ!」
メアリの笑みがますます引きつる。サラの方向をチラリと盗み見る。サラは黙ってグラスを置く。
言うまでもなく、ドラゴン討伐にメアリは関与していない。サラがドラゴンを狙い続けた半年間、メアリは一族内で派閥作りをしていた。
「すごく見たいです! サラ、私の心臓を吹っ飛ばして! メアリさんの回復の力が見たい!」
レイモンドの表情を、サラはよく見た。ついで、国王陛下の表情を見た。
「わかりました。やってみましょう」
承諾し、サラは立ち上がる。
「待ってお姉様、いきなり言われても困るわ。で、ですよね、陛下、聖女の力は見世物では――」
国王陛下も、テーブルにグラスを置いている。
そして静かにメアリに告げた。
「いきなりの事態でなければ、余の心臓が吹っ飛ばされはせんな」
メアリが返答につまり、喉を引きつらせる。
サラはレイモンドに指示した。
「撃ちやすいように、少し離れていただけますか? ……そうですね……、ベッドの向こうで立ってください」
ベッドを挟んだ位置に、レイモンドが移動し、立つ。両手を開いて、サラに歓迎のポーズを取る。
「お、お姉様、待って、わたくし、今日は体調が悪いの。ねえ、わかるでしょ」
サラはレイモンドと向かい合って、レイモンドに対して体を横向きにし、足を肩幅に開いた。
「お姉様、ねえ、今日はちょっと失敗するかもしれないわ、ねえ、ちょっとねえ」
サラは青ざめて言いつのるメアリを無視し、黙々とライフルを構える。この距離ならスコープは必要ない。
「陛下、わたくし、気分が悪くなってきましたわ、今日はもう失礼させてくださいませ」
メアリの訴えに、誰も答えない。
サラはライフルのボルト脇にある、セフティレバーを引いた。
安全装置が外れる、ほんのわずかな音が、重低音のように響き渡った。
サラの指がライフルの引き金を引けば、レイモンドの胸には穴が空く。
「察してよおおおッ! お姉ちゃああああん!」
とうとうメアリが絶叫した。
レイモンドが、歓迎のポーズをやめる。
「自分では、できないって言うことすらできないんだね」
レイモンドがメアリに告げたのを潮に、サラはセフティレバーを戻し、ライフルを下ろす。
国王陛下が座ったまま、メアリに命じる。
「失せろ。今すぐ王都に帰れ」
メアリが涙声で、国王陛下にひざまずき訴える。
「今日はたまたまできない日に当たってしまっただけです。いつもならわたくし、死人も蘇らせますのよ。どうか、陛下の忠臣たるわたくしを、今代の聖女を、信じてくださいませ」
国王陛下は、氷のように冷え切った口調で告げた。
「王都に帰れ。お前は人間として信用できない」
レイモンドがメアリの脇に立つ。
「玄関までお送りしましょう」
メアリがまたも悲鳴を上げる。
「こっ、こんな夜に山奥の田舎では、馬車も拾えません。女一人で歩いて山越えをするなんて、無茶ですわ。どうか、一晩泊めていただくか、迎えの馬車を」
陛下はメアリを見下ろしたまま、サラに問う。
「サラ嬢、あなたが山にこもっておられた期間は」
サラもメアリを見下ろしたまま、応える。
「半年です」
陛下はメアリに最後通告をした。
「姉上は半年も一人で山中にこもられたようだな。お前が同行したなどもはや信じん。今夜、初めて姉上を見習うがいい」
気のいい飲んべえの顔は、国王陛下から消え失せている。メアリは真っ青になって震えながら立ちすくんだ。
レイモンドがメアリの手を取った。
「暗いので、玄関までお送りしましょう」
サラはレイモンドの目を見て、はっとした。国王陛下よりずっと、レイモンドの目が冷え切っていたからである。
メアリは引き立てられる罪人のように、レイモンドに連れられて出て行った。
国王陛下がサラに向き直った。
「さてサラ嬢。ここでメアリが”事故死”してしまえば、あなたが聖女となるわけだが……。どうするかね?」
嘘つきモラハラ妹の断罪回でした。ではでは、来年もよろしくお願いいたします。良いお年を!
毎日更新。お気に召したら評価をポチっとお願いします。




