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2.6

「簡単なことしかやってないよ?」

 屋敷に帰ってきたレイモンドは、ケーキと紅茶を手に、塔の上の監禁部屋を訪れた。

 ケーキも紅茶もサラの分しかないのが気になって、サラはテーブルに着いたものの、ケーキには手をつけられず紅茶だけ飲む。

 監禁開始時点では一脚しかなかった椅子だが、レイモンドがサラが食事を取っている間ずっと立っているのが気になると伝えると、もう一脚持って上がって来たのである。

 だが。

「あなたは食べないのですか?」

「私は今食べたばかりだから」

 食事に関してはどうしても、レイモンドは食べようとしない。食べたばかりのはずがないだろう。

 屋敷の入り口に入るところまで、スコープでのぞいていたのだから。帰宅したその足で台所に行き、ケーキと紅茶を寄り道せず持ってきたのは所要時間でわかる。

 体はもう大丈夫なのかと問うと、「大丈夫!」と、濃いくまのある目をキラキラさせて答えられたので、サラはレイモンドの大丈夫を信用しないことにした。

 せっかくの紅茶を冷ますのも気分が悪いので、サラはカップに口をつけた。

「おいしい?」

 問うてくるレイモンドは、色気たっぷりとも云えたが、色気があぶなっかしさに起因していると解しているサラは、答えずに質問で返したのだ。

「どうやって、ペトルシアを豊かにしているのですか?」

 と。

 冒頭の、なあんだ、と言わんばかりのセリフが回答であった。

「具体的にお伺いしても?」

「え、気になるの?」

「私はあなたと婚約中ですから、気にするのは義務です」

 本心は好奇心である。知ってか知らずか、レイモンドはえーとね、と話し始めた。

「たとえばこのパウンドケーキ、なんでできているかわかる?」

 レイモンドの問いに、サラは少し考える。

「色が小麦とは少し違うようですね。雑穀……この土地で育てている雑穀ですか?」

 レイモンドは「そう!」と言った。

蕎麦(そば)って穀物を粉にしたものなんだ」

「ソバ?」

 聞いたことがない穀物である。

「異国からの輸入品を元にした穀物でね。ペトルシアの気候に合ってるんだよ。でね、この蕎麦は、1年に2回収穫できる」

「はあ……」

 それだけなら、小麦を二毛作で作っている地域と変わらないだろう。

 サラの無表情から疑問を感じ取ったレイモンドは、説明を続けた。

「たくさん収穫できるんだ」

 それは説明されなくてもわかる。

「それでね、この蕎麦って穀物は、お酒になるんだよ」

「お酒?」

 穀類で作る高級酒など、聞いたことがない。どぶろく造りは田舎の名物だが、都会では入手できない理由は単純だ。ある程度は高級酒でなければ、都会の安いビールに価格競争と供給量で負ける。

 そこまで考えて、サラはふと気づいた。

「工業用や医療用のアルコールですか」

「そう!」

 ならば、需要はいくらでもある。需要に応える供給量さえ、常に保てれば、の話だが。

「元々ペトルシアでは、リンゴやブドウで果実酒を作っていたんだけどね。私は医者にかかることが多いだろう? だから、アルコールがたくさん作れたら、たくさん売れるんじゃないかと思って。ほら、ペトルシアは軍事拠点もあるでしょ? 人手は退役軍人が、働きに戻ってきてくれるんだよね」

 確かに、一般的な軍人ならば、30歳を超えれば老兵だ。他の職業ならこれからという年齢だが、30歳前後で出世していないならば、軍人家業には見切りをつける。

 結婚を機に退役する者も、この国では多い。兵というものは、独り身の間は勇敢でも、女房子どもができた途端に、すぐ敵前逃亡する兵によく変わる。人間、守るべき者が帰りを待っていれば、生きて帰ろうとしてしまうのだ。人間として自然である。

 そして志願兵の多くは、貧しい家庭の長男坊以外だ。故郷に帰るより、ペトルシアで安定した職を得て女房子どもを養おうというのは、これまた自然な発想だった。

 が、そもそもの話。

「そうたくさん作れるものではないでしょう」

「ううん。仕組みを作るまではちょっとたいへんだったけど、仕組みができれば、後はうまくやっていけるように調整するだけなんだ」

「仕組み?」

 レイモンドは手袋をした指を一本立てた。

「最初にギルマン家がお金を出して、都会のお酒造りをしている工場とか、機械造りの工場とかに、毎年領民の何人かに勉強しに行ってもらう」

「はあ……、技術を持ち帰るというわけですか」

 技術を持ち帰って似たような工場を建てさせる、ではこうまでうまく行くまいい。都会とは人口も交通の便も違う。

「うん。技術を持ち帰って、行けなかった領民のための学校の教師になってもらったんだ」

「……学校?」

「名付けて農工業学校。教わるだけじゃなくて、生徒も卒業生もペトルシアの土地に合ったお酒造りができるように、アイデアを出しあう場所だよ。学費は無料で、在学中は生活費も出るけど、一定以上の成績を収めないと退学になる」

「まってください。学費無料で生活費も出るって……、そのお金はどこから出ているのですか?」

「私」

 あっさりとレイモンドは答えた後、

「あ、でも、私の収入は領民からの税収だから、元をたどれば領民が出してるんだけどね」 と、補った。

「で、こうしてアイデアを出し合う場所ができると、後は工場もできるんだ」

「できるんだって、建設費は」

「私。あ、でも元は領民。それでね、農工業学校ができて工場もできたら、みんな自分から政治がうまく行くように考えてくれるんだよ」

「ま、待ってください」

 サラの『タンマ』の指示通り、レイモンドはしばし無言で待った。

「続けていい?」

「失礼しました。どうぞ」

「ほら、私は独身の若造で貴族生活だから、やっぱり人生経験が足らないんだよ。だから、領民たちで政治のアイデアを出してくれると助かるんだ」

「すみません。やっぱりちょっと待ってください」

 また、レイモンドは無言で待った。

 今度はサラが沈黙をやぶった。

「つまりあなたは、領地を統治していないということですか?」

「うーん、他の貴族たちみたいには、ちゃんと統治できてないかなあ。今説明した仕組みができてるから、工場も政治も、どうしたらいいかは領民に考えてもらってばっかりなんだよね」

「……いえ、それでは、領民があっちこっちで言いたい放題勝手放題をするはずでしょう」

「あはは、よく言われる。でも、私がしているのは、本当に出してもらったアイデアがどうやったら実現できるか、調整しているだけなだよ」

「いやだから調整って、どうすれば」

「うーん、何かが足りないときは、どうやったら調達できるかやりくりして……。と、いっても、やりくりのしかたも、ほとんど領民からアイデアをもらうんだけどね。資材でも時間でもなんでもそうかな。できるかできないかって基本的にやりくりができるかできないかだから。

 やりくり以外でうまくいかない理由って、たいてい感情なんだよね。私がしているのって結局、相手の話を聞いて感情を納めてもらってるだけじゃないかなあ。

 後は、領地だけでやりくりできないものを調達しに、他の貴族や王室と話し合いをする程度だよ」

 サラは思わず絶句した。

 それは、統治者以外誰もが求める理想の統治だ。

 しかし、統治者は誰もやりたがらない理想だ。

 なぜなら、統治者にうまみがまるでないからだ。ただひたすらに多忙なだけだ。

「た、たとえば、領民からはどのようなアイデアが出たのですか?」

「んー、子ども向けの学校がほしいっていうのとか? 読み書きと計算ができるようにしたいって」

 平民の識字率は低い。農村となればなおさらである。農村では、子どもは労働力だ。統治者としては、領民の教育レベルは低い方が得なはずだ。

「だからどうしたらいいかアイデアをつのって、一番いいアイデアを使ったんだよ。子どもを学校に通わせたら、その家は税を少なくするようにしたんだー。

 大人でも読み書きができない人向けの学校も作って。そしたら、本を読む人が増えて、街に新聞が届くようになったし、工場とか政治のアイデアも、もっといっぱい出るようになったんだよ」

「通常の統治者が嫌がることしかしてませんが」

 自分の支配下にある者たちが、知識を持つのを統治者は嫌う。知識を持てば、気づかなかった不平不満と搾取に気づくからだ。

 何も考えない働きアリを量産するのが、統治者にとって一番得なのだ。

「そんなこと言ったって、私は自分で考えるのが苦手なんだよ。領民のみんなが考えてくれたアイデアと他の貴族や王族の助けで、ペトルシアは豊かになれた。私は仕組みの始まりしか、考えてない」

 だからしょうがない、という態度のレイモンドに、サラは大声を上げた。

「ちがいます! あなたは驚異的なコミュニケーション能力を持っています!」

 唐突な大声に、レイモンドの顔が赤くなる。

「そ……そうかな……」

 ゆるんだレイモンドの表情は、めずらしく健康的な喜び方だった。

「そうかな、じゃありません! あなたのコミュニケーション能力なら、公園のベンチで隣に座った見ず知らずのご老人に、「いい天気ですねー」などと話しかけられます!」

「えっできないの!?」

 ……。かなり高レベルなコミュケーションのたとえを出したのに、サラができないことを素で驚かれてしまった。

 サラはコホンと咳払いをする。

「今のはたとえとして適当ではありませんでしたね。たとえを変えます。

 あなたなら、買い物に入った店でほしい品物が高い棚に置かれすぎている際、ジャンプする前に店員に「取ってください」と頼めます!」

「ジャンプされる方が店員も迷惑じゃない!? ……あ、いや、私は(うわ)(ぜい)がある方だから、そういう経験はあまりないかな」

 またしても素で驚かれてしまった。たとえではなく、普通に言えるのかこの男。サラにはとてもできない神業なのに。

「あの……、私も聞いていいかな?」

 今度はレイモンドが問うてきた。彼の視線は、サラのライフルに向けてられている。

「それ、どうしてずっと持っているの?」

 椅子に腰掛けてはいるが、サラの背中にはライフルが背負われたままなことを問うているようだ。いや、常に背負っているか、スコープで窓の外を覗いているかなことか。

「銃が私を人間にします」

 レイモンドは、予想外といった表情で返答に詰まった。

「そうなんだ」

「それ以外何が?」

「いつでも私を殺せるようにかと思ってた」

「いつでも殺せるのはただの事実で、ライフルを持つ目的ではありません」

「……そうなんだ」

 お互い驚きあった時間をしめくくるように、レイモンドはおそるおそる、サラにおうかがいを立ててきた。媚びた態度で、おどおどと。

「あの……、またこうして、話をしに来てもいいかな?」

無敵最強万能特殊能力『コミュ強』!(そこまですごくないよ!?)(できないヤツから見ればそうです!)

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