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2.5

 ライフルは筋肉ではなく、骨格で支える。ストック(持ち手)に適度に頬をつけ、スコープをのぞきこむ。スコープでのぞく円形の視界には、中心部のみ線が細くなった十字線がある。

 姿勢は座った姿勢である。

 貴族令嬢のような横座りではなく、尻を床につけて、左足を上に足をゆるく交差させ、肘を膝の上にのせた姿勢だ。

 苦しそうに見えるかもしれないが、狙撃姿勢としては比較的楽な体勢である。そもそも、横座りだって楽ではない。

 サラがスコープでのぞいているのは、ペトルシアの領地。街並みだ。

 街の住民の生活である。

 最初に気づいたのは、ペトルシアは有事の際は国境の防衛拠点だが、現在は軍都でないということだ。

 王国の軍事拠点もあるにはあるが、軍人相手の商売が主な産業ではない。

 軍都は一目で分かる。兵営の兵士に向けて、娼館や飲み屋が多い。ペトルシアは少ない。

 サラはスコープを山の方に向ける。

 見るも巨大な滝がある。山を水源とした水が、街中の川に流れ込んでいく。水が豊かな土地だ。

 街を行く住民に視線を移す。

「……やはり、よい暮らしをしていますね」

 住民の着ている服は派手ではないが、基本的に生地がよい。平民が普段着を何着も持っていることはなかろうが、見るからに薄汚れた者が少ないことから、普段着でも洗濯する着替えがあると見て取れた。破れた服につぎが当たっていないこともない。靴を履いていない者もいない。

 また、平民でも晴れ着は仕立屋に仕立てさせるらしく、仕立屋は何軒もあった。

 菓子や茶、煙草など嗜好品の専門店には軍人の客が多いが、普段着の若い娘がポケットのコインをクッキーと引き換えて、ご満悦でかじりながら歩いて行く姿も見える。

 この暮らし向きの良さは王都と遜色ない。いや、上澄みと下層の格差が激しい王都に比べれば、格差が低い分、生活の平均値は王都より高いと云える。

 サラは今まさに、菓子屋から受け取ったクッキーをかじりながら歩いている娘の顔に向けて、スコープの倍率を上げた。

「似ていますね……」

 クッキーをうまそうに頬張る娘の顔は、ドラゴンに襲われていた主婦によく似ていた。

 主婦が四十歳ぐらいだったのに対し、娘はサラと変わらぬ年頃である。

 スコープ越しに見ている娘が20年もすれば、あのドラゴンに殺された主婦と同じ容姿になるのではないのだろうか。

 クッキーを頬張っていた娘が、あわててクッキーを背中に隠した。

「ん?」

 娘に近づいた長身の男は、レイモンドである。

 流石にジャケットこそ着ているものの、貴族にしてはかなりラフな普段着姿だ。領地での彼の衣服は、質素といって過言ではない。

 背中しか見えないが、何事かを娘に話しかけたようで、娘はクッキーを背中に隠したまま、照れたように頬を赤らめて話している。

 レイモンドは何かうなずきながら会話し、娘に会釈して別れた。

「失礼いたします」

 背後からしたノック音と控えめな声に、サラはスコープをのぞいたまま応える。

「どうぞ」

 鍵の音がしてドアが開き、いい匂いと衣擦れの音がする。

「昼食をお持ちいたしました」

 メイドがテーブルの上を整える、カチャカチャという音にも、サラは振り返らずスコープを見つめ続ける。

 不機嫌でもご機嫌でもない、平常通りの表情で、レイモンドは通りを歩いている。

 目の下のくまははっきりと濃いが、二週間で問題なく領地の視察ができる程度に回復したようだ。

 相変わらずの栄養失調にも関わらず、回復が早いのは生まれつきだろう。

 上背もある。栄養失調さえなければ、人一倍丈夫な体なのやもしれなかった。

「奥様」

 メイドが背後から声をかける。

 サラの「奥様」呼びは婚約中であるがゆえだが、外堀を埋められている気がしないでもなかった。普通は結婚してから「奥様」だろう。

「何をご覧になっているのですか?」

 言外に、変な筒をのぞいてないで、食事が冷める前に食えの、メッセージがこめられたメイドの質問である。

 さすがは、サラの寝室に主人を運び入れるのに反発した、忠義者のメイドだ。

 どう考えてもサラはあやしい。

「この館の主人です」

 サラの返答に、そっけなく

「さようでございますか」

 と応えてメイドは出て行く。鍵がかかる音がしたので、サラは安心してテーブルから昼食の皿を下ろした。

 辺境と呼ばれるペトルシアでも、昼食は軽く済ませてお茶の時間におやつを食べる、貴族の習慣はあるらしい。

 昼食の皿は二枚で、一枚には丸いパン、もう一枚にはキュウリのピクルスがのっていた。

 皿は丸いパンを縦に二つに割り、バター壺からバターをパンに塗って、ピクルスをはさんだ。

 そして、スコープを見る作業に戻った。口にピクルスを挟んだパンを運びながら、館の方角に向かって歩いてくるレイモンドの顔を見る。

 口の中に、ピクルスの酸味が広がった。パンとあわさってうまい。しかしこのパン……、食べたことがない味と食感である。

 雑穀のパンであるのはわかるのだが……。

 レイモンドからパン屋にスコープの視点を移すと、やはり店先にあるのは同じ色合いのパンばかりだ。

「郷土料理の類いでしょうか?」

 畑は既に刈り取られた後なので、どんな穀類を植えてあったのかはわからない。小麦だけなく雑穀も多いことまではわかるのだが……。

 次に多いのはリンゴやブドウ、その次に桑。住民たちに必要な野菜もある。

 スコープを街の端に向けると、大きなレンガ造りの建物が見える。建物からは煙が上がっている。なんとなく、住居ではないと感じる。

「ペトルシアは、いったいどうやって豊かにしているのでしょう?」

 山だらけの高原では農業に向かず、ドラゴンが住まう辺境の地では貿易にも向かない、かといって軍都でもない。

 ついでに。

「なぜ、レイモンド様は、私にしか手を振らないのでしょう」

民の暮らしは豊かです(スコープで観測した結果を述べるスナイパー)

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