8、しのぶを好きになってやれ作戦パターンその4
〈バックコースター〉で時速百二十㎞の後ろ向きを体験した四人は、休憩を取ることにした。
屋外に設置されている、白で統一されたテーブルとチェアのコーナーを見付け、四人は空いていた席に揃って腰を下ろした。テーブルの白いパラソルが、時折、風で緩やかになびいており、涼しげな印象を与えている。
ちょうど目の前ではパレードが行われており、明るい音楽に合わせて元気に踊るキャラクター達がゆっくりと横切り、一目見ようと大勢の人々が押し寄せていた。
「俺……じゃなくて、あたし、皆のジュースとチュロスを買ってくるわ。寛太さん、手伝ってくれる?」
椅子から立ち上がった良平に、
「ええっ!? ハッ、ハイッ!」
突然のご指名に狂喜乱舞し、寛太は満面の笑みを浮かべた。
しのぶを好きになってやれ作戦パターンその4〈二人っきり編〉である。
荒療治かもしれないが、晃二としのぶを二人っきりにさせ、無理やり二人の仲を進展させようという他力本願なやり方だ。
しのぶが二人っきりになりたいと言っていただけに、こちらもなんとかお膳立てをして、今日中に任務完了といきたい良平なのである。
ところが、次の瞬間、
「池端と二人で行ってこい」
良平の企みを察知したのか、晃二が切れ長の目で睨みつけた。
「だっ、大丈夫よっ、晃二っ、心配しなくてもっ。だから、しのぶさんと二人っきりで待って――」
その時、良平の左手の甲にフォークが鋭く突き刺さった。
晃二の背後を通り過ぎようとしていた女性が、「あれ? フォークどこ行っちゃったんだろう?」と、トレイの上から突如消え去ったフォークを不思議そうに探している。
「なんか言ったか……?」
静かな微笑を浮かべる晃二に、良平は、
(ヒィ━━━ッッ!)
と、心の中で叫んだ。
「しっ、しのぶさん、二人で買いにいきましょうっ!」
畏怖の念を抱いた良平は、引きつった笑顔を作りつつ、しのぶを引っ張って慌ててキッチンカーへ向かった。
(……あいつ、そんなにも池端と二人になるのが嫌なのかよ)
痛みで腫れ上がった手の甲を、ふーふーと息を吹きかけて冷やしながら良平は思った。
まったくもって、二人の仲が進展する様子が見られない。
順番待ちをしながら溜め息を吐く良平に、しのぶはまたもや申し訳なさそうにおずおずと言った。
「あの……良子さん、実はお願いしたいことがあるんです」
「え?」
「次のアトラクションの後、寛太と二人で、先に出て、はぐれてくれませんかっ? 晃二さんと二人きりになりたいんです。 三十分……いえ、十分だけでいいんです! これで最後にしますから! お願いします!」
両手を合わせてお願いをしてきたしのぶに、良平は、
(よっしゃ━━っ! それだ━━っ!)
と、心の中でガッツポーズを作った。
しかし、全力で喜んでいては怪しまれてしまう。
悟られないよう喜びを隠しつつ、しのぶの両手を優しく取って目を合わせた。
「あなたの熱意に負けたわっ。いいわ、晃二に迫ってみて。 あたしも晃二が浮気をするような男なのかどうか、この目で拝ませてもらうわ!」
熱く語り、しのぶの両手をギュッと強く握り締める。
お互いに利害が一致したため、二人は次の瞬間、揃ってコクンと頷き合った。
次に四人は〈3Dシネマ〉へ向かった。巨大スクリーンから飛び出す立体映像と客席が連動した、スリル満点のバーチャルリアリティのシアターである。
人気であることと、大勢の観客を一気に入れ換えるアトラクションだったため、終わった後は、多くの人々が出口に向かって混雑していた。
そんな中、良平は寛太の手首を掴むと、人混みを上手くすり抜けながら一目散に出口へと突っ走った。今ならいけると踏み、今やらずにいつやるんだという心意気で、闘志をみなぎらせてひた走る。
「りょ、良子さ~~んっ!?」
声が裏返りながら必死に尋ねる寛太を、良平は訊く耳持たずに、一心不乱に走った。
(さっさとこんな事からおさらばしたい。今後のためにも、こいつらがくっつくのが一番手っとり早い。俺はこの二人を今日中にくっつけてみせるぜっ! ジッチャンの名にかけてっ!)
良平は熱く決意を燃やしていた。
「良子がいないな」
一方、晃二は混雑した人混みが去った後、改めて出口付近を捜したが、一向に見当たらない良平に首を傾げた。寛太もいないことを察し、遂に全てを理解する。
(オレとしたことが、良平にまんまとしてやられるとは……)
しかし、実際、晃二はさほど敗北感を味わっていなかった。どちらかというと、晃二は良平の方が心配でならなかった。本人はすっかり忘れているようだが、良平は寛太にしつこく迫られているのである。
(危機感がなさすぎる……。男だから女の自覚がないのは分かるが、それにしたって、あまりにも無防備すぎる……)
しばし腕を組んで考え、晃二は近くの男達を尋ねながら歩くことにした。
「ピンクのワンピースを来た、可愛い女の子を知らないか? おそらく、男を無理やり引っ張って走っていたはずだ」
「ああ、あっちに走っていったよ」
「ピンクのワンピースを来た、可愛い女の子を知らないか? おそらく――(以下略)」
「そこの角を曲がってったよ」
「ピンクのワンピースを来た、可愛い女の子を知らないか? おそらく――(以下略)」
「まっすぐ走っていって、あの角を左に折れてった」
「ピンクのワンピースを来た、可愛い女の子を知らないか? おそらく――(以下略)」
「あそこの広場にいると思うよ」
おもしろいくらいに、男達がハキハキと答えてくれる。ほとんどの男たちが、良平を振り返って歩いていたようだ。
(あいつが男で良かったよ。女だったら大変だな)
道しるべに従って歩く晃二に、しのぶも後ろからついていく。
しかし、ふと晃二は立ち止まった。しのぶは、不思議そうに晃二に習って立ち止まった。
「どうしたんですか?」
「今のうちに話しておきたいことがある」
「なんですか?」
「池端、もう気付いてるんだろ?」
目透かすような晃二の目に、しのぶは言い辛そうに答えた。
「……良子さんが良平さんだってことですか?」
「そうだ」
「はい、気付いてました……。カノジョがいるなんて、やっぱり嘘だったんですね。だから、晃二さんのことが諦められません……」
すると、晃二はしのぶを見下ろして続けた。
「池端、お前にだけは本当のことを言うよ」
「本当のこと?」
意外な言葉に、しのぶは思わず聞き返す。
すると、晃二は一拍置くと、意を決して続けた。
「――オレは良平が好きなんだ」
読んでくださって、ありがとうございました。
遅くなって、すいませんでした。
次回に続きます。