7、しのぶを好きになってやれ作戦パターンその1~その3
「晃二、池端のことなんだけど、もうちょっと真剣に考えてやったらどうだ?」
ショップでグッズを物色している晃二に、良平はそれとなく言ってみた。
晃二を諦めてくれ作戦を中止し、しのぶを好きになってやれ作戦パターンその1〈正攻法の説得編〉を思い付いたのである。しのぶの説得は無理だと判断し、ターゲットを晃二に変更したのだ。
キャラクターが描かれた、大きめのLLサイズの絆創膏を手に取った晃二は、あからさまに呆れた目で良平を見下ろした。
「嫌な予感はしていたが、お前があっさり説得されたようだな」
良平は、ぶんぶんと激しく首を横へ振った。
「違う違う。説得されたとかじゃねーよ。さっき話して分かったんだけど、池端って、本当は控えめな優しい子だよ。考え直してあげたらどうだ?」
「なんて頼りにならないバディなんだ。この数分で何があったんだ。自分から捕虜になって、あっさり洗脳されて帰ってきやがって……。あ、袋はいらないです」
会計をしている晃二をものともせず、良平の説得は続いた。
「晃二はあの子を誤解してるぞ。本当は奥ゆかしい良い子だよ」
「困った奴だ。お前こそ誤解してるぞ。まさか、マインドコントロールの恐ろしさを、今日、こんな所で目の当たりにするとはな」
ドン引きしている晃二を 「そんなことよりいいから聞けって」と遮り、良平は更にまくし立てた。
「晃二、俺、思うんだけど、やっぱり人の良し悪しって付き合ってみないと分かんねーもんだろ? 試しに付き合ってやればいいじゃねーか。嫌なら別れたらいい話だしよ。堅く考えずに、ちょっと付き合ってみたらどうだ? なんていうか、お前、池端に冷たすぎだぞ? もう少し彼女の事を考えて――」
新製品のプレゼンをするスティーヴ・ジョブズのように、良平は、すらすらと語ってみせた。これで晃二の心を動かせるはずだと、自分の説得に悦に入る。
その時、プッという間抜けな音がした。晃二が無表情でおならをこいてみせたのだ。
「……うんざりだ……」
良平の全身から、みるみる力が抜けていった。泣きたい気分だった。なぜ、こんな屈辱を受けねばならないのか。考えれば考えるほど、答えは藪の中である。
意気消沈している良平に、晃二はとどめを刺した。
「オレに協力しないなら、昼メシのおごりは停止にするぞ」
「ええっ!?」
「嫌なら、俺をボスと認めるんだな」
「な……! ちょっと待てよボス!」
反発しながらも、あっさりボスと認めるあたり、良平の腰の低さが窺える。
「ちょっとぐらいお試しで付き合ってやってもいいだろっ」
「うるさい。苦手なタイプと付き合えるか」
「……うぅ……」
「いいか、お前がオレを説得できるわけないだろ。諦めて、池端を諦めさせる方法でも考えるんだな」
すげなく言いきる晃二の腰に、良平は、がしっとしがみついた。
「そんなこと言わずにさ~っ。お願いだから付き合ってよ~っ。あたしの一生のお願い~っ」
しのぶを好きになってやれ作戦パターンその2〈おねだり編〉である。こんなことで話が通るはずもないのだが、思い付いてしまったため、念のために実行したまでだ。
人差し指と中指を立てて、良平の両眼を突き刺そうとしている晃二に、良平は慌てて腰から離れて退いた。
思うようにいかないが、こんなことは想定内である。次からが肝心だ。
「晃二、心して訊いて」
「次はなんだ? またおかしな作戦を思いついたのか?」
「付き合ってくれないと、あたしは死んでやるわっ! 本気よっ!」
しのぶを好きになってやれ作戦パターンその3〈脅迫編〉である。晃二に、少しでも友情と良心の呵責があれば、それなりの成果は得られるはずだ。
「死ね」
強烈な二文字に、良平は「ぎゃっ!」と仰天した。サイコパスな晃二には、一㎜足りともダメージを与えられなかった。それどころか、こちらに相当なダメージとなって返ってきたではないか。
しょんぼり……と伏し目がちになった良平に、知らない声が横から入ってきた。
「あの~、彼女さん。さっきから聞いてたんだけど、見込みないみたいだし、俺とか良かったらどうですか?」
「いやいや、俺でどうですか?」
「知らない人とか危ないよ。その点、俺は真面目だし、怪しい者ではないから大丈夫。これ名刺」
ショップにいた男性陣に、良平たちは、あっという間に囲まれてしまった。ざっと見積もっても十人はいる。
驚く良平に、仕方なく、晃二は良平の手を取ると、その場を一目散にダッシュした。
ショップを出たすぐ脇で、晃二はようやく良平の手を離した。
「誤解を招くようなことを大声で言うな! オレがお前のことを好きじゃないみたいだろうが!」
「はい……すいません……」
「オレたちは仲良し小好しの恋人同士のはずだろうが! そう思っていたのはオレだけなのか!? どうなんだっ!?」
憤怒の形相で叱る晃二に、良平は泣きべそをかきながら復唱した。
「仲良し小好しの恋人同士です……」
「さっきので実感しただろ! 気を付けろ! オレは柔道部だが、お前はハンドベル部だろうが! こっちは心配になるだろ!」
「はい……心配してくださってありがとうございます……」
「ここに来るまでにも、何度もナンパをされたんだから、いい加減、分かれ! お前は今、可愛いんだぞっ!」
「はい……申し訳ありませんでした……」
人差し指を指して、真剣な面持ちで説教をする晃二に、スカートの裾を握りながら、良平は頭を垂れて、しょんぼりと真面目に反省する。
すると周囲から拍手が起こり、口笛や「お兄さん、抱きしめてあげなよー」と言うヤジが飛んできたのだった。
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次回に続きます。