6、晃二を諦めてくれ作戦パターンその4
「良子さん、先ほどのキスシーン、僕は見てられませんでしたっ。正直、あと一㎜でも近付いたら止めに入ってましたよっ。でも、やらないことは分かってましたっ。やはり心の奥底では僕のことを想っていたんですねっ!? 僕の良子さ~~んッッ!」
「おーっほほほほっ!」
怒る気も失せている良平は、抱きつこうとやってきた寛太を華麗に避けると、足を引っ掻けて転ばせ、頭を踏みつけて、高らかに笑ってみせた。彼には何を言っても無駄であることは百も承知なのだ。
(池端といい、こいつといい、恋愛になるとまっしぐらになるDNAは一緒だな)
諦めの溜息を吐いている良平の隣から、晃二が口を挟む。
「初日でこいつの扱いをこなせるなんて、いいコンビじゃないか」
「晃二っ!」
「僕は家来でもなんでもなります~っ!」
「お嬢様とお呼びっ! ピシッ!」
思わず鞭を振り下ろす真似をして、小気味良いノリツッコミをしてしまった良平は、またもや言葉になりそうな溜息を吐いた。
「どうした?」
「ツッコミ過ぎて疲れた……。大体、この格好の俺がツッコミの立ち位置って一番おかしいだろ……。本来は、冷静沈着なお前の役どころのはずだろ……。それとも、SDGsが掲げる多様性ってこんなところにも影響しているのか……?」
言ってることはムチャクチャだが、本人は真剣そのものである。
「オレはボケてないぞ」
「ハイハイ。でも、さっきはボケてたけどなっ!」
「そんなつまらんことでいつまでも怒るなよ。アイスコーヒー半分やるから」
「いらぬわっ!」
なぜかお代官さん口調で強く言い切り、良平は、キッ!と晃二を睨み据えた。その後はツンッ!と露骨にそっぽを向く。
いつもなら食べ物で簡単になびくのだか、どうやら相当にご立腹らしい。
「なに怒ってんだ?」
「これが怒らずにおられるかっ!」
「生理なのか?」
「うがーっ! 違うわいっ! あのなっ、俺は金でなんでも解決できると思ってる、お前の心根が情けねーよっ!」
憤怒の形相をする良平だが、
「実際、金で動く奴がいるんだから、しょうがないじゃないか」
「……金で動く、俺の心根が情けねーよ、ほんとにさ……」
あっという間に、しょぼん……と情けない表情に変化を遂げた。見ているこっちまで涙を誘うほどの落ち込みようである。
さて、四人はスワンボートに乗るため、乗り場の列に並んでいた。すると、良平はまたあることを思い付いた。
スワンボートは二人乗りとなっている。しのぶと二人っきりになり、ここで一発ガツンと言ってやるのだ。
名付けて、晃二を諦めてくれ作戦パターンその4〈正攻法の説得編〉である。
「二人乗りとなっておりまーす。ご乗車の際は、お足元にご注意下さーいっ」
スタッフのお姉さんが元気な声で誘導していく。入口を通過した時点では、晃二と良平,しのぶと寛太という毎度の並び方であった。
しかし、空いたスワンボートに乗り込んだ晃二の後に、良平は次の瞬間、背中を蹴って寛太を強引に押し込んだのだった。
「えっ、ええっ? 良子さ~~んっ!」
叫んでいる寛太もなんのその、呆然としているスタッフをそっちのけで、二人が乗ったスワンボートを足で蹴って強引に送り出す。そして、良平はしのぶと共に、別のスワンボートへ強引に飛び乗った。
その様子を見て、晃二はやれやれと重い頭を抱え込んだ。
足元のペダルを漕ぐと、ゆっくりとスワンボートは水面を滑り始めた。真横に目をやると、手の届くすぐ間近に水面があり、進むことで作られた波紋が後方へと拡がっていく。賑やかなパークの喧騒は、次第に遠ざかっていった。
周囲は、穏やかな空気が湖全体にゆったりと広がっていた。スワンボートの中、しばらくして、良平の方からおもむろに口火を切った。
「あ、あのさ、強引な方法を取って悪いと思った……じゃなくて、いけないなって思ったんだけど、どうしてもあたしはしのぶさんとタイマン張りた……じゃねぇ……じゃない、一対一で話をしたかったのよ」
ご丁寧に言い直しているが、ほとんど男口調丸だしである。
「どういうことですか?」
不思議そうに質問しながらも、その口調が冷静なだけに、良平は少々及び腰で会話を始めた。
「晃二って、人の言いなりになるのが大嫌いなのよ。特に、自分の気の進まないことは絶対にしない主義なの。それに、しのぶさんは晃二のタイプじゃないのよ。だから、晃二はあなたの気持ちには応えないわ」
「それでも諦めきれなかったから、良子さんを見せて頂いたんです。それでも、やっぱり私は諦めきれないですけどね」
ケロッとしたしのぶの態度に、良平は負けるもんかと頑張った。
「でも、あたし達は本当に愛し合ってるのよ。お願いだから、もうこれ以上、あたし達の仲を引っ掻き回さないで」
「本当に愛し合っているなら、私なんかの存在であたふたしないと思いますけど」
相変わらず毅然としたしのぶの態度に、それでも良平はやられるもんかと頑張った。
「しのぶさん、あなたこんなことをして楽しいのっ? 本当に晃二のためを想ってるなら、普通はここらへんで身を引くものじゃないかしらっ?」
少々あくどいが、愛する気持ちを利用して、良心を疼かせるという汚い作戦である。
「それだけ、私の愛は強固なんです」
平然と返すしのぶの態度に、良平は「な……!」と驚愕した。
「そんな都合のいい解釈、あたしはできませんわっ!」
あまりの怒りに、なぜかお嬢様口調になっている。思わず、チッと舌打ちをした。まだまだ負ける気はないようである。
「しのぶさん、晃二はあなたをフったのよ? 晃二はあなたをなんとも想っていないのよ? 望みのない人にいつまでもすがるよりも、新しい恋を見つけた方がしのぶさんのためなんじゃないかしら?」
我ながら上手く説得できたわ……と、女言葉で自画自賛したその時、しのぶは冷淡に返してきた。
「自分のことは自分で決めます」
「あんた一体何様よッ!? ビックリしたわッ!」
思わず大きく目をむいて、良平は罵った。もはやここまで頑固だと、こちらとしては手も足も出ないダルマさん状態である。
みるみる、良平のやる気のボンテージは暴落していった。
(くっそ~~……ダメだ~……。この女を説得することなんてできねーよ……)
はぁ~~……と、諦めの溜息をつく。
すると突然、しのぶが珍しく、申し訳なさそうな表情で言った。
「良子さん、私、一つだけお願いがあるんです」
「え?」
「今日一日だけでいいんです。晃二さんと二人っきりにさせて下さい。それでも嫌われてしまったら、私、ちゃんと諦められるよう努力します。だから……」
突然のしのぶの切なげな面持ちに、良平は激しく良心が疼いた。なんだかとても心苦しくなってしまう。
「私、本当はどうでも良かったんです。自分の恋なんか、叶わなくったって良かったんです。もう、フラれちゃったし。ただ、こうして、一緒に晃二さんとプライベートで遊んでみたかったんです……。思い出が欲しかっただけなんです……」
「……うん、分かる。その気持ち、凄くよく分かるわ……」
説得するはずの良平は、あっという間に、しのぶの言葉に納得し出した。驚くほどあっさりと、立場は逆転してしまった。
良平は瞳にうるうると涙を浮かばせ、よよよ……と悲しみに泣き崩れる。彼は、悲恋モノの映画で必ず涙を流すタイプだった。
そんな単純な良平を見て、しのぶはこっそりと舌を出す。
やはり、今回の作戦も、良平には負け戦であったようだ。
読んでくださって、ありがとうございました。
次回に続きます。
全然、関係ないんですけど、これを書いていたら、羊文学さんの『more than words』が流れてきて、遼介たちのことを久し振りに思い出しました。
前回の「愛情と友情の極限を求めよ。」を書いていたときに、雰囲気に合うなぁと勝手に思って、この曲をよく聴いていたんです。
曲を聴いただけでその時のことを鮮明に思い出せるなんて、音楽は本当に偉大です。
まあ、遼介たちのことを思い出すとは言いましたが、その前に『呪術廻戦』を思い出すんですけど。