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5、晃二を諦めてくれ作戦パターンその2とその3

昼食を済ませた四人は、フードエリアからほど近い観覧車へやってきた。

ゆっくりと乗り場地点に下りてきたゴンドラへ、四人が順番に乗り込んでいく。スタッフの元気な声に見送られながら、ゴンドラはゆっくりと上昇していった。


地上の景色がゆっくりと遠のいていく。人が米粒ほどの大きさになり、アトラクションや建物がおもちゃのように感じられ、まるでジオラマを見下ろしているような錯覚に陥る。

パーク内を眼下に望み、小さくなっていく人や遠くに広がる青い海に、四人はまたもやはしゃぎながらスマホで撮影を始めた。


「素敵な景色ですね、晃二さん」

「ああ、そうだな」

「晃二、次はあれに乗る?」

「良子さ~~んっ。今度は僕とスワンボートに乗りませんかっ!?」


 ひとしきり撮影も済ませ、他愛無い会話がまたもや再開される。

その時、良平は不意にあることを思い付き、シリアスな面持ちへと変貌した。なにやら、いいアイデアが浮かんだらしい。

緊張をはらんだ声色で、穏やかなる空気を突如、打ち切ったのだった。


「しのぶさん、心して訊いてほしいの」

「え、は、はいっ、なんですか?」


 突然のシリアスな展開に、しのぶは慌てて返事をする。

良平は、わざと窓の向こうを向いて一拍置くと、再びゆっくりと口を開いた。


「あの……しのぶさんには本当に申し訳ないと思うわ。でも、あたし、晃二に本気なのよっ!」


 良平は振り向きざまに、うるうる目を保ってしのぶを見た。ポイントは涙は流さず、溜めるのがミソらしい。


「あたしも、あなたに負けないくらいずっと昔から晃二を見てたのよ……。あたしの一生のお願い。晃二から手を引いて……」


 うるうる目で哀願する。ちなみに、良平のポケットには、コンタクトを使用している晃二からパクった目薬が隠されていることは書き記すまでもない。

良平が編み出した、晃二を諦めてくれ作戦パターンその2〈泣き落とし編〉である。


「そうですか……」


 少し哀愁を漂わせてうつむき加減に答えたしのぶに、


(おっしゃっ、OK! 完全に騙せたっ!)


 良平は胸中で、こっそりガッツポーズをした。

が、しかし、次の瞬間、思いもよらぬ言葉が返ってきた。


「あなた、嘘をついてますよね」

「な……!」


 ギックン!と、良平の五臓六腑はひきつった。


「な、なにを根拠にそんなことを言うのよ!? 嘘なんかついてないわ! そんなに疑うなら、証拠を見せなさいよっ、証拠をっ!」


およそ、犯人しか口にしないであろうセリフを口にした良平に、しのぶは落ち着き払って続けた。


「だって、良子さんと晃二さんって、腕を組んだり肩を抱くどころか、手もつないでませんよね。ラブラブだって言い張るわりには、ちょっと愛が足りないんじゃありません?」

「アホなこと言いなさんなっ! 晃二はシャイなのよっ! でも、人がいない所じゃ凄いんだからっ!」


 憤然とやり返した良平に、


「そんなのどうせ嘘でしょう」


 と、しのぶは平然と応戦する。

押され気味の良平だが、しかし、この勝負に負けるわけにはいかなった。


「なによなによっ! あんた、あたしと晃二がラブラブだから、ただ妬いてるだけでしょっ! 小娘の分際で分かった風な口きくんじゃねーわよっ! あたしと晃二は、今更、肩を抱き合ったりしてないと不安になるような間柄じゃなーいーのッ!」


 なんだか、訊いているこっちが情けなくなるような悪態をついている。良子を演じていると、勝手にヒステリーなキャラクターへと変貌してしまうらしい。


「だったら、どれだけ晃二さんを知ってるって言うんですか?」

「ごちゃごちゃうっせーわね小娘っ! 晃二はA型よっ! 誕生日は五月一日の牡牛座よっ!」

「それぐらい誰だって知ってますっ! 私なんて、晃二さんの身長、体重、座高、両眼視力、足のサイズにウエスト、さらには左手の小指の指紋だけ渦巻状じゃないってことも知ってるんですよっ! 女子たちの間では基本中の基本の情報ですっ!」


晃二は慌てて自分の左手の小指を確認し、


(オレの個人情報、だだ漏れじゃないか……)


と、震え上がった。


「それがなんだっていうのよっ! あたしなんて、晃二にカツカレーをおごってもらってるんだからっ! さっきもハンバーグステーキセットをおごってもらったんだからっ! 晃二って、あたしにはすっごく優しいんだからっ!」


幻滅させる作戦から、手の平を返すように晃二を持ち上げ出した。迷走具合が手に取るように分かる。


「それがなんなんですかっ! 私なんて、事故だったけど、晃二さんに抱き留めてもらったことがあるんですよっ!」

「甘いわよっ! あたしなんて、晃二と一緒にお風呂に入ったことだってあるんだからっ!」

「え……」


 その場は、シーン……と、不気味なほどに静まり返った。

 ただ一人、晃二だけが、


(確かに、修学旅行の時、大浴場で一緒に入ったなぁ)


 などと、呑気に納得している。

 押され気味のしのぶに対し、良平は晃二を諦めてくれ作戦パターンその3〈私達はベストカップル編〉を強行することにした。


「お風呂も一緒に入ったし、もちろん部屋も一緒よ。枕投げだってしたんだから。つまり、お泊まりよ、お泊まり! あたしたちはどの角度から見たって、究極のベストカップルよ。ありんこ一匹すら入り込む余地なんかありゃーしないわよっ!」


 優位な立場になり、俄然踏ん反り返って怒鳴る良平に、しのぶは藁をも掴む思いで、晃二を見た。


「……晃二さん、本当ですか?」

「嘘じゃないぞ。確かにそうだ」


修学旅行で同じ班だったのだから、部屋も一緒で枕投げもやっていた。確かに嘘ではない。


「もうここらで手を退いてくれないかしら?」


不敵な笑みを浮かべた良平に、しのぶはそれでも落ち着きを取り戻して続けた。


「晃二さんがそうおっしゃるなら、お泊まりをしたのかもしれませんけど……。でも私、どうしても二人が恋人同士だって信じられないんです。ラブラブな雰囲気が感じられないんですよね。だから、証明して下さい」

「は? どう証明すればいいってわけ?」

「晃二さんとキスして下さい」

「あーハイハイ、キスね。って、ええっ?」

「キスです」

「あ、あの、今すぐここでって、もしかして、おっしゃって、る……?」


 動揺を隠せない良平に、


「もちろんです。恋人同士ならできるでしょ」


 と、しのぶは事も無げに続けた。

あっさり立場は逆転してしまい、今度は良平が追い込まれるカタチとなってしまった。


「どうなんです? やるんですか? やらないんですか? どっちなんですか?」

「ヒ、ヒィ~~……」


 泣きそうな顔で助けを乞うため晃二を見ると、


「しょうがないな。見せつけてやるか」

「ヒィ━━━ッ!」


 晃二の一言に、両手で両頬を挟んで良平はみるみる真っ青になった。


「おいっ、晃二っ、どうすんだよっ!?」


慌てて、こそこそと晃二に耳打ちをする。しのぶと寛太に見られないよう、二人に背中を向けて、急遽、作戦会議を始めることになってしまった。


「キスくらい、いいじゃないか」

「ヒィ━━━ッッ! やだやだやだ~~っ」

「なにがそんなに嫌なんだ? ファーストキスじゃあるまいし」

「ファーストキスなんだよっ。やだやだやだ~っ。大体、なんでお前はファーストキスじゃないからってできるんだよっ」

「これが不思議なもんで、見た目が可愛いからキスくらいなら普通にできる」

「お前が良くても、こっちは、お前の見た目が男だから普通に無理なんだよっ。やだやだやだ~。目を覚ませ~。俺は良子じゃなくて良平なんだよ~。マジでやだやだやだ~っ」

「分かった分かった。落ち着け。微妙にずらすから」

「本当か?」

「本当だ。オレが今まで嘘をついたことがあったか?」

「……信じていいのか?」

「信じていい。大丈夫だ。嘘はつかない。オレの俳優生命にかけて誓う」

「お前、俳優じゃないだろ~っ!? いきなり嘘っぱちこいてるよ、この人~っ。もうやだやだやだ~っ」

「こんな時にボケて悪かった。本当に大丈夫だ。微妙にずらす」

「こんな時にボケる奴の言うことなんか信用できるかっ! ああっ、もうやってらんねぇっ。俺はおりるぞっ。一週間のカツカレーのおごりなんかいらねーよっ」

「日替わりA定食を二週間に変えてやる」

「そ、その手にのるかよっ」

「A定食だぞ? お前がいつも手の出せないA定食だぞ?」

「…………」

「ある時はトンカツ、ある時はハンバーグと海老フライ、またある時はチキン南蛮のA定食を二週間だぞ?」

「…………」

「お前の大好きなプッチンプリンもついてくる、あの四五〇円のA定食だぞ?」

「…………」


 ここで、良平の頭の中でプライドくんとマネーくんがどこからともなくやってきた。

泣いてすがる憐れなプライドくんに、非情にもマネーくんは「ハッ!」と巴投げを食らわせた。それでも、頑張ってよろよろながらも立ち上がろうとしているプライドくんの更に上から、ドンッ!ととどめの肘エルボーを食らわせる。


「……う、うう……。……ゴチになります……」


 勝負はあっさり決まってしまい、震えながらにそう言った自分が情けなくて、ほとんど半泣き状態の良平であった。


「た、頼むから、絶対にマウストゥーマウスだけは避けてくれよっ」

「当たり前だ。微妙にずらし、終わった後はすぐさま記憶から抹消する」

「おうよっ」


 ケンカを売っているような気合いの入れようでこそこそと語り合い、二人はおもむろに向かい合った。


「いくぞ」

「い、いつでもOKよっ! あたしゃ逃げも隠れもしないわっ! ドーンとやっちゃってっ!」


 ほとんどヤケになって叫んだ良平の合図に、晃二はじりじりと近付いていった。

そして、二人の唇があと三㎝という際どいところで――


「ハイ、お疲れ様で~~すっ!」


 ゴンドラが地上へ戻ってきたようで、スタッフのお姉さんが扉を開けながら叫んだ。


「助かりましたね」


 しのぶは、意味ありげなセリフを吐いてゴンドラから下りていく。


「本当に助かったよ……」

「ひぃ~~んっ」


 良平は半泣きで、よろよろとふらつきながらゴンドラを下りた。精神力をごっそり使い果たしてしまったようで、あまりのふらつきようにステップで見事にすっ転び、フリルを派手に破いたほどであった。

読んでくださって、ありがとうございました。

次回に続きます。

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