エピローグ
西の空には、すでに赤い夕焼けが綺麗に輝いていた。日も暮れ始め、パーク内の人混みも少しずつひき始めている。
フランスの街並みをモチーフにしたメインとなる広場で、しのぶはふと立ち止まった。すぐ横には、大きな噴水が涼しげなしぶきを作っている。
同じように立ち止まった三人に、しのぶは残念そうに切り出した。
「じゃあ、私と寛太はここから二人で帰ります。晃二さんと恋人になれなかったら、私、現地解散って決めてたんです」
小さく笑うしのぶに、晃二はかすかに頷いた。
「……そうか。じゃあ、オレは良子に伝えたいことがあるから、さっきの広場に戻るよ」
晃二の言葉に、良平は首を傾げた。
「伝えたいこと? なんだそれ?」
不思議がる良平と違って、しのぶは僅かに驚き、
「もしかして……」
と、晃二を見上げて反応を見た。
意を決したように微かに頷く晃二に、
「そうですか……。頑張ってくださいね」
と、しのぶは切なそうに小さく笑った。
手を振って離れていくしのぶと寛太に、晃二と良平も手を振って応える。
良平は少なからず良心が疼いた。
(なんか、可哀そうなことしたな……)
遠ざかるしのぶと寛太の後ろ姿に、罪悪感が沸き上がる。
しかし、実際、晃二にその気がないことは明らかであり、どうしてやることもできない。
今の良平にできることと言えば、
(こんなモラハラ気質な奴じゃなくて、もっとちゃんとした、いい奴を見付けろよ……)
と、胸中元気づけてやることだけだった。
小さくなる二人の背中を見送りながら、晃二は言った。
「良平」
「なんだよ?」
「さっきの広場に戻ろう。話したいことがある」
「ここじゃダメなのか?」
「人がいないところがいいんだ」
「ふ~ん、別にどこでもいいけどな」
「良平」
「なんだよ?」
「オレがなにを言っても驚くなよ」
「なんなんだよ、一体」
「いいから、驚くな」
急に声色が変わった晃二に、良平は戸惑った。いつもとは違った真剣な顔つきに、良平は気圧され、いろいろ聞きたかったが思わず言葉を飲み込んだ。
「……分かったよ」
「それと、オレがなにを言っても嫌いになるなよ」
「さっきからなんなんだよ、一体」
「いいから、オレのことを嫌いになるな」
「……分かったよ、嫌いにならないよ」
「約束だぞ」
「分かったよ」
「絶対だぞ」
「分かったよ。お前のこと嫌いにならないよ」
「それなら良かった」
「広場で何が始まんの?」
「……別に、お前に伝えたいことがあるだけだ」
「なんか企んでんのか?」
晃二はすぐに首を横へ振った。
「企んでない」
「本当か?」
「本当だ」
「本当の本当か?」
「本当の本当だ」
「怪しいなぁ~」
「怪しくない。オレは嘘はつかない」
「…………」
「オレを信じてほしい」
「男と男の約束だぞ?」
「ああ、男と男の約束だ。なにも企んでない。嘘もついてない。ただ、お前にオレの気持ちを知っておいてほしいだけなんだ」
「ふ~ん。分かったよ」
何を言われるか全く想像もできていない良平は、簡単に承諾した。
とりあえず第一段階はクリアしたと、晃二はホッとしたように息を吐いた。
「いや~っ、終わった終わった~」
「長い一日だったな」
人々が三々五々行き交う道から離れ、パーク内の死角となっている小さな広場の芝生で、良平と晃二はくつろいでいた。
誰も来ない一角となっているため、晃二は寝転び、良平に至ってはカツラをはずして、ワンピースを内輪替わりにバタバタとあおいで、あぐらを組んでいる。
木々に囲まれた空間でしばらく癒されていたが、思い出したかのように、良平は愚痴をこぼし始めた。
「ったく、俺は今日一日、一体何のために女装なんかやったんだよ……」
「まあまあ、そんなに落ち込むなよ」
「二週間分のA定食が~~……」
がっくりと深くうなだれる。
その時、微かに茂みが揺れた気がして目をやったが、どうやら風だったようだ。
誰もいないと判断したのか、晃二は良平に向き直った。
「ありがとう。良平は頑張ったな。お陰で池端は諦めてくれたよ」
「まあ、それはいいけど……。それにしても、よく池端があんなにあっさり諦めてくれたな」
「そうだな」
「なんか言ったのか?」
「……まあ、そうだな」
「えっ、どうやって説得したんだよ。なに言ったんだ?」
「まあ、なんでもいいだろ」
珍しく言葉を濁す晃二に、良平は不思議だった。
「気になるなぁ~」
「なんでもいいじゃないか」
「気になるなぁ~!」
「まあまあ、なんでもいいだろ」
「気~に~な~る~なぁ~~っ!!」
「分かった分かったっ!」
珍しく声を張って宥めると、晃二は良平のすぐそばまできて座り直した。そして、改まって口を開いた。
「じゃあ……教える。もともと、これを伝えるつもりだったしな」
言った後、すぐに口を開かない晃二に、良平はもどかしくなって思わず急かした。
「教えて教えてっ、なになにっ?」
「…………」
「早く早く、なになにっ?」
「…………」
「なにもったいぶってんだよ。早く言えよ、もどかしいなぁっ」
急かす良平に、晃二を意を決して口を開いた。
「『オレは良平が好きなんだ』と言った」
「へ?」
「実は、オレはお前が好きなんだ」
「へ?」
「今日も、お前とデートしたかったんだ」
「へ?」
「池端を諦めさせるなんて口実だ。オレはお前とデートしてみたかったんだ」
「へ……?」
「良平、落ち着いて聞いてくれ。オレはお前が好きなんだ」
落ち着けと言われても、良平はどういう反応をすればよいのか分からなかった。ただただ、呆けた顔で呆然とするだけだった。思わず言葉が漏れる。
「嘘だろ……?」
「嘘じゃない」
「絶対に嘘だ。俺は騙されない」
「嘘じゃない。さっき男と男の約束をしただろ。オレは嘘はつかない」
「俺は信じない。絶対に嘘だ」
「嘘じゃない。オレを信じてほしい」
「嘘だ。嘘って言え」
「嘘じゃない」
「嘘って言え!」
「嘘じゃない」
良平の頬を、晃二は両手で優しく包み込んだ。
「ずっとお前のことが好きだった」
「…………」
「嫌なら言ってくれ。ここでやめる」
「…………」
良平は嫌と言えなかった。言葉を出すことができなかった。ただ黙って、晃二を見つめ返すことしかできなかった。
『オレのことを嫌いになるな』と言った晃二の必死な顔を思い出す。そういうことかと、良平はようやく全てが分かった。
嫌と言わない良平に、晃二はそっと顔を近づけた。
辺りの空気が、時が止まったように静まり返った。
お互いの鼓動が大きく高鳴っていることが手に取るように分かる。
そして、そのまま、二人の顔が優しく重なりあった。
芝生に延びた二人の影が、寄り添うように一つになった――
読んでくださって、ありがとうございました。
遅くなって、すいませんでした。
次回で最終回です。




