10、良子を諦めてくれ作戦パターンその1
「俺のカレシをやってくれ」
良平の真剣なまなざしに、晃二は、なにを今更という顔をした。
ここは〈スカイサイクリング〉という二人乗りのアトラクションで、二人は自転車を漕ぎながら延々と言い争いを繰り返していた。地上十六mの上空で漕ぐため、スリルと眺望が同時に味わえる楽しいアトラクションとなっている。
しかし、今の二人はそれどころではないらしい。
ぶつくさ文句をたれている良平に、晃二はまるで世間話でもするかのように返した。
「お前がそう言い出すだろうとおおかた予想はついていた。しかし、あいつは俺がいることを百も承知で横恋慕を仕掛けとるんだろ。他にどうすればいいんだ」
「良子を諦めてくれ作戦パターンその1〈俺の良子に手を出すな編〉だ」
すぐには理解できず、晃二は不思議そうに見返した。
「なんだそれは?」
「寛太と対決しろ。少女漫画なんかによくあるだろ。『あいつに手を出すんじゃねえっ! あいつは俺の物だっ!』バキッ!ってヤツ」
「無駄な暴力はいかがなものか」
「無駄って……やいっ! てめえっ! 俺もお前が困ってる時に助けてやっただろっ! 困った時はお互い様だろっ! おいっ! お前も漕げよっ! 後ろの人に迷惑だろっ!」
晃二は、いかにもだるそうに自転車を漕ぎだした。
「言っておくが、オレも怒ってるんだからな。池端と無理やり二人っきりにさせて、お前はオレの気持ちを無視しただろ。あれは良くないぞ」
淡々と諭す晃二に、良平はギクリとなった。
「ご、ごめんね。良子、ちゃんと反省してる。テヘっ☆」
ウインクをして、ペコちゃん風に舌を出し、コツン☆と握り拳で軽く頭を小突く。
良平の謝罪に、晃二はぷっつんキレそうになった。
「なんだそれは? 嫌がらせか? 鬱憤晴らしか? それとも笑いか? 親切で言ってやるが、それがもし笑いをとるためなら、お前はお笑いを履き違えているぞ」
「ヒィ~~……そんなにお笑いを愛していたなんて知らなかったんです……」
「お笑い裁判だと即死刑だ。今からお前を三分以内に絞め殺す」
「ええっ?」
厳しすぎる説教に、良平は思わず叫ぶ。
すると、晃二はもう一度、丁寧に繰り返した。
「今から、お前を、三分以内に、絞め殺す!」
「聞こえてるよっ! 聞こえた上で『ええっ?』って言ったんだよっ!」
「ああ、そうか。良かった良かった。てっきり聞こえなかったのかと」
のほほんと返す晃二に、良平は片手で遮った。
「ちょっと待て。さっきから聞いてて思ったんだけど、お前、ボケたいだけだろ」
「…………」
「正直に言えよ。お前はボケたいんだろ? ツッコミ側が嫌なんだろ?」
途端、険しい表情をした晃二は、突然、話を遮るように、ある妥協案を持ち出した。
「よし、こうしよう。あいつを諦めさせるから、二週間のA定食のおごりをやめさせてくれ」
「…………」
「つまり、チャラにしよう」
「……お前、人として間違ってるぞ……?」
「そんなこと言ったって、困った時はお互い様だろ」
「俺たちの友情も今日限り……いや、もともとそんなものはなかったのかもしんねーな……」
だいぶへこんでいる良平に、晃二は事もなげに返す。
「別に嫌ならいいんだぞ」
「もともとお前が持ち込んだ種なのによー……」
ぶつくさ言いつつも、悲しいことに他に方法はなさそうだ。
「わ、分かったよっ。チャラにするっ!」
半泣きで渋々ながら、良平は承諾を余儀なくされた。
そして、
(俺は今日一日、一体何をしているんだ……?)
と、マジで分からなくなってきた。
次のアトラクションへ向かう途中、晃二はふと立ち止まった。
「トイレに行ってくる」
「あ、僕も」
都合よく、晃二の後を追うように、寛太も続いてトイレへ入ってきた。
ちょうど自分達以外に人影はなく、空気は静まり返っている。それは、外からのジェットコースターの音や人々の笑い声が聞こえてくるほどだった。
用を済ませて手を洗うと、隣でも寛太が同じように手を洗っている。そして、彼は鼻歌を歌いながら、鏡の自分を見て、決めポーズをやりだした。どうも、これは彼のライフスタイルの一環に組み込まれているらしい。
ショーが終わるのを見計らって、晃二は「おい」と鋭い口調で声をかけた。
「お前は良子が本気で好きなのか?」
「もっちろんですよっ!」
ガッツポーズを決める寛太に、「そうかそうか」と適当に相槌を打つと、晃二はおもむろに口を開いた。
「良子には手を出すなよ」
「そんなわけにはいかないですよっ! 晃二さんには悪いですけど、僕は諦めるつもりは毛頭ありませんっ! お互い、切瑳琢磨で良きライバル同士として頑張っていこうじゃないですかっ!」
どうやら何を言っても無駄っぽい。察した晃二は、やれやれと一番効果的な作戦に出た。
「お前の情熱は分かった。しかし、今日のところはもう諦めてくれないか? 明日からだったら、もう煮るなり焼くなり蒸すなり炒めるなり……まあ、なにをどうしようが構わんから」
「ええ━━っ? ホントですか━━っ? 僕、明日からガンガン迫りますよっ?」
狂喜乱舞する寛太に、
「ああ、もう全っ然構わないぞ」
余裕綽綽で返し、晃二はそのままトイレを後にした。背中からは、「ひゃっほ~~いっ!」と未だ小躍りしている寛太の声が飛んでくる。
晃二は、ふっと薄ら笑いを浮かべた。不敵と形容するに足る、自信に満ちた笑みである。
なにもわざわざ苦労して、彼の恋を諦めさせる必要はない。家に帰って、良平が女装をとけばいいだけの話なのだ。
トイレに戻ってきた寛太が、にこにこ笑いながらも一向にアプローチを仕掛けてこないことに気付き、良平は不思議そうに晃二を上目使いで見た。
「お前、なに言ったんだ?」
「まあ、いいじゃないか。ちゃんと諦めさせたぞ。これでチャラな」
奇跡の数分間であっさり説得しきってみせた晃二に、良平は思わず尊敬の目を向ける。
自分があんなに苦労したのに対し、晃二は二,三分でさっさと事を済ませてしまった。
「パターンその1で終わった……。なんか、俺、すげー損してる気がする……」
良平は次に、不服そうに晃二を睨みつけたのだった。
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次回に続きます。




