第1節プロローグ
魔王とは魔界に住み、世界を混沌の闇に覆い尽くし世界を我がものとする事が魔王の使命である。その過程において、信頼における家来と共に魔道を邪魔する者を蹴散らし、時に家来を守り、家来に背中を預け、そして、共に進むその先に究極の魔道が存在する。by 馬鹿でも分かる魔王道 著作 とある勇者 発行 猫橋書房
それは、少年が手にしている書物、税込み510円の書物一文だ。何故、勇者が魔王の事について永遠と550ページと書き綴っているのは分からないが、この一文は魔王の定義そのものでもある。その時代の魔王によって、少しばかり内容は変わってくるが、その書物を手にする少年は本をパタンと閉じると、はぁと重々しい溜息を吐いたと
「って書いてあるんだけど。ねぇ、どう思う?」
その重たげな空気を背負ったまま、少年は白髪の髪を揺らしながら横にいる、ちゃぶ台の上の煎餅を手に取りバリバリとかじっている少女に話し掛けた。
「さぁ……」
特に興味なし。そんな感じで少女は再びちゃぶ台の上の煎餅に手を伸ばす。はぁ、と少年は溜息を吐きながら横で座布団に座る少女を見る。まず、印象に残るのは灰色の髪。そして、その中でまだ燻っている様な印象を受ける薄い赤色の目。だが、その目はやる気が感じられない、半分閉じられて眠たげである。
少年は負けずに口を開く。
「上下関係って大事だとボクは思うんだよ」
「うん……大事だね。わたしもそう思う」
その瞬間、少年に衝撃が走った。この話を開始して軽く一時間。少年の握る拳は達成感でプルプルと震えていた。
「ソフィ! やっと分かってくれたん――」
「カイル、お茶」
「――じゃなかったの!?」
しかし、その達成感は5秒も持たなかった。上下関係を理解した少女は茶!!っと描かれた湯飲みをグイッと少年に突きつけた。カイルと呼ばれた少年はもしかすると、自分の立場はこの『家』で一番低い位置にあるんじゃないんだろうか? 少年はそんな錯覚が最近生まれつつあった。しかし、そんな訳はあるはずはない。それは自分が何なのかという事考えればすぐにも分かる事だ。
「ボク一応、魔王なんですけど?」
「知ってる。お茶」
「君の主なんだけど?」
「知ってる。お茶」
尚も少年がソフィと呼ぶ少女は湯飲みを突き出したままジトッとカイルを眠たげに睨みつけ、お茶と言っている。家来が主にお茶を要求するという、不可解な図がそこにはあった。だが、カイルは魔王で、ソフィと呼ばれた少女はカイルの家来である。本来そんな事はあってはいけない、カイルはそれを分かっているので、暇さえ見つければこうやって、主と家来の関係を確立させようと奮闘しているのだが、結局はカイルが折れる事になる。
「はぁ……お茶何でもいいよね」
そう、自分の方が大人なんだ。心を広く心を広――
「新茶がいい、そして、煎餅飽きた。他の出せ」
近くに包丁があればやっちゃう所だったかもしれない。湧き上がる殺意を押さえ込み、カイル・オルバースはお茶を入れながら家の家訓を思い出していた。『オルバース家はいかなる時も家来を信じ、家来の事を先に考えよ』自分の事より家来の事を考えろ。つまりそういう事だ。家臣は宝、家臣なくして魔道はない。はぁとカイルは溜息を吐きながら、ソフィの前のちゃぶ台に湯のみを置きポテチを渡した。
そんなカイルが気になったのかソフィが心配そうな声で尋ねた。
「どうしたの? なにか心配事?」
「……」
カイルはパタッと静かに床に倒れると、静かに泣き始めた。
「?」
そんなカイルの気苦労も知らない家来ソフィは倒れたカイルを不思議そうな表情でしばらく見ると、はっと思い出したかのように意識をポテチに向け中身をおいしそうに食べ始めた。
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家来に舐められている。まぁ家訓があるから仕方ない。そんなことを居間で魔王は考えていた。正直、今では生きる事に精一杯な状態である。魔王は家計簿をつけながら、溜息をつく、毎月払う家賃がすぐそこに迫っている。平屋、寝室3、居間、キッチン完備(コンロは別売り)トイレ完備、ユニットバス完備、なのに月額3万円と激安、人間界にやって来た魔王はそれに飛びついた。
3万円+光熱費etc..これに苦しめられている。魔界から持ってきた物品を質屋に入れて今まで凌いで来たが、今回家賃を払えば資金は底をついてしまう。
どうするか迷っていると
「なんで、人間にお金払わないといけないの?」
ソフィがひょっこりとポテチを食べながらカイル横に現れそんな事呟いた。カイルは、溜息を吐きながら虚ろな瞳でソフィを見ながら、細く口を開いた。
「人間界のルールには従わないといけないんだよ。その世界にはその世界のルールがあるんだから」
ポンポンとカイルはソフィの頭に手を置くが、ソフィはふーんと不満そうに家計簿をまじまじと見て
「あっカイル」
「なに?」
「これ食べたい」
と、突然、思い出したかのようにソフィはそのうす赤い瞳を爛々と光らせて、何かのチラシを懐から出した。
「ん? なになに? 高級洋菓子詰め合わせセット、春のお得キャンペーン、今なら1万ポッキリ・・・・・・」
カイルは一度、深呼吸して、ソフィと向き合い。優しい笑顔で語りかけた。
「金ねぇって言ってんだろうが」
えっー、とソフィは、いかにも不満そうな顔で頬を膨らませて、じゃあと言ってから、他のチラシをどこからともかく取り出しカイルの目の前でばっと両手で大きく広げた。
そこにあった物は、数多くの商品が表示されているスーパーのチラシだった。その商品の一つに赤ペンで印を付けた大きなマルがカイルの目に入る。
「激安材料チョコレート100円、今ならお一人様5個限定、愛しい彼のために手作りチョコなどはいかがでしょうか・・・・・・?」
最後の方は気になるけど、これぐらいならとカイルは思って、うんと呟いた。
「しょうがないなぁ、じゃ、買いに行こうか。ちょっと調味料が無くなりかけてたし」
「着替えてくる」
言葉を聞くや否やソフィをバッと身を翻して自分の部屋に向かって走って行く。
魔王は考えた。もしかすると最初の馬鹿高いお菓子はこのための伏線だったのではないのだろうか。と、ソフィの部屋を見ると部屋に入る途中のソフィの口角が不気味に釣り上がっているのが見えた。
「・・・・・・騙された」
家賃+光熱費+ソフィの食費、これがカイル家の家計に大打撃を与える3代要素である。