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二人の家①

()()条件を提示すれば受けてくれるかもとは思っていたけど……、まさか“受けて立ちます”なんて言われるとは思わなかったよ」


 馬車の中。

 苦笑いでカルディア様に告げられたことで、私は一週間前、契約結婚を申し込まれた時のことを思い出し頬を抑える。


「し、仕方がないと思います、あれは。

 あなたの言っていることの大半が……、厳密に言えば“呪い”の件が未だに全く信じられなくて」

「そ、それは本当のことなんだって……。それはともかく、良かったよ。

 俺が良かれと思ってしたことだったけど、正直余計なお世話だとか、最悪泥棒ー!って嫌われるかも、とか後々考えもしていたから」

「まさか! ……だって、私のためを思ってやってくれたことではないですか」

「そうなんだけど、それでも不安だったから君が喜んでくれて良かった」


 カルディア様が柔らかく笑ったのと同時に、乗っていた馬車が止まる。

 どうやら目的地に着いたらしい。


「さあ、行こうか」

「!」


 カルディア様は扉を開け先に出ると、私に手を差し伸べた。

 私はその大きな手にそっと手を重ね、頷く。


「……はい」


 私達が降り立った場所、そこは。


「おかえり、アメリア」


 カルディア様の言葉と私達の向かいに立つ、一年前のあの日手放したはずの我が家を見て、私の瞳から涙が頬を伝った。

 そう、カルディア様が叙爵して得たのは、元バルディ邸だった。

 カルディア様は元勇者として、今後王家直属の騎士団の団長として働く代わりに、領地経営はしなくて良いのだとか。

 そのため、彼はこのお屋敷と庭分の敷地だけを所望したらしい。

 その結果、無事に屋敷を授けられ、彼と共に国王陛下に拝謁した私を伴って、今日から再び我が家となる屋敷に足を踏み入れるのだ。


「大分庭も荒れているわね……」


 両親が存命だった頃は庭師がいて、綺麗な花々が咲いていたけれど、叔父家族が来て没落する頃には見る影もなくなっていた。

 それがなんだか少しだけ物寂しく感じてしまっていると。


「ご、ごめん」

「えっ? なぜあなたがお謝りになるのですか?」


 驚いた私に、彼は申し訳なさそうに言う。


「本当は、もう少し前からこの屋敷を譲り受けることになっていたんだけど、ここは元はと言えば君の生家だから、君を一番に通してあげたくて……、だから掃除も何も出来ていなくて」

「! ……そこまで考えてくれていたんですか? 私のために?」


 黙って頷く彼に、私は……。


「覚えてくれていたんですね。『この屋敷だけは、私が守り通したかった』と言ったこと」


 壮行会が行われていたはずの日。

 彼が私を訪ねて屋敷までやってきてくれた時、彼に本音をぶつけてしまったのだ。


「あなたには、感謝してもしきれません。あなたと友人になってから……、いえ、今は友人ではないけれど、それでも私を助けてくれた。

 だから私、今度はあなたの力になります。

 “呪い”を解く方法を、一緒に探しましょう」

「……“呪い”を解く……」


 そう呟いた彼は、一瞬辛そうな表情をしたけれど、それはほんの一瞬のことで彼はまたいつもの笑みを浮かべて言った。


「ありがとう、アメリア。よろしくね」

「はい、こちらこそ」


 彼もまた頷いてくれてから、「手を出して」と私に向かって言う。

 握手を求められているのかと思い、手のひらを横に向けて差し出すと、その手のひらを上向きにした彼は、私に何かを手渡した。それを見て驚いて彼を見上げる。


「えっ、これって……」

「君の家の玄関の鍵だよ。君が一番に開けて」

「そ、それはダメでしょう!? だって、この家はあなたが与えられたもので」

「君の家でもある。それに、君のためにもらった家だ。だから、遠慮することはない」

「……っ」


 戸惑い、もう一度手元に視線を移す。

 両親が存命の時はいつも使用人が開けてくれていたから、鍵の存在を知らなかった。

 だけど、両親が亡くなって叔父家族がやってきてからは、使用人がいなくなってしまったため、代わりに一緒に登下校する妹がいつも鍵を握っていたから、自分で鍵を握ったことはなかった。

 それを横目で見て、本来は私と両親の家なのにと思っていた。

 でも。


(もう一生握ることはないと思って諦めた鍵を握り、またこうして家に帰って来られる日が来るなんて)


 夢のようで、夢ではないのだと。

 ギュッと鍵を握り締めた私に、彼が手を差し伸べる。


「お手をどうぞ。家までエスコートいたします」


 そう言って笑う彼は、さながら王子様のようで。


(……こんなの)


 好きにならないはずがない。


 恐る恐る手を伸ばせば、彼の手に触れる前にキュッと手を握られる。

 思えばこの手も、あの日以来触れることは一生ないと思っていたから、契約とはいえこうして彼の隣にまたいられることが夢のようで。


(……ふわふわしている)


 彼にエスコートされ、屋敷に向かって歩き出す。

 繋いだ手を伝わって、早鐘を打つ自分の鼓動に気付かれませんようにと祈っていれば、あっという間に屋敷の玄関の扉の前に辿り着く。

 隣を見上げれば、彼が頷きを返してくれながら思いついたように言った。


「一応もう一度言っておくけど、俺は一切まだ足を踏み入れていないから。

 どうなっているか分からないから、埃っぽくても許してね?」

「っ、ふふっ」


 どうやら、緊張を解そうとしてくれたらしい。

 彼のおかげで確かに緊張が解れた私は、彼に向かってありがとうの意味を込めて微笑んでから、鍵を鍵穴に差し込み、ゆっくりと回す。

 すると、ガチャリと重厚な音、鍵が開く音がして。

 ドアノブに手をかけてから……、私は彼に向かって言った。


「やっぱり、一緒に開けませんか?」

「え?」

「だってこの家は、あなたと私の家ですから」

「……!」


 そう、これから……、少なくとも契約で結婚している間は私達の家。

 私だけが開けるのではなく、住人であり屋敷の正式な持ち主である彼も開けるべきだと提案すれば。


「……そうだね」

「!」


 ドアノブに載せていた手の上から、カルディア様の手が重なって。

 トクンと心臓が高鳴るのを感じた私に、彼は言う。


「一緒に開けよう」


 その言葉に笑い合うと、私達はドアノブに目を向け、示し合わせたように同時に口にする。


「「せーの」」


 そうして、これからは私達の家となる屋敷の扉を開けた。

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