勇者の望み②
……今この人、なんて言った?
“契約”結婚? いえ、それよりも。
「……呪われている!?」
「わ!?」
一瞬にして血の気が引き、彼の両腕をガシッと掴んでグルグルと考え込む。
(あの時確かに、彼に“祝福”をかけたわ。
成功したところも確認したもの。それなのに)
「の、呪われているって、本当なんですか!?」
「お、落ち着いて。別に、命に別状があるような呪いではないよ」
「命に別状はない……」
「そう。どちらかというと、別の問題というか」
「別の問題」
「……大丈夫? 呪われている俺より君の方が酷い顔をしていると思うけど」
「大丈夫、ではない……」
カルディア様の言葉を上手く飲み込めず、ただただ彼の言葉を反芻してしまう私に、彼は困ったように口にした。
「呪いのことも契約結婚のことも、君に言って混乱させてしまうのはどうかと思ったんだけど。
でも、やっぱり君にしか頼れなくて……」
(……そうか、彼が気を許せるのは限られているものね)
今は私は彼の友人ではないらしいけれど、元友人としてとりあえず彼の話を聞こうと、一度深呼吸をしてから尋ねる。
「……分かりました。とりあえず、今あなたが置かれている現状を一から教えていただけますか。
なぜ、私に“契約”結婚(?)を申し込んだのかも、呪いについても全て」
「うん、元よりそのつもりだよ」
そう言って、彼はポツリポツリと語り出した。
語るうちに話が長くなり、全て聴き終えた頃には小一時間は経過していたため、大体掻い摘んでまとめると。
「魔界を封印する際に、今までに姿を現したことのなかった魔王が現れ、苦戦を強いられた。それでも何とか魔界ごと魔王を封じ込めようとした際に、あなただけが呪いにかかってしまった。そして、その呪いが」
私は言葉を切り、困惑を隠さずに口にした。
「女性を一目で虜にする“魅了”にかかってしまったと」
「そうなんだ」
あまりにも真剣な瞳で頷くものだから、より一層戸惑う。
「ちょっとお待ち下さい。女性を一目で虜にする魅了の魔法?
それってあなたは元々そういう体質ですよね??」
そう、彼は“魅了”なんて呪いにかからずとも、元から世の女性を虜にする容姿をしている。
だから余計に不思議に思うのだ。
「……そんな容姿をしているあなたに、魔王がわざわざ“魅了”なんていう呪いをかけると仰るんですか?
そんなものをかけても元々の容姿からして全く意味がないと思いますし、あなたをこれ以上モテモテにしたところで一体何がしたかったのです?」
学園時代も女性に囲まれていたし、女難だってあると自分で言っていたし……、と考えれば考えるほどあり得ないと思ってしまう私に、彼はなぜか慌てる。
「ほ、本当なんだって! 俺だって驚いたし、まさかと思ったけど、帰ってきたら仲間だった治癒担当の女性に求婚されるし、王城へ着くなり侍女達に囲まれて!」
「それはあなたが勇者だから、ではなくて?
その無駄に目を引く容姿をしている上、勇者という肩書きに女性が飛びつくのは無理もないと思います」
「む、無駄……じゃなくて、そ、そうかもしれないけどそうじゃなくて!」
(……怪しい)
私が疑えば疑うほど焦ったように慌てているし、とにかく目が泳いでいる。
それに、もう一つ不可解に思う決定的な点が一つある。それは。
「第一、世の女性を虜にする“魅了”の呪いにかけられているというのなら、私だってあなたに“魅了”されるべきでは?」
「!!」
私の指摘に、今度こそ彼はピシッと固まってしまう。
(…………やっぱり怪しい)
「……何か私に隠していらっしゃいますね?」
「か、隠してないよ!? 何も! 本当に!」
詰め寄れば詰め寄るほど後ろに後退りする彼が何を考えているのかはよく分からないけれど、とりあえず彼は悪い人ではないと思うので騙されてあげようと思う。
「……分かりました。ここで言い争っても仕方がないので話を先に進めましょう。それで?
“自称”呪われ勇者様が私と契約結婚したい理由というのが、その“呪い”を解けるかもしれないからという理由と、女性避けの口実が欲しいからということですね?」
自称、という単語を強調して言って差し上げれば、彼は「ほ、本当なのに……」と涙目になりながらも頷く。
「そう、なんだ。もしかしたら俺の容姿にあまり興味がない君なら、魅了の呪いを受けにくく、契約でなら俺と結婚してくれるかもと思って……。
我ながら最低だと思うけど、人助けだと思って受けて欲しいんだ!
俺、魅了された女性が本当にダメで……」
「……なるほど」
確かに、魅了の呪いにかかっているかはさておき、彼は勇者になる前から女性が苦手だった。
無理もない、かなり熱烈な女性が多かったようだから、多少なりともトラウマがあるのだろう。
それなのに、今では勇者となってしまわれたのだから、今までたとえ彼に興味がなかったとしても、その肩書きに惹かれてやってくる女性も多いことだろう。
(言っていることは分かるけれど、少し胡散臭いというか、絶対何か隠していることだけは分かるのよね……)
それが物凄く気になるのだけど、と疑いの眼差しを向けている私に彼は恐る恐る尋ねる。
「難しい、かな?」
「……そうですね。私はこれでも今は修道女見習いであり、元伯爵令嬢ですし」
「そ、それなら許可はとってある! そもそもダメだったらここへ来る許可さえいただけないと思うし……」
「なるほど、事前に国王陛下と女子修道院長にご許可を取っているというわけですね。
つまり私は、勇者であるあなたの“戦利品”であり、私に拒否権はないと」
「せ、戦利品!? そんなつもりはないよ! 本当に!!」
素っ頓狂な声を上げ、今度こそ泣きそうな表情をする彼を見て……。
「っ、ふふっ……」
「!?」
思わず肩を震わせ笑ってしまう。
「笑った……」
と、私を凝視してポツリと呟いた彼に、私は小さく笑みを溢して言う。
「それは、私だって笑いますよ。今は婚約者もいないですし」
「そ、そっか……」
なるほど、と頷く彼を見て私は意を決して口を開く。
「私はあなたと一時でも友人となれたことで救われ、今があると思っております。
ですから、私に出来ることがあれば協力いたしましょう」
「ほ、本当!?」
「はい。ただし、契約内容にもよりますので、次会う時に契約内容を記して私に提示していただければ考えさせて頂きます」
「あ、ありがとう!」
「!?」
ガシッと手を掴まれ、思わず引き気味になる。
「ま、まだ受け入れたわけでは」
「それでも嬉しい!!」
「は、はあ……」
感極まって飛び跳ねている勇者様を見て思う。
(そんなに困っていたのね……)
“呪い”にかかっているかは疑わしいけれど、まあ、様子を見ていれば分かることよね、と上機嫌な彼を見ていると。
「でも、きっと君は契約結婚を受けてくれると思うよ」
「え?」
驚いた私に、彼はどこか誇らしげに笑って言った。
「俺、伯爵位を叙爵する予定なんだ」
「そうなんですね、おめでとうございます」
「ありがとう。で、その話には続きがあってね。なんと」
そう言うと、彼は私の耳に顔を近付け耳打ちし、その言葉を聞いた私は。
「……その契約結婚」
「?」
そう呟くと、拳を握って声高に告げた。
「受けて立ちます!」
「…………はい?」
強く拳を握りしめて言い放った私とは対照的に、彼は契約結婚を申し込まれた時の私と全く同じ反応を返したのだった。