勇者の望み①
第二章、開始いたします!
ここから題名回収スタートです♪
―――それから一年後。
「アメリア〜!」
「わ!」
後ろから足に訪れた衝撃に危うく洗濯籠を落としそうになったのを何とか堪え、下に目を向ければ、そこには幼い可愛い子供達の姿があって。
「ねーねー遊ぼうよー!」
「ずるい! 僕も〜」
よく晴れた青空の下でこだまする彼らの元気な声に、自然と笑みが溢れる。
「ちょっと待っていてね。今から洗濯物を干さなければいけないから」
「そっかあ。忙しいんだねー……」
落胆する彼らに向かって答える。
「そうだね。でも私はお洗濯物も得意だから!
すぐに干したら皆のところへ行くわ!」
「本当!?」
「えぇ、嘘はつかないわよ」
にこりと笑みを浮かべれば、彼らは嬉しそうに声を上げて走っていく。
ここは、修道院と併設されている孤児院で、約五十名ほどの孤児の子供達が暮らしている、比較的小規模の修道院。
なぜ私がここにいるかというと、私自ら希望したことだから。
バルディ伯爵邸を出て王城へ向かった私は、すぐに国王陛下がいる広間に通され、謁見することが出来た。
国王陛下から頂いた魔法陣は、一度だけいつでも王城に転移することが出来るというもので、両親のいない私が万が一何かあった時のために、とお守りとして頂いた物だった。
それを使ってまで国王陛下に謁見したのは、バルディ伯爵家……叔父がしでかした罪の数々を調べていただくため。
本来ならば、証拠を持参しなければいけなかったけれど、叔父は執務室には何人たりとも入らせないよう常に鍵を持ち歩いていてそれが出来なかった。
けれど、金に目が眩み、直接領民に聞き知ったことから領民に重税を課しているのが分かり、後はどこから振って湧いてくるのか、無尽蔵に金を使っていた叔父家族を見て、これは何かしら裏があるだろうと踏んだ。
私は知っている限り洗いざらい全て話をしたところ、国王陛下は私の訴えを信じてくれた。
それから叔父が私の頬を殴ったことで出来た腫れを見て激昂し、すぐにバルディ伯爵邸に使いを送り、逃げる手筈をしていた叔父家族を捕まえ、屋敷をすぐに検めた。
その結果、重税や脱税だけでなく、横領から密輸まであらゆる悪事を働いていたことが判明した。
今のところの処罰として、叔父は終身刑、叔母とキャロラインは最も国の中で寒いとされ、逃亡を図れない場所にあることから多くの罪人が送られるという、特別厳しい修道院での慎ましやかな生活が余儀なくされるそうだ。
それでも、まだ衣食住が揃っているだけ良いだろう。
私がいなければ彼らのせいで餓死した領民がいたかもしれないのだ、今までが贅沢すぎた分そのくらいは耐えて大いに反省し、働いてその身を国のために尽くしてほしい。
そして、私の罪はというと。
『バルディ伯爵家が長女として、君は彼らの罪を告発してくれた。
それから、元領民であった者達からも、君が自ら金銭を用意し、逃してくれたから今の生活があると……、亡き伯爵夫妻に似て優しい心を持つアメリア嬢に罪はないと、強い訴えがあったという報告が上がっている。
私としても、その勇気ある行動は賞賛に値すべきだと思う。
よって、褒美を授けたい。何を所望する?』
そう尋ねられた私は、迷うことなく答えた。
『もったいなきお言葉をありがとうこざいます、国王陛下。
ですが、私が無罪であり、ましてや褒美を授かる謂れはございません。
私は、民が苦しめられている間も、叔父様方を静観しておりました。
いつか、この状況が回復するかもしれない。
そうすれば、亡き両親が守ろうとした領地を復活させることが出来る。
そんなありもしない望みを信じていた結果がこれです。
分かっていて最後まで声を上げることのなかった私にも罪があります。
ですので私は、これからはこの身を国のために尽くし、働きたく存じます』
『学園には戻らないと申すのか』
『はい』
迷うことなく国王陛下の言葉に頷き、願わくばと働き先として孤児院が併設されている修道院を所望し……、現在に至る。
(国王陛下は最後まで、私を気にかけてくださったわ)
本当に修道女になるのか。
修道女になれば、一生修道院からは出られなくなるのだと何度も聞かれたけれど、それで良いのだと私は言葉を返し続けた。
(……今思うと、失礼だとは思うけど、国王陛下はまるでお父様のような存在だったわ。
私を見つめる瞳が温かく、優しかったもの)
バルディ伯爵家は、歴史的には王家に匹敵するほどに長い、由緒ある家柄だった。
そのため、国王陛下とお父様は王家に忠誠を誓った国王と臣下としても、友人としても仲が良かったのだ。
……今はもう、その名も領地もないけれど。
(……私がもう少し大きかったら。男性だったら。先祖代々治め、お父様とお母様が愛した領地や領民、お屋敷も守れたのに)
なんて、干し終えた洗濯物が澄み渡る青空の下で風にたなびくのをボーッと見つめてしまっていると。
「俺は、アメリアがアメリアで良かったと思うよ」
「……!?」
反射的に顔を上げ、いつかのように後悔した。
だってそこには、最後に会った時よりも精悍な顔立ちになった、今度こそ関わり合いにはならないだろうと思っていた彼の姿があったから。
「ど、どうして、ここに」
震える声、掠れた声で何とか紡いだ私に、彼……カルディア様は不貞腐れたように答える。
「それはこちらの台詞だよ。言ったよね? “必ず生きて君の元に帰ってくる”と。
約束通り、魔界を封じて帰ってきたというのに、学園には君も従妹すらもいない上、屋敷に行ってみたらもぬけの殻。
慌てて国王陛下に尋ねたら、バルディ家は没落したから今はどこにいるか分からないと、最初に嘘をつかれた俺の身になってね!?
やっぱり俺は死んで帰ってきた方が良かったのかと錯覚したよ」
「冗談でもそんなこと言わないで! ……あ」
ハッとした時には時すでに遅し。
みるみるうちに彼が口角を上げ……。
「アメリアッ!!」
「!?」
ガバッと抱きつかれた。
「ちょ、ちょっと!?」
初めてのことに内心痛いし焦っているし恥ずかしいしで、何とか離れてもらおうとバシバシと背中を叩いているというのに、彼はその力とは裏腹に、弱々しい声で口にした。
「遅くなってごめん。君が大変な目に遭っていたことを知らず、俺は」
彼は私が収まってしまうほどに大きな身体だというのに、声も、肩まで震えていて。
私は小さく笑って答えた。
「何を仰っているんです。生死を彷徨うほどの戦いをしているあなたとは比べ物にならないではないですか。規模も違いますし」
「比べられるものではないだろう!
……君が傷ついたのは事実なんだ、俺が側にいてあげられなかったことが一番、悲しくて悔しい……っ」
(あぁ、どうして)
彼はいつだって、私がその時に一番欲しい言葉をくれるのだろう。
これでは、せっかく忘れようと思っていた彼への想いが、いとも簡単に再燃してしまうではないの。
私はそんな感情を封じ込めるように目を閉じ、代わりにふっと笑うと、彼の背中をポンポンと叩いて言った。
「それでも頑張ることが出来たのは、あなたの存在があったからです」
「え……」
彼が私を離したことで視線が交じり合う。
その瞳を拭ってあげながら笑みを浮かべて言葉を続けた。
「魔界を封印すべく、あなたは勇者として頑張っている。
その噂を聞くたびに私も頑張ろうと、そう思えました」
これは事実。元婚約者様から婚約破棄を申し出られるまでに、彼率いる一行の道中での魔物退治の報告にハラハラする一方で、勇気をもらえていた。
カルディア様が頑張っているのだから私も頑張ろうと。
そう思えたから、元婚約者とも叔父家族とも最後の最後で向き合うことが出来たのだから。
「それに、私は婚約破棄された時にあなたがいなくて良かったと思いましたよ。
私の家の事情のゴタゴタとした格好悪いところをお見せしたくはありませんでしたから」
「そんなこと」
「でも、結果として叔父家族を反省させることは出来ると思いますし、私は私でやりたいことが見つかりましたからそれで良いのです」
「……本当に?」
「えっ?」
思いがけない言葉に目を瞬かせれば、彼は急に黙り何度も深呼吸をした後、どこか緊張した面持ちで言葉を切り出した。
「後、俺からもう一つ約束したよね」
「……あっ」
思い出した。もう一つの約束。
確か、無事に帰ってきた暁には彼の願いを一つ、叶えてほしいって……。
ドタバタとしていたし没落した私は、今後一切勇者である彼と関わり合いにはならないと思っていたから、すっかり今の今まで忘れていたわ、なんて考えている私のことをお見通しだったようで。
「……その顔は、忘れていたね?」
「は、はい……」
「だと思った……」
ガックリと項垂れるカルディア様に向かって慌てて尋ねる。
「で、ですがほら、私に叶えてほしいことって何ですか?
私はもう伯爵家の出ではない没落した身の上ですし、勇者であり富も名誉も何でも手に入れられるあなたが私に願い事なんて」
「あるよ」
「え……」
迷いなく紡がれた言葉、そして注がれる視線に思わず息をするのを忘れて見つめてしまう。
そんな私に向かって、彼は言葉を発した。
「アメリア」
艶やかな金色の髪を持ち、同色の瞳に私を映し名を呼んだ彼は、常に男女問わず人集りが出来ていた人気者であり、辺境伯家子息だけでなく今では魔界を封印した勇者という肩書きまで持っている……とは思えないほどに緊張した面持ちで告げた。
「呪われている俺と、契約結婚してくれませんか?」
「…………はい?」