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絶望の中の光⑤

(今夜は、勇者一行の壮行会が行われている日……)


 カルディア様が勇者に選ばれた後、学園は大々的に勇者一行のメンバーを発表し、総出で応援しているため、専ら生徒の間では魔界封印の話題で持ちきりだった。

 今宵の壮行会には幸い叔父による参加命令が出なかったこともあり、私は参加していない。

 ミーハーな従妹はキャーキャー言って参加していたけれど、私はそういう気分ではなかったし、何より彼に会いたくなかった。

 どんな顔をして会えば良いか分からなかった。

 だって、彼の顔を見てしまえばきっと、彼を素直に応援することは出来なかったと思うから。


 そうして、久しぶりに叔父家族がいない屋敷に一人残ったのだけど。


「……はぁ」


 夜闇の空に浮かぶ月を見上げ、ため息を吐く。

 いつもだったら叔父家族がいないことを良いことに、屋敷の中をゆっくり回って家族との思い出を思い出すところなのだけど、どうにも気分が晴れなくて庭園のガゼボに座りボーッと空を見上げた。


(彼と初めて出会ったのも、こんな風に綺麗な満月が浮かんでいた日だったわね)


 そんなことを無意識に考えてしまう自分にハッとし、首を横に振る。


「な、何を考えているの私! 彼はただの友人なのに」


 そう、ただの友人。……のはずなのに。


「……あれ」


 ポタ、ポタと瞳から涙が溢れて止まらない。

 脳裏に浮かぶのは、彼との出会いから過ごした日々の思い出、それから彼が見せてくれた色々な表情。

 ……おかしい。婚約者様のことだって、こんな風に思いだしたことはなかった。

 いえ、婚約者様との思い出なんてほぼ皆無に等しい……。


 そこまで考え、あることに気が付きハッとする。


(……まさか、私)


 もしかしなくても彼のことが……。

 そうして愚かにも自分が抱いた“本当の気持ち”に気付いた、その時だった。


「君こそ、友人失格だとは思わない?」

「…………!?」


 まさか、ここにいるはずがない。

 聞こえてきた声に反射的に顔を上げて、後悔した。

 そこには、会いたくなかったはずの見るからに不機嫌そうな彼と目が合った瞬間、心が打ち震えてしまっている自分に改めて気が付いてしまったのだから。

 そうして私は、震える声で口にする。


「……ど、うして」

「壮行会の会場に君の姿が見えなかったから、まさかと思って来てみたらこんなところに……って君、その格好」

「っ……!!」


 そうだ、ここは私の実家。

 実家にいる間は、制服ではなく使用人のお仕着せを着ているんだわ……!

 慌てて口を開こうとした私より先に、カルディア様は顔を歪め口にする。


「……やっぱり君は、こんな酷い目に遭っていたのか」

「…………」


 さすがに言い逃れは出来なくて俯くと、カルディア様は言葉を続ける。


「君はいつもそうだ。大事なことは話してくれない。

 俺に事実を悟らせまいと、はぐらかすために怒ったり口を噤んだりしていた。

 君こそ、友人である俺を頼ってくれないなんて、友人失格じゃないか」


 今度こそ、我慢の限界だった。

 私はカルディア様の胸倉を掴む勢いで声を荒げた。


「言えるわけがないでしょう!?」

「!」


 言うつもりなどなかった。

 彼にだけは、知られたくなかった。

 こんな惨めな思いをしている自分に、同情してほしいわけではなかった。

 それでも口は止まってくれない。


「本当のことなんて言えるわけがない!

 言ってしまったら私の努力が全て水の泡になってしまうもの!

 ……この屋敷だけは、私が守り通したかった。

 両親の形見を、この地に住む領民や使用人はいなくなってしまっても、このお屋敷だけは……、両親が唯一遺してくれた私の生まれた場所だけでも、私が、私の手で守りたかったの!!」

「! …………」


 私と彼との間に沈黙が訪れる。

 髪を撫でる風が冷たい。この時期には庭師によって手入れされた花々が咲き誇っていたはずなのに、その面影は何一つ残ってはおらず、それがより虚しさを募らせる。


「……あなただってそう。私を守りたいなどと言って、私の本当の気持ちなんて聞いてくれはしない。

 友人なんて名乗らないで。私の気持ちなんて何一つ分かってくれはしないくせに!」

「分かっているよ」

「……!」


 カルディア様が静かに告げる。

 弾かれたように顔を上げれば、彼は今までに見たことのないほど真剣な顔で私を見つめていて。

 彼は落ち着いた声音で紡ぐ。


「友人になれば、君の力になれると思っていた。

 だけど、君は俺に頼ろうとはしなかった。

 君は強い。伯爵家の名に恥じぬよう生きる君は、誠実で、誰よりも勇敢で、それでいて繊細だ。

 ……危なっかしくて、見ているこちらが心配になるくらいに」

「……!」


 初めて聞く彼の本音の数々。

 私のことを過剰評価しすぎだと、いつもなら反論するところなのに、彼の真剣な瞳に魅入られてしまって反応出来ないでいるのを良いことに彼はそのまま言葉を続ける。


「だから俺も、君と共に戦うことにした。

 ……いつか君が、俺を頼ってくれるように。

 今の俺では、まだまだ君に頼ってもらうには不甲斐ない男だから」

「違う! そうではないわ!」

「駄目なんだ。今の君を守れていないようでは。

 君を救えていないのなら、俺はいる意味がない」

「っ、十分救われているわよ! あなたは何を根拠にそんなことを……っ」


 私の言葉は阻まれる。

 それは、彼の長い指先が、私の唇に触れたから。

 驚き目を見開く私に、彼はふわりと儚げに笑った。


「これで俺と君は、友人でなくなった」

「……どう、して」

「俺は、君と友人という関係のままでいるつもりはない」

「……!!」


 友人という関係でいるつもりはない。

 その言葉が頭の中でぐるぐると反芻され、思わず崩れ落ちそうになったところを彼の強い腕に支えられる。


「最後まで聞いて」


 そう言うと、彼は私の涙を指先で拭って言った。


「俺は死なない。必ず魔界を封印して、勇者の務めを立派に果たして、生きて君の元に帰ってくる。

 そうしたら俺の願いを一つ、叶えてくれないか」

「……願い? 友人では、いたくないのに?」


 涙声の私に、彼は困った顔で口にする。


「うん。我儘でごめん。だけど、俺は出来ない約束はしないから。

 必ず生きて戻ってくるから、その代わりに、俺の願いを聞いてほしい」


 なんて我儘。なんて自分勝手。


(……いえ、それは私も同じだわ)


 私にだって、彼を責める権利はない。

 私も、彼には我儘で自分勝手なことをしている自覚はあるのだから。

 そして私にも、考えがある。


「……手を出して」

「……?」


 突然の要求に彼は首を傾げつつも左手を差し出してくる。

 それに対し、反対の手も、と促せば彼は素直に両手を出した。

 私は意を決してその両手を握る。


「っ、ア、アメリアッ!?」


 いつもなら苗字で呼ぶのに私の名前を呼んだ彼は相当焦っているらしい。

 そんな彼には応答せず、代わりにそっと目を閉じ心の中で唱える。


(あなたは私の愛する人。あなたに私の祝福を授けましょう。

 私の加護が、あなたと共に戦い、あなたを守る盾となりますように)


 そう切に願った瞬間、瞼の裏が明るく光ったのはほんの数秒のこと。

 術は成功したようだと瞼を開ければ、彼は呆然と私を見つめた。


「……これは、一体」


 その顔を見て、私は今まで見せたことのなかった心からの笑みを溢す。

 そうして更に目を見開く彼を見て、笑みを湛えたまま言った。


「何の魔法をかけたかは秘密。その効果は、魔物と対峙した時に確かめてみて。

 無事に帰って来てそれが何だったか答えてくれたら、教えてあげるわ」


 そう言ってもう一度柔らかく笑ってみせれば、彼はギュッと繋いだままの手に力を込める。

 私がその手に触れることは、一生ないと思っていたのに。


(この手を、離したくない)


 離してしまえば、彼は遠くへ行ってしまう。

 今度こそ、今となっては友人とも呼べなくなってしまった私に、彼といる資格はない。


(これが、最初で最後)


 その手の温もりを、大きさを忘れないように心に刻んで。

 そして、この手を離して彼を見送ったら、私は。


「……そろそろ時間だ」

「あ……」


 彼の手が離れる。

 思わず声が漏れてしまい、彼の耳にはその声がしっかりと届いてしまったらしい。

 彼は何を思ったか私の頭にそっと手を乗せ、屈託なく笑って言った。


「行ってきます」


 そう言うや否や、彼の姿は光と共に消えて。


「……っ」


 私の瞳から、涙がとめどなく溢れ出す。

 私は、忘れなければいけない。

 彼のことを、そして、婚約者様にすら抱いたことのないこの想いを。

 忘れなければ。忘れたくない。

 気持ちは揺れるけれど。


(……これでよかったの)


 最後の最後で彼に会えたこと。

 そして何より、手を繋いだどさくさで彼に祝福をかけられた。

 この祝福があれば、格段に彼が無事で帰ってくる確率が上がる。


(自己満足にすぎないけれど、私も彼と共に戦っていると思えるから)


 魔力が弱い私の、最大の武器をあなたに。

 そして。


「……さようなら、カルディア様……、いえ、リディオ様」


 私の、初恋で最愛のひと。

 あなたに一生の恋を捧げます。

 だから、どうかご無事で。

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