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絶望の中の光④

 その日を境に、彼と私は条件付きで友人となった。

 条件とは、私が提示させて頂いたものだ。


 一つ目は、人前では他人のフリをすること。

 もう悪さをする方々とは友人ではなくなったとはいえ、それでもなお男女問わず囲まれていらっしゃるところを見るに、どうにもカルディア様は目立って仕方がないため、目立ちたくない私は人前では関わらないようにしようと判断してのこと。


 二つ目は、私に一切触れないこと。

 これは当たり前のことだけど、カルディア様は些か距離感が近すぎる傾向があるから、婚約者のいる私としては死活問題のため予防線として提示しておいた。


 もしそれらに一回でも抵触した場合は友人関係をやめると伝えたところ、カルディア様は「君の婚約者は従妹殿と余裕で抵触しているけれど」とか何とか言いつつ、絶対に守ると誓ってくれた。


 こうして友人となった私達は、昼休みに隠れて友人として過ごすようになったわけだけど。


「いつになったら俺に敬語を使わなくなるの? 

 俺達はクラスは違えど学年は同じなのに」


 と尋ねてきたカルディア様を見ずに答える。


「私には婚約者がおりますので」

「……婚約者は普通に君の従妹殿と敬語を取っているけどね?」

「……義兄妹になるからだと信じています」

「君は真面目だなぁ」


 カルディア様の言葉にそれ以上返さず無言で用意してきていた弁当を食べ進める。

 そんな私を見てカルディア様からふと尋ねられた。


「君の弁当美味しそうだね」

「あ、ありがとうございます」

「それ、自分で作ったのでしょう?」

「……!?」


 思わず手を止めてしまった私に、カルディア様は「やっぱり」と呟く。


「何となくおかしいとは思っていたんだよね。

 君は寮ではなく伯爵邸からわざわざ通っているし、お弁当だって美味しそうだけど伯爵家の料理人とは思えないほど質素なご飯を食べている。

 ひょっとしなくても君は、伯爵家の中で」

「やめて!」

「!」


 私は弁当を持ち立ち上がると、カルディア様を睨みつける。


「あなたに何が分かるんですか。友人だからと、人様の事情に首を突っ込まないでください」

「でも、俺は友人だからこそ君を助けたくて」

「助ける? ……何も知らないくせに」

「……!」


 カルディア様の瞳がハッと見開かれる。

 その視線を受け、私も八つ当たりしてしまったことに気が付き慌てて頭を下げて言う。


「ご、ごめんなさい。体調が優れないので、今日は失礼いたしますね」

「っ、バルディ嬢!」


 彼の制する声を振り切り、駆け出したのだった。


 カルディア様の観察眼は鋭い。

 カルディア様の言う通り、弁当は毎日私が限られた材料で作ったもの。

 従妹はというと、食費を惜しみなく出してもらっているため、毎日学食生活らしいが。

 私が料理を作っている理由は、言わずもがな我が家には使用人がなく、いたとしても養うだけの給料も払わない人達のため、私が最低限の使用人の役割を担っているからだ。

 もし私にもう少し魔力があれば生活魔法を行使出来たのだろうけど、私はあいにく平均より魔力量が少ない。

 その魔力量の少なさもあって、叔父家族からより一層虐げられているのだ。


(でも、まさかそれに気付かれるなんて……)


 油断していた。

 カルディア様に知られたことに恥ずかしさとショックを受けている私がいることが、何よりカルディア様に気を許してしまっている証拠だ。


(……こんなことくらいでめげていては駄目よ)


 私には、守らなければいけないものがある。

 たとえ叔父家族に全てを奪われようと、あの屋敷だけは……、両親が遺してくれた屋敷だけは、守り通さなければ。


(領民は全員引っ越した。我が家も時間の問題だけど)


 それでも、最後まで足掻いてみせる。

 叔父家族の言いなりのまま、終わらせはしない。




 翌日、来ないかもしれないと思っていたカルディア様は、普段通り私の元へやってきた。

 そうして開口一番に謝罪した後、私の家の事情について一切触れることはなくなった。

 勘が鋭く顔が広いカルディア様なら既に私の家事情を知っていると思うけど、私が話したがらないことを分かっているからこそ、知らないフリをしてくれているようだ。

 そういう気遣いが出来る人なのだと、素直にありがたく思った。


 それに、カルディア様と話していると正直楽しかった。

 その分笑いを堪えるのに必死だったけど。

 私が笑みを浮かべないこともまた、婚約者がいるからだということもカルディア様は知っているから、余計に笑わせようとしてくる。それはちょっぴり意地悪だと思うけれど、カルディア様と友人になったことで私の学園生活が明るくなり、そしてカルディア様に救われていることも認めざるを得ない事実だ。

 その生活が、いつまでも続けば良いと思っていた。

 だけどその終わりは、突然やってきた。




「……勇者に、選ばれた……?」


 私の問いかけに、カルディア様が頷く。


「そう。選ばれたから行かなければならないんだ。魔界を封印しに」


 魔界封印。

 それは、魔物が棲むと呼ばれる魔界の封印が200年に一度解かれ、魔物が人間界へやってくるのを再封印するために、勇者率いるパーティーが結成されること。

 結界を破り人間界へやってくる魔物が、何百年も前に人を殺めたことから、魔物を封印するようになった。

 また、私達が丁度学園に通っている頃に訪れるのだと、両親が存命だった当時聞いていたけれど。


「あ、あなたがよりにもよって勇者に……?」

「バ、バルディ嬢!?」


 ふらっとその場に力無く座り込む。

 カルディア様は一瞬私に手を伸ばしかけたけど、私との条件があるためその手を引っ込め、私の前で跪いて口にした。


「君のことだから喜んでくれるかと」

「バカ言わないで!」

「!?」


 キッと彼を睨む。怒りのあまり敬語が消えていることも、その視界がぼやけていることにすら構わず、私は怒りをぶちまける。


「誰が好き好んで友人が戦場へ向かうことを喜ぶというの!?

 二百年前だって、勇者が亡くなっていることをあなたは知らないの!?」

「知っているよ」


 カルディア様が平然と答えるものだから、ムカついて言い募る。


「大体そんなこと、あなたは一言も言っていなかったじゃない!」

「選ばれなかったら格好悪いから、君には言わなかった」

「格好悪いって何!?」

「ごめん。だけど、この気持ちだけは誰にも……たとえ君に言われたとしても譲れなかった」

「!」


 私の目元を、ハンカチで拭われる。

 それが目の前にいる彼のものだと分かって驚く私に、カルディア様は一言「ハンカチだからセーフ」と呟き、優しく拭ってくれながら言葉を続けた。


「だって俺が選ばれたかったのは、君を守ることが出来ると思ったから」

「……え?」


 彼と至近距離で目が合う。

 彼は拭ってくれていた手を下ろし、私をじっと見つめて告げた。


「君といられるこの世界を守りたいと思った。

 今までの俺ならこんなこと考えもしなかったけど、でも君と出会えた今は違う。

 運命だと、思ったんだ」

「……!!」


 カルディア様の瞳の中に、戸惑う私の顔が映し出されている。

 私は酷く混乱していた。

 私を守りたいって何。私がいる世界を守りたいって何。

 カルディア様の言っていることの意味がやっぱり分からなくて……、いえ、分かってしまってはいけないと、そう思った私は。


「……頼んでない」

「え……」


 私はパッと立ち上がると、折角彼が拭ってくれたというのにまた瞳に込み上げてきてしまったものをそのままに、あらん限りの声で叫んだ。


「勇者になってくれだなんて頼んでない! あなたは友人失格よ!!」

「ッ、アメリア……!」


 彼が初めて私の名を呼ぶ。

 それを素直に喜ぶことなど、出来なかった。

 むしろ、心は張り裂けそうなほど痛かった。

 そうしてその日以来彼を避け続け、一度も会話を交わすことなく、ついに勇者一行が魔界封印へと旅立つ日はやってきてしまった。

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