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絶望の中の光③

『君と友人になりたいから』


 その言葉は、珍しい私を目の前にした一種の気の迷いだと信じて疑わなかった。

 だけど、どうやらその言葉が本気だったらしいと気が付いたのは、口にした張本人が飽きもせず、あの夜以降私の元を訪ねてくるようになってから。

 ……それも、美貌のお顔に毎日傷を作った状態で。


「ごきげんよう」


 その言葉に顔を上げれば、今日も今日とて新しい傷を作っているにも拘らず、痛そうな素ぶり一つ見せずに笑みを浮かべるカルディア様の姿があって。


「……ごきげんよう」


 なぜ毎日この方に会わないよう広大な学園の敷地内で場所を変えているというのに会ってしまうのだろうか、という疑問を喉奥に押し留め、そのお顔を見上げて口を開いた。


「本日はどなたにその傷を?」

「そんなこと、君が気にしなくて良いんだよ」

「…………」


 カルディア様はいつもそう言ってはぐらかす。

 なんでも、「自分が悪い」の一点張りで。

 私は一つため息を吐いてから、もはや日常と化している保健室から拝借した救急箱を取り出し、口にした。


「とりあえず座ってください。応急処置をしないと、そのお顔に傷を作っては大変ですので」

「え、もしかしなくてもバルディ嬢って、俺の顔を気に入ってくれていたりする……?」


 その言葉に間髪を容れずに告げる。


「違います。これはあなたを綺麗に生んで下さったご両親のためです。

 あなたのそのお顔を見てさぞ驚かれたことでしょう」

「……いや、そんなことはないよ? 俺のこの顔を見て、兄達からは『日頃の行いが悪い』と言われ、両親からは『自業自得だから甘んじて受けろ』と」

「……そうですね、その反応が正解だと思います」


 やはり彼はとんだ親不孝者だと思いながら、引っ掻き傷のような血の跡を消毒していれば、カルディア様はクスクスと笑う。


「だから、君と出会った日の翌日に会った時の君の反応の方がよっぽど面白かったよ」

「面白いとはなんですか。大体あの時の傷は最悪だったではないですか。

 それも、私と別れ夜会に戻るなり、ご友人方と絶交宣言して国王陛下の御前で乱闘騒ぎになったとか」

「さすがにいきなりすぎたみたいだね」

「国王陛下の御前であり夜会の場で最悪の無礼だとは思いますけど、王太子殿下と国王陛下がいらっしゃったからあれだけで済んだのだとも思います」

「あはは、確かに」


 目の前の彼は笑っているけれど、さすがの私も彼が顔中傷だらけにしていたのを見た時は血の気が引いた。

 いくら友人と呼ぶ間柄でないとはいえ見ていて痛々しいし、私が唆してしまったことであると思うと、余計に罪悪感を抱いてしまって。


「それで?」


 カルディア様は手当ての最中にも拘らず、私との距離を少し詰める。

 それに合わせて私も身体を引くと、カルディア様はそれでもなお引き下がらずに無駄にキラキラとした目で口にした。


「俺と友人になってくれるか、考えてくれた?」

「お断りします」

「まだ足りないのか……」


 足りない、という言葉に今度は私が慌ててしまう。


「そ、そうではございません。そもそも、どうして私と友人になりたいがために、なりふり構わないことを?」

「そうだな……長くなる話だけど聞いてくれる?」

「手短にお願いします」

「あはは、本当君って面白い」


 思わずムッとしてしまうと、彼は「そうだな」と少し考えてから口にする。


「俺も本当の友人が欲しいから、と言ったら?」

「……え?」


 本当の友人? と首を傾げると、カルディア様は頷き、寂しそうに笑った。


「君にこんなことを言うのは言い訳にも聞こえるだろうし、格好悪いから言うつもりではなかったけど。

 俺は、辺境伯家の四男に生まれたことに引け目を感じていて」

「……引け目?」

「四男の俺が跡を継ぐこともないだろう? 

 長男とは歳も離れているし、文句なしに優秀で。もうすぐその長兄が跡を継ぐことになっているから、俺は必要ないなと本格的に感じてしまって。

 それからは、ご覧の有様だよ」

「……」


 カルディア様の言葉は、本音だと思う。

 空を仰ぎ見る瞳が、寂しそうだから。

 そんな私に、カルディア様は慌てて言い募る。


「で、でもね! 誤解しないでほしいのは、俺は女性に言い寄られているのを上手く交わせていないだけで、一度たりともデートをしたこともく……っ」

「く?」


 私と目が合ったことで不自然に途切れた彼の言葉に最度首を傾げると、彼はなせだか顔を赤くし俯き気味に言った。


「口付けだってしたことはないよ……。唇を奪われかけたことがあって全力で死守しようと突き飛ばしたら力が強かったのかそのご令嬢が気絶してしまって……、以来、女性を躱すこともあしらうことも怖くなってしまって逃げるしかなくて……」

「…………」


 カルディア様は本気でお困りらしい。

 噂は女性達が自ら流している根も葉もない噂だったのだと、私もそれを鵜呑みにしてしまったことを反省し、カルディア様に謝る。


「ごめんなさい」

「えっ?」

「あなたがそんなに大変な目に遭っていたことを知らず、噂を間に受けてしまいました。淑女失格ですね」

「え!? い、いや! 君が謝るようなことは何も! 

 むしろ噂を間に受け防衛線を張るのも必要なことだと思うよ! 

 君みたいな可愛らしい女性が女好きと噂される男に近付かないことは良いことだと思うし!!」

「……可愛らしい」


 彼の口から飛び出た言葉に反応してしまう私に、カルディア様はより一層顔を赤らめて言った。


「いや、違う、これはその」

「分かっております。お世辞ですよね間に受けていません。それから、あなたは女好きなのですか?」

「ち、違う!!」


 ブンブンと首を横に振るカルディア様の頬に湿布を貼り答える。


「それなら良かった」

「よ、良かった……?」

「はい。本当に女好きでいらっしゃるのなら避けなければなりませんので」

「そ、そっちか……」


 そっちとはどちらのことだろうか。

 よく分からないのでそこには突っ込まず、救急箱の中身を整理しながら口を開く。


「では、正直に女性に話されてはいかがでしょうか。女好きだということは誤解だと」

「……誰も信じてはくれない」

「あぁ、その容姿ですからね」


 無駄にキラキラと目を引く容姿とは口には出さず、代わりに別の言葉を口にする。


「では、婚約を取り付けてはいかがでしょうか?」

「……婚約?」

「えぇ。婚約者様がいらっしゃれば、多少なりともまともな女性ならば手を出してはいらっしゃらないでしょう」


 まともな女性ならば、を強調して言えば、それは考えていなかったというような表情をするカルディア様に向かって尋ねる。


「どなたかお探しになってはいかがでしょうか?

 ただし、その女性にも危害が加わる可能性がありますので、守る必要があるかとは思いますが」

「!? そ、それは良くないんじゃないか!?」

「……そうですね、確かに。難しいですね」


 いかんせん彼の美貌に取り巻く女性陣が多すぎるから……と考えあぐねていると。


「……ははっ」

「?」


 不意にカルディア様が笑ったことに不思議に思って首を傾げれば、カルディア様は笑って言う。


「友人になることを拒む割に、対処法を本気で考えてくれて嬉しい。

 今まで注意されることはあっても、まともに話を聞いてくれる人なんてバルド……王太子殿下以外にいなかったから」

「王太子殿下以外にいない……」

「だからやっぱり、しつこいかもしれないけれど誠実な君と友人になれたら嬉しいと思うんだ」


 じっとカルディア様の瞳が私に向けられる。

 その真摯な視線を受け、居た堪れなくなりそっと視線を逸らして言う。


「私には、婚約者がおります」

「? 知っているけど」

「だから、不誠実だと思うのです」


 カルディア様はその言葉に黙ったかと思えば。


「……えっ!? まさか俺を友人にしたくない理由って君に婚約者がいるからってこと!?」


 私は頷き、言葉を返す。


「はい。私には友人がおりませんから、婚約者様以外の男性と友人になるのは目立って仕方がないと思いますし、それに婚約者様に不誠実さを問われた時に反論出来なくなっては困りますので」

「……言いにくいけど、婚約者様って、その」


 どうやらこの反応ではカルディア様も既にご存知らしい。

 私はため息を吐き頷く。


「はい。私の従妹と仲良くしておいでです。……私以上に」

「それは……」

「私が婚約破棄されるのも時間の問題でしょう。

 それでも、私はまだ彼の婚約者ですので」

「……そう」


 カルディア様は悲しそうな顔をする。

 それは、自分と友人になってくれないことよりも、私を思ってくれているのだということが伝わって。

 その姿を見て、気が付いたら勝手に言葉が飛び出ていた。


「……なっても良いですよ、友人に」

「! ほ、本当!?」

「はい。条件付きで、ですが。こんな私でよろしければ」


 条件付きという言葉を強調すれば。


「っ、嬉しい!」

「!?」

 彼は不意に私の手を取ると、ぶんぶんと縦に振って言う。


「全然良い! というか君じゃなきゃ駄目だ! 君だから友人になりたいんだ!」

「だから、またあなたはそういうことを」


 私でなければ勘違いされてしまいますよ、と忠告しながら、婚約者がいる立場の私は真っ先にその手を振り払わなければいけないはずなのに、その手を振り解けないでいる自分に一番、戸惑ってしまうのだった。

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