答え合わせ②
「聖女の力を公に出来ない私の、あなたへの最初で最後の告白のつもりだったの。
初恋と、さようならをするためのね」
その言葉に目を見開き固まったリディオ様を見て、そっと目を逸らす。
(あぁ、言ってしまった)
言うつもりではなかった、彼への想い。
もう後戻りは出来ないと、私は自嘲しながら口にする。
「あの時私は、あなたが勇者として旅立った後、バルディの名を捨てる覚悟をしていた。
伯爵家の名を捨てた私は、ただのアメリアとなり平民になる。
そうしたらもう、辺境伯子息であり勇者として名を馳せて帰ってくるであろうあなたとは会えない。
申し訳ないけれど、最初から約束を守ることは出来ないと分かっていたからさようならをしたつもりだった。
……だけど」
「俺は約束通り迎えに行った。バルディの名を……、君が大切にしていたものを取り戻し守るつもりで」
リディオ様の言葉に俯く。
彼は私の手にそっと自分の手を重ね、言葉を続けた。
「俺もね、アメリア。君に謝らなければいけないことがある。
君に吐いた嘘も、隠していたことも、全部話すから……、聞いてくれる?」
そう言って申し訳なさそうな顔をするリディオ様に重ねられた手を、包むように握る。
そうして目が合った彼に微笑み頷いた。
「もちろん、聞かせて」
私の話を聞いてくれた。今度は、彼の話を私が聞く番だと促せば、リディオ様は目尻に涙を浮かべたまま口を開いた。
「まずはね、君に話した俺にかけられた“呪い”。あれは嘘だったんだ。
かけられた本当の“呪い”は、“魅了”じゃなくて……」
そこで言葉を切ったリディオ様は握った手に力を込めて、忌々しげに口にした。
「“想い人に嫌われる”呪いだったんだ」
「……!?」
想い人に嫌われる。
その言葉に息を呑む私に、リディオ様は続ける。
「俺は愚かなことに君がくれた魔法が俺自身を守ってくれたことに気が付かなかったから、てっきり“呪い”をかけられたと思っていた。
だから怖くて言えなくて……、帰還して約束通り迎えに行ったというのに、大切なその子を前にした俺は咄嗟に嘘を吐いた。
『魅了の魔法にかけられた、運命の相手を探すために契約結婚を受けてくれないか』って」
「……!!」
彼の口から紡がれる言葉、それは全て思い当たるすぎるくらい自分のことであると分かって。
絶句している私を見て、彼は力なく笑う。
「酷い男だろう? 俺は、不甲斐ないことに告白すべき場面で出来なかった挙句、その子の人生を狂わせようとしたんだ。
“呪い”を跳ね返すくらい時間をかけて大切にすれば、その子も振り向いてくれるんじゃないかと……、そんな浅ましい気持ちを抱えて彼女と……、君と向き合っていたんだよ。
ごめんね、幻滅したでしょう?」
「……っ」
そんなことはない。
そう言いたいのに、目から涙が溢れてしまって口に出来ない。
だからただ首を横に振ることしか出来ない私に、リディオ様は言う。
「結果的に“呪い”は君のおかげでかかっていない上に、俺の嘘は君を傷つけるだけだった。
本当のことを口に出来なかった俺のせいで君を苦しませることになった。
本当にごめん。謝って済む問題ではないと分かっている。でも」
「あなたは、本当に何も分かっていない!」
「!?」
私は勢いよくリディオ様の胸に飛び込めば、彼は勢い余って受け止めきれずにソファに横になる。
押し倒す形になってしまったけれど、今はそんなことはどうでも良い。
私の気持ちを、彼にぶつけなければ。
「謝らないで! 傷ついていたのは、誰よりあなたの方なのに……、私に、謝ることなんてない。
あなたは、私が守ろうとしたものを守ろうとしてくれた上に、私を優先しすぎる節がある。
あなたは私に、沢山の大切なものをくれた。
だからせめて何かお返し出来たらって、愛する者にしかかけられない魔法をかけたのに……っ、黙っていたせいで私の方があなたを傷つけてしまったのよ?
どこにあなたが謝る必要があるというの!」
「アメリア、分かった、分かったから一回落ち着いて」
そう言われたことで、ようやく落ち着きを取り戻す。
それと同時に今の体制があまりにも大胆ではしたないことに気付き、さりげなく身を引こうとしたけれど。
「っ!?」
グッと腰に回った彼の腕がそれを許してはくれなくて。
驚く私に、リディオ様は瞳に私の姿が映るくらいの至近距離で、私に向かって尋ねた。
「正直に答えて。……君、俺のこと、本当は好きでしょう?」
「……っ!」
それは夜会の時にも質問された言葉で。
あの時私は、自分の気持ちとは正反対の言葉を口にしてしまった。でも、今は。
「……好き」
そう口にした瞬間、やはり涙が込み上げてきてしまって。
本当の想いを吐露したと同時に、心の中に閉じ込めていた想いが決壊し、溢れてしまう。
「初めて会った時から……、いえ、それより多分、ずっと前から、あなたのことが好きです」
学園にいた頃。
私はひとりぼっちだった。
いつも沢山の人に囲まれていた人気者の彼を見て、私とは正反対の彼のことを最初は苦手だと思っていたけれど、でも自然と目で追う内に羨ましいと思った。
自分も、あんな風になりたい。自由になりたいと。
そんな時に彼と出会って、憧れはいつしか恋心へと変わっていった。
「……っ、本当に? 夢じゃないんだよね?」
そう言った彼は、私以上に涙を流していて。
思わず笑ってしまいながら頷いた私を、リディオ様は感極まったように抱きしめる。
「やった、やったよ……! アメリアに好きって言ってもらえた!!」
「うん」
「ここまで、本当に長かった……。俺、もう駄目だと思ったんだよ。
君に“好きじゃない”って言われて……、魔王に連れ去られるまで放心状態だったんだよ……終始生きた心地がしなかった」
「うん、私も」
「……言っておくけど俺の方が多分、君よりずっと前から好きだったよ」
「え……?」
リディオ様はそういうと、意味ありげに笑う。
そして、私の髪を一房とって口付けた。
その髪を呆然と見つめてから慌てて言う。
「えっ、ちょっと待って、どういうこと? 確かに出会った時に“ずっと話したかった”というようなことを言っていたから気になっていたけど……」
「んー……、まあ、それは話せば長くなるからまた今度ね。
それよりも今は、君と晴れて両想いになったから……、思う存分気持ちを確かめ合いたいなあと思うんだけど」
「〜〜〜!?」
甘やかなのにどこか身の危険を感じて、思わず逃げ腰になった私を、腰に回った彼の腕が離してはくれなくて。
抵抗出来ずにただただ顔を赤くさせる私を見て、リディオ様は小さく吹き出すと、私の唇に親指で触れて甘やかに笑って言葉を発した。
「アメリア。俺も、大好きだよ」
「っ!?」
刹那、私が声を上げるより先に、彼は私の唇を塞ぐように重ねたのだった。