波乱の夜会③
「な、何とか撒けた、かな……?」
リディオ様の言葉に、私もバルコニーの手すりに手を置いて息を吐く。
「この部屋は王太子殿下の計らいで貸切にしてあると、言っていたから大丈夫、だと思うけれど……」
「何があるか分からないからね。油断しないほうが良い」
「そ、そうね……」
リディオ様の言葉に頷いてから呼吸を整え、何となく声を潜めて口にする。
「でも、想像以上に凄かったわ。確かに“呪い”を信じたくなるほど、リディオ様の周りは異常だったものね……」
本当に、リディオ様の周りは想像以上に凄かった。
勇者と褒め称える一方で見え隠れする、野望やごますり……、口元は笑っているのに目は笑っていないから、あまりの分かりやすさに隣にいる私が引いてしまったくらいで。
「呪われているからこそのことで困っているんだけどね……」
「まあ女性に関しては、あなたが学生時代に蒔いた種、とも思える面々もいらっしゃったようだけど」
「よく知っているね」
驚いたように目を見開くリディオ様に向かって肩をすくめる。
「それは知っているわよ。大抵リディオ様を取り巻く女性の方々は、顔ぶれが決まっていたもの」
今では年齢も身分も問わず人気だから本当に大変よね、と当人でないとはいえそんな女性方に終始睨まれていた私も、今になりげんなりとした気分に陥っていると。
「……いつも君は当たり前のように言うけれど」
「!」
手すりの上に置いていた左手に手を重ねられ見上げれば、リディオ様がこちらをじっと見つめていて。
月明かりに照らされて幻想的に見えるその光景が、出会ったあの日の姿と重なり目を見開くと、リディオ様は小さく尋ねた。
「いくら俺が有名人だったとしても、そこまで知っていたり見ていたりするものではないと思う。
……君が、学園時代からいつも俺を見ていたのは……、君は、俺のことを好きだったんじゃないかって思うんだけど」
「……!!」
サァッと風が吹き、私達の髪を撫でる。
驚きすぎて声が出ない私に、リディオ様は繋いだ手に力を込めて必死な様子で続けた。
「勘違いだったらごめん。だけど、時々思うんだ。
君は、俺のことが好き、なんじゃないかって……。
それに、一緒に暮らしていて思ったんだ。こんなに心が穏やかで幸せな生活があるだろうかと。
もし君が、俺のことを少しでも好きだと……、いや、嫌いではないと思ってくれているのなら、俺は、この暮らしを君とこれからも一生、ずっと続けたいと思う」
「……!」
リディオ様の言葉にさらに目を見開く。
(リディオ様も、この暮らしを続けたいと思ってくれている……?)
私と過ごすバルディ邸での暮らしを。
戸惑う私にリディオ様は一歩距離を詰める。
「アメリアさえ嫌でなければ、契約と言わず俺と結婚してくれないか」
「……!!」
それは、つまり。
(正真正銘のプロポーズ……)
「どう、かな?」
リディオ様が恐る恐ると言ったふうにこちらを見やる。
私の気持ちを聞かれ、今の正直な気持ちを吐露しようとしたけれど。
(……でも、本当にこれで良いの?)
私は確かに、リディオ様のことが好き。
蓋をして封じ込めようとしていた心は、彼といるうちに封じ込めることなど出来ず、すぐにでも溢れ出してしまいそうなくらい彼に対する気持ちは日増しに大きくなっている、けれど。
「……それは駄目よ」
「え……」
リディオ様が目を見開く。
私は彼に握られた手をやんわりと外し、自分の気持ちとは反対の答えを彼に口にした。
「あなたの呪いを解くには、“真実の愛”が必要なのでしょう?
そしてそのお相手は私ではない。それなら、私とではなくきちんとそのお相手を見つけて幸せになるべきだわ」
「……っ」
リディオ様が驚愕に目を見開く。
私も、震える心と手を誤魔化すように、ギュッと自身の手を握って続ける。
「今宵の夜会に出て思ったの。やはり、私とあなたとでは釣り合わない。
……私は全てを失った平民で、あなたは勇者。
私のために取り戻してくれた屋敷や名前は全てあなた自身のものであり、そんな私に一時でも夢を見せてくれただけで、私は十分幸せだわ」
半分は本心、半分は嘘。
私と彼とでは釣り合わない。勇者である彼を見てそう思ったのは事実。
だけど、離れたくない自分もいて。
(離れたくない)
だけど、彼の本当の幸せは、私といることではない。
だって。
(私が彼の“運命の相手”ではないのだから)
これが最初から普通に求婚されていたら。
彼が私のことを私と同じように好きでいてくれていたのなら、彼は契約結婚なんてものを選んでいないはず。
それなのに、“呪い”をかけられたと言って契約結婚を持ちかけてきた彼は、私のことが好きで結婚を申し込んだのではない、という何よりの証拠。
(そうよ、私は所詮期間限定のお飾り妻)
彼の優しさに甘えてはいけない。
今もなお震える心を叱咤し、淑女の仮面の裏に隠す。
そして。
「リディオ様。私は、あなたのことを好きではありません」
「…………!!」
そう言って頭を下げる。
その顔を直視することは出来ず、そのまま言葉を続ける。
「ですので、結婚ならば“運命のお相手”を見つけ、その方と結婚してください。
それまでは、私もあなたの期間限定の妻として務めさせていただきますので」
きっとリディオ様は、面倒くさくなったのだろう。
“運命の相手”なんて、女難に遭う彼が見つけるのは極めて困難なことだから。
だから、お飾り妻を無難に務められる私を本当の妻にしようとしているのだろう。
本当なら私も真実から目を背け、その申し出を喜んで受け入れるべきなのかもしれない。
だけど。
(ごめんなさい)
このまま結婚生活を続けて、もし“運命の相手”が現れたとしたら。
私はその時、今度こそ彼の手を手放せる自信がない……。
「待って!」
「!」
リディオ様に再び手を握られる。
その手に驚き見やれば、リディオ様は真剣な表情をして、端的に一言告げた。
ずっと欲しかったけれど今は聞きたくない、その言葉を。
「好きだ」
サァッともう一度風が吹く。
今度はその風が、やけに冷たく感じられて。
私達はお互い無言で見つめ合っていたけれど、その沈黙を破ったのは私の方だった。
「……告げるべきお相手を、間違えていますよ」
「っ」
リディオ様が傷ついたような表情をする。
(どうしてあなたがそんな顔をするの)
傷ついたのは……、泣きたいのは、こちらの方なのに。
怒りたかったけれど、怒れなかった。
だってその言葉を聞いて、嘘でも嬉しいと……、彼に必要とされているのだと思ってしまう自分がいるのだから。
「……お互いに頭を冷やしましょう。水をもらって来ます」
「っ、アメリア!」
彼が私の名を呼ぶ。
その声から逃げるように、私は城の中へと戻る。
幸い、彼がついては来なかったことにホッとしながら、とぼとぼと人通りのない廊下を歩き考える。
(この後、どんな顔をして会えば良いのかしら……)
いや、リディオ様ならきっと、なかったかのように振る舞ってくれるはず。
だって彼は、私の嫌なことは絶対にしないもの。
彼は優しいから。そう、私だけでなく皆に優しいから……。
「……っ」
視界がぼやける。先ほどまで堰き止めていた思いが今になって決壊した、その時。
「あんたがアメリアだな?」
「っ!!」
首元に当たった鋭い何かに、一瞬で涙が引っ込み背筋が凍りつく。
(……顔を見なくても分かる。只者じゃないこのオーラの持ち主は)
「一緒に来てもらうぜ」
そう言うや否や、私の足元に転移魔法陣が現れ……、悲鳴を上げる間もなくその場から転移していたのだった。
こちらで一区切り、第四章終了です!
次回から第五章に入ります。最終章となるかと思いますので、最後までお読みいただけましたら幸いです。
よろしくお願いいたします!




