波乱の夜会②
舞台の幕間が上がる。
紹介された私達は前に進み出て、皆の前で二人揃ってそれぞれの礼をする。
そして、ゆっくりと顔を上げ微笑みを浮かべてから階段を降りれば、注がれる色々な種類の視線を感じる。
(私に向けられるのは、大体が嫉妬。それから好奇、嫌悪、哀れみ……、まあ、それもそうよね。
バルディ伯爵家が叔父達による所業のせいで破滅に追いやられたことはきっと社交界の間では有名な話。叔父家族が罪を償う一方で、虐げられた私は親が亡くなった子供であり、修道院に自ら名乗りを上げた変わり者。
それで終わるはずだった話から一転、バルディ伯爵家の名は隣にいる勇者様により復活し、妻には元バルディ伯爵令嬢であり今は平民であるこの私が選ばれるなんて、まさか誰も想像もしていないでしょう)
彼らには無論仮初の妻であることも、彼が“呪い”(自称)を受けていることも知らない。
だから、どうして彼と面識がなかったはずの私が美貌の勇者の妻となっているのか。
今日の噂の的の一つになることは間違いない。
(だから私も、寸分の狂いもなく隙を見せないようにしなければ)
そのために、婚約者様がいた時に培った淑女教育をもう一度お義母様の元で鍛えていただいたのだもの。
一度目を閉じてゆっくりと開き、小さな笑みを口に乗せる。
そうしてからリディオ様を見上げれば、彼もまたこちらを見て柔らかく笑ってくれて。
互いに礼をしてダンスが始まる。
ワルツの音楽に合わせてステップを踏めば、リディオ様がリードして答えてくれる。
それが何だか小気味よくて自然と笑みを溢せば、リディオ様が私の耳元で囁く。
「皆が君を見ている」
「私ではなくあなたを見ているのよ。
仮に私に向けられている視線があるとしたら、それは嫉妬や好奇の視線でしょう。
他人は皆私のことを面白がって見ているだけよ」
「まあ、そういう人達も一部いるとは思うけど。
中には君に、羨望の眼差しを向けている人もいるみたいだよ」
「あなたと踊りたい女性の方々でしょう?」
「いや。残念ながら腹立たしいことに男達の不躾な視線だ」
あぁ、なるほどと頷く。
確かに今日の私は、従妹の派手で流行遅れのドレスを着させられていた時とは別人なまでに、お義母様が張り切って流行最先端のドレスを作ってくださったものね、と言えば、リディオ様がそう来たか、と呟いた。
そう来たかとはどういう意味でしょう。
疑問に思って尋ねる前にダンスは終わる。
共に手を取りもう一度頭を下げれば、拍手が会場内に響き渡る。
(勇者一行の面々や王太子殿下と共にファーストダンスを踊ったけれど……、間違いなく彼が一番注目されていたと思うわ)
失敗しなくて良かった、と彼の顔をそっと盗み見て心から安堵したのだった。
今宵の主役によるファーストダンスが終わった次は、国王陛下のお言葉が皆に向けられる。
お話の内容は、勇者一行が一人の犠牲者もなく無事に帰還し、魔物を倒し魔界を封印しただけでなく、魔王をも封印したことの報告。
それから、彼らにそれぞれ与えられた褒賞も発表された。
……やはり一番驚かれたのは、無くなったはずのバルディ伯の名を彼が継ぎ、屋敷と共に復活させたことだろう。
(リディオ様はそれだけ人気であり、時のひと)
国王陛下がお言葉を締め括ったと同時に、割れんばかりの拍手と歓声が巻き起こったのを聞いて、私は改めて隣に立つリディオ様の凄さを感じた。
「ごきげんよう、バルディ夫人」
「! ご、ごきげんよう、王太子殿下」
国王陛下のご挨拶が終わるや否や声をかけてきたのは、以前屋敷にもやってきてくれた幼馴染である王太子殿下の姿で。
慌てて淑女の礼をすれば、リディオ様が苛立ったように口にする。
「俺もいますよ、王太子殿下」
「はは、怖い怖い。認知はしていたから大丈夫だと思って」
「何が大丈夫なんですか」
人前だからか敬語を使うリディオ様は、いつもの数割増しで王太子殿下に対する当たりが強く聞こえるため、慌てて言葉を発して二人の間に割って入る。
「王太子殿下、今宵の夜会を夫と共に大変楽しみにしておりました。
また、魔界封印の際は魔王をも封印なさったとのこと。
長きに亘る危険な任務、大変お疲れ様でございました。
これで王太子殿下がいずれ国王となり治める国は安泰となりましょう。
私も、この国の一国民として夫と共に王太子殿下の今後の更なるご活躍をお祈り申し上げます」
そう言って微笑めば、王太子殿下は少しだけ目を丸くした後答えた。
「ありがとう。他でもない友人の妻となる幼馴染からそう言ってもらえて嬉しい。
そう言ってくれる君達の期待に応える王になるよう尽力しよう。
……それから、ここからは砕けた話をしたいのだが聞いてくれるだろうか」
「はい、もちろんでございます」
砕けた話とは何だろう、とリディオ様と顔を見合わせ首を傾げると、王太子殿下は饒舌に語り出した。
「新たにバルディ伯爵となった男がまあ酷いんだ。
仕事を秒速で終わらせて“愛する妻が待っているから”といち早く帰ってしまうのだから」
「あら……」
思わず彼を見上げれば、リディオ様が慌てたように「バルド!」と小さく小声で怒っている。
それに気付かぬふりをした王太子殿下の言葉……愚痴は続く。
「それから、彼には騎士団の育成も任せているのだが、いかんせんこれが機嫌に左右されるものだから、騎士達からちょくちょくクレームが届いている。
それも、全部君絡みときた」
「わ、私ですか?」
「そうだ。君のことしか彼は基本興味がないし心の機微も分かりやすいほどに左右される。
たとえば、君と上手くいっている時は私にはずっと惚気を、騎士達にもにこにこと上機嫌な姿を見せる。逆に君を怒らせた時なんかは騎士に八つ当たりのような鬼のメニューを課す、などなどだ」
「…………リディオ様」
思わず半目になって彼を見やれば、リディオ様は宙を仰ぐのはやめて私を見つめて口にした。
「俺の妻である君が可愛すぎるのが悪い」
「……っ」
そう、これは溺愛設定の一環だと分かっている。
だって、この日のために色々と……、溺愛設定の見直しを事前に行なったところだもの。
だけど。
(っ、演技が上手すぎる……っ)
頬に熱が集まるのが分かり、直視出来なくなって俯けば。
「……やっぱりただのバカップルだ、これは」
そんな小さな呟きが王太子殿下から聞こえてきて。
王太子殿下はすぐに笑みを浮かべると、少しだけ声量を上げて口にした。
「互いに想いが通じ合い、晴れて夫婦となりバルディの名を取り戻した二人にこの先もずっと幸在らんことを、次期国王の名の下に祈ろう。
そしてこれからも夫婦二人で力を合わせ、私と共にこの国を支えてほしい」
その言葉で理解する。
(そうか、あえてリディオ様と私の仲を認めることで、誰も私達の仲を引き裂けないようにとのご配慮なんだわ……)
やはりこれが、契約結婚でなければもっと素直に喜べたのだろうか。
そんなことを考え、胸がチクリと痛んだのには気付かないふりをして、リディオ様と私は王太子殿下に差し伸べられた手をとり、握手を交わしたのだった。




