波乱の夜会①
「この話は俺、聞かされていないのですが」
「リ、リディオ様」
馬車に乗り込んだ時から少し不貞腐れ気味のリディオ様を慌てて諭そうとした私に、前の席に座っている前辺境伯夫妻……もとい義両親のお二人は、良い笑顔で言う。
「あら、夜会の準備に“呪い”のせいで頼る人がいなかった勇者様は、どこのどなたかしら? ねえ、あなた?」
「そうだぞ。お前はもっと感謝すべきだ」
「父上は何もしていないでしょう……」
リディオ様の言葉に私は今度こそ彼を諭す。
「でも、本当にお義母様方には助けていただいたわ。
作法から衣装まで、お義母様から教わり手伝っていただかなければ今日という日を迎えられなかったもの。
ありがとうございます、お義母様、お義父様」
そう言って頭を下げれば、目の前に座るお義母様は嬉しそうに笑う。
「まあまあ! お顔をお上げになって、アメリアさん。
親に礼の一つも言わない愚息のために尽くして下さるあなたはなんて素敵なのでしょう。
リディオ、アメリアさんを見習いなさい」
「ありがとうございます、母上。ですが馬車まで一緒に行動を共にする必要はないと思います。
私は本日から“バルディ伯爵”を名乗りますので、馬車は別で良かったかと」
そうにっこりと笑みを浮かべて口にしたリディオ様に、お義母様がお義父様に向かって言う。
「まあ! あなた、聞きましたか。
アメリアさんを独り占めしたいがために親を邪険にするなんて」
「あぁ、聞いたぞ。親不孝者にも程がある。
もう一度その根性、私自ら叩き直すべきか」
「わー!? それは勘弁して! 父上の物理攻撃を受けたら俺今度こそ殺される!」
そんな末っ子リディオ様の姿に思わずクスクスと笑ってしまう。
リディオ様も「アメリアまで」と不貞腐れるものだから、彼に目を向け素直に告げる。
「でも、本当に感動しているわ。お義母様が見立ててくださったリディオ様の衣装、言葉には言い表せないくらい素敵だもの。
これでは、“呪い”がなくても女性達を虜にしてしまうかも」
「……アメリア、先程からベタ褒めしてくれるのはものすごーく嬉しいんだけど。その言い方はまだ“呪い”のこと、信じてくれていないんだね?」
「だってその“呪い”の意味がやっぱりよく分からないんだもの。元々魅了体質のあなたに魅了をかけたって何の利点もないというか」
「えぇー」
そんな私達のやりとりを目の前で見て、義両親がクスクスと笑っていたことに私達が気が付くことなく。
そのまま今宵の舞台となる王城の門を潜った。
今宵のパーティーは王家主催でありながら、勇者一行が主役。
招待されているのは貴族と国の重鎮……、つまり皆魔法使い。
中でも隣に座る彼は、勇者一行の中でも魔界だけでなく魔王をも封印した勇者として名高く、その上真偽の程は分からないけど、魔王のせいで“魅了の呪い”をかけられたこともあり目立つことは免れられない。
そして、その隣に立つ私も。
(目立たないわけがない……)
今更だけどとても緊張してきたわ、と無意識にドレスの裾を握れば、リディオ様から声をかけられる。
「緊張している?」
「えっ」
リディオ様の言葉に顔を上げれば、彼は微笑みながら言った。
「大丈夫だよ、俺がついているから。
……とか格好良いこと言ってみたいけど、そういう俺も緊張しているから何とも言えない」
確かに笑顔が少し硬いところを見ると緊張しているようで。
少しだけ緊張が紛れるのを感じながら笑い返す。
「ふふ、本日の主役だものね。無理もないわ。
あなたの言う“魅了”で女性の皆様を虜にするのだからなおさら」
「アメリア、もう一周回って“呪い”のことを面白がっているでしょう……。
まあ、確かに目立つのは慣れているけれど俺としては目立つこと自体好きじゃないし」
「そうなの? 学生時代のあなたはいるだけで目立って仕方がなかったと思うけれど」
「否定はしない。確かに自暴自棄になって派手な人達とつるんでいたのは事実だから。それをアメリアに指摘されて付き合いをやめたんだし。
……まあ、そんなことよりも今の緊張は、どちらかというと君のこと、かな」
「……私!?」
思いがけず私だと指摘されて焦ると、リディオ様は「違うよ」と笑って言う。
「君が失敗するのではとかそんなことを考えるわけがない。あの作法に厳しい母上が絶賛するほど完璧な君を伴うのだから、むしろ失敗しそうなのは俺の方」
「そ、それは言い過ぎでは」
「本当だよ。だって……」
「!」
不意に腕を取られ、彼の胸に手を置く形になる。
「なっ……!?」
何しているの!? と声を上げようとしたけれど、リディオ様が空いている方の手で自身の口元に手を当てる。
それで私が黙ったことで、ふと彼の胸に手を当てている方の右手から、彼の鼓動が尋常じゃないくらい速いことに気が付く。
「速い……」
思わず呟いてしまった私に、リディオ様ははにかむ。
「そう。そしてこの鼓動が速いのは、君のせいだよ、アメリア」
「……!?」
「いつもの君も可愛いけれど、今夜の君があまりにも可愛い……、いや、綺麗だから。
そんな君を共に出来ることが、何より嬉しいんだよ」
そう言うや否や、彼は胸元に置かせていた手をそっと持ち上げ、口付けを落とす。
「……っ」
声を上げなかっただけ褒めてほしい。
(なんって、心臓に悪い……!!)
この人距離感やっぱりおかしい! と、お化粧をしていても多分顔は赤くなっているのはバレバレだろうと身悶える私に、リディオ様は笑う。
「調子出た?」
「!」
その言葉で、彼は私の緊張をほぐそうとしての一連の言動だったのだということに気が付いて。
「……心臓に、悪すぎると思う」
「……っ」
そう恨みがましく呟けば、リディオ様は天を仰ぐ。
そして何かを呟いたけれど、その言葉は聞こえなくて。
尋ねようとした私に、リディオ様は「でも」と今度は私の両手を握って言葉を紡ぐ。
「バルディ伯爵の名を、俺が名乗って良いのかというのは正直今でも思っている。
天国にいる君のご両親が、俺を認めてくれているのかも不安だし」
「っ、それは」
「分かっている。……けど、俺は出来ることなら……」
リディオ様の瞳に私が映る。
その真剣な眼差しから目を逸らせずにいると。
「「あ……」」
私達を呼ぶ声が耳に届く。
リディオ様は少し残念そうな顔をほんの一瞬見せたけど、次に顔を上げた時にはいつもの笑顔で口にした。
「行こう、今日の戦場に」
「! ……ふふっ、戦場ね」
あえて否定せず、繋いでいた左手を解き、代わりにキュッと繋いだままの右手に力を込めれば、リディオ様もまた握り返してくれて。
それだけで緊張が自信に変わっていく、そんな気がした。




