カルディア前辺境伯夫妻①
転移の魔法は、一度訪れたことがある場所に転移出来るという便利な魔法であり、建物に転移するには膨大な魔力を消費することと、侵入者を防ぐためにその建物の所有者が許可しなければ転移出来ないことになっている。
それが分かっているからこそ。
「な、なぜ建物の中に転移しているのかしら……!?」
魔法の光が消えたタイミングで開口一番尋ねた私に、リディオ様があ、と声を上げる。
「ごめん、いつもの癖で、つい」
「つ、ついって……!」
確かにリディオ様にとっては実家であるけど、私はまだご挨拶をしていない初対面の間柄なのだから門から入るべきでは!?
というツッコミは喉奥に引っ込む。
それは、私が口を開くよりも先に部屋の外から慌ただしい足音が聞こえた、と思った刹那物凄い勢いで扉が開いたから。
そして、扉から現れた人物……もとい前辺境伯様であらせられるリディオ様のお父様は、見たことのない鬼の形相でリディオ様に歩み寄ってくると……。
「この親不孝者があああ!!」
「「!?」」
そう口にした直後、辺境伯様がお見舞いした手刀がリディオ様の頭に直撃し、リディオ様はそのまま地面に伏せてしまったのだった。
「非常にお見苦しいところをお見せしてしまってすまないね」
場所を移し、応接室へと通された私とリディオ様が、前辺境伯夫妻の向かいの席に座るや否や開口一番に私に向けられた辺境伯様の言葉に慌てて首を横に振る。
「い、いえ、こちらこそ、ご挨拶が遅れてしまった挙句お屋敷の心臓とも呼ばれる転移魔法陣のお部屋から伺ってしまい、大変申し訳ございませんでした……」
転移魔法陣のお部屋というのは、その場所に転移するように予め定められた部屋のこと。貴族の中では別名“建物の心臓”と呼ばれており、誰が入ってきたのかをいち早く察知することが出来るのだとか。
だから前辺境伯様が飛んできたんだわ、と慌てて頭を下げた私に、今度はリディオ様のお母様である前辺境伯夫人に声をかけられる。
「あらあら、お顔をお上げになって。どうせうちのリディオがあなたに何の説明もなく勝手に我が家の魔法陣に転移したのでしょう?
あなたの方こそ、転移した先が魔法陣部屋だった上にいきなり親子喧嘩に巻き込まれて大変だったでしょう? ごめんなさいね」
「い、いえ……」
本来こういう時に上手く言葉が出てくるのが私の特技でもあったのだけど今は別。
だって、リディオ様のご両親だしそれに。
(さすがは辺境伯夫妻、迫力が凄い……!)
先程リディオ様に対するお怒りも然り、今もお二人の目は笑ってはいないように感じた。
その怒りの矛先が何なのか、嫌でも予想がつく。
(多分、私とリディオ様の間柄が契約結婚だから……)
初対面からかなりのマイナススタートとなってしまった今なんとか立て直さないとと考え、まずはご挨拶をしようと口を開きかけた私よりも先にリディオ様が口を開いた。
「申し訳ございません、父上、母上。
久しぶりの我が家だからと気が抜けてしまいました。以後気を付けます」
「……気が抜ける?」
辺境伯様がピクリと眉を上げる。
そして、怖い顔のまま重々しく言葉を発した。
「気が抜けるなど言語道断。勇者として名を馳せているからと驕り高ぶり、腑抜けを晒すでない。
今は名誉たる王家直属の騎士団の団長であり、妻を娶った一人の男でもあるというのにけしからん。お前にはまだその自覚が足りん」
「は、はい、父上……」
そう前辺境伯様に指摘されたリディオ様はしゅんと項垂れる。
そんなリディオ様の表情を見て何か誤解が生じたかも、と悟った私の前で夫人が口を開く。
「リディオ、誤解のないよう言っておくけれどお父様はあなたの身を案じていたのよ。
魔界封印として勇者に選ばれた時も、予期せぬ魔王の出現により苦戦を強いられ、あなただけが“呪い”にかかったことも、そんなあなたがまさか契約結婚を結んできた時はお父様も……、もちろん私も、心底驚いたと同時に怒りが込み上げたわ。女性をなんだと思っているの!って」
「っ、それは……」
「分かっているわ。あなたが悩みに悩み抜いて決断したことだもの。親としては応援してあげたい気持ちはあるけれど……、そんなあなたに巻き込まれる形となってしまったアメリアさんに聞きたかったの」
突然話を振られ肩を揺らせば、そんな私をじっと見つめて夫人は静かに問いかけた。
「アメリアさん。リディオとの契約結婚は上手くいっているかしら?
あなたにとって負担にはなっていないかしら?
余計なお世話かもしれないけれど、迷惑をかけていないかと心配だったの。
今度の夜会では、リディオの妻でありバルディ夫人……これもあなたの家名を希望したと聞いているけれど、嫌でも勇者の妻としても注目を浴びることになってしまうと思うの。
その時あなたは、嫌な思いをするかもしれない。それでも、リディオの……、愚息の契約結婚相手になってくれるかしら?」
「……!」
夫人の言葉に私は息を呑む。
(夫人は、リディオ様の母親として心から彼を案じているのだわ)
最初は私が妻として相応しくないという意味合いが含まれている視線なのかと思っていたけれど、よく見てみるとその視線はリディオ様と私とを困惑したように行き来している。
私を値踏みするような視線ではなく、親としての彼に対する愛情を感じられて。
私はそんなリディオ様のご両親に対して誠心誠意、今思っていることを素直に口にする。
「……私は、今が一番幸せだと断言出来ます」
「「「!」」」
ご両親だけでなく、隣にいるリディオ様の視線を受け、私は彼と目を合わせてからご両親に向かって口を開く。
「もうご存知かと思われますが、私はバルディ伯爵家の名を捨て、平民として生きてきました。
……もう二度と、事故で亡くなった両親との思い出が詰まったお屋敷に足を踏み入れることはないと、悔しさと悲しさを胸に押し込めて生きていましたが、そこに現れたのが学園時代、友人であったリディオ様だったのです」
その時を思うと今でも思いが溢れそうになり、さすがにこの場で泣いてはいけないとギュッと拳を握り、言葉を続ける。
「“生きて必ず戻る”。学園を退学した際に忘れようと思っていたその約束を、リディオ様は忘れることなく私の元へやってきてくれました。
正直なところ、“契約結婚”も“呪い”についてもよく分からないままでしたが、それ以上にリディオ様は、いつも私が欲しい言葉を……宝物のような言葉をくれます。
言葉だけでなく、私が守りたいと願った屋敷も、何より私を思いやってくれるその気持ちに、私は何度も救われました。
それは振り返ってみると、学園時代からで。私は、リディオ様にいただいてばかりなのです」
「……アメリア」
リディオ様が私の名前を呼ぶ。
それに応えるように微笑んでから、誓いのように断言した。
「私は、リディオ様が望んでくださる限りお側にいたいと思います。
……平民の私では分不相応かもしれませんが、リディオ様が“呪い”を解くまでの間、私がリディオ様の妻となり、盾となります。
リディオ様が無事に運命のお相手を見つけられる時までお役目を果たします。
それまでどうか、私を契約結婚の妻として認めていただけないでしょうか。
どうか、よろしくお願い申し上げます」
そう言って頭を下げれば、リディオ様もまた隣で言葉を発する。
「元はと言えば、俺の我儘で……、“呪い”のせいで当初の予定が全部狂ってしまったのが悪いんだ。
でも、俺はそれでもアメリアといたい。
彼女に甘えてしまっていると分かっているけれど、アメリアこそ救世主なんだ。
……アメリアがいなければ、俺はきっとダメダメな人間になっていたと思う。
だからこそ、彼女を幸せにしたい。
名目は何であろうと、彼女を妻として認めていただけないでしょうか。
俺からもどうかよろしくお願いいたします!」
「……リディオ様」
隣で頭を下げたリディオ様を見やれば、目が合いにこりと微笑まれる。
その眼差しがとても温かくて目を逸らさないでいると。
「……もちろん、私達はあなた方の仲を引き裂こうだなんて少しも思っていないわ」
「「!」」
二人同時に夫人の方を見れば、横から前辺境伯様も頷く。
「二人で考え決めたことなのだから口出しはせん。だが」
そう言うや否や、前辺境伯様は立ち上がるとリディオ様に歩み寄りガシッとその腕を掴む。
え、と驚く間もなく前辺境伯様は先ほどと同様険しい顔をして言った。
「いくら契約結婚だからと妻となる女性の紹介を親にしないとはけしからん。
私達はそんな風にお前を育てた覚えはない。
その根性、今から叩き直してやる」
そんな前辺境伯様の言葉にサッとリディオ様の顔が青褪める。
「い、今から!?」
「あぁ。現役を退いてから腕が鈍って仕方がない。今日はとことん付き合ってもらうぞ」
「え、ちょ、待って……!」
リディオ様の身体があっという間に転移魔法陣に包まれる。
私に助けを求めていたけれど、どうするべきか迷う隙もなく瞬く間に消えていた。
そうして目の前に座る夫人と部屋に二人取り残される。
そんな状況に焦る私に、夫人は笑って言った。
「大丈夫、いつものことよ」
「そ、そうなんですね……?」
「えぇ。……あなたにとんでもない提案をした愚息だけれど、どうかよろしくお願いいたします」
そう言って頭を下げる夫人に向かい、慌てて頭を上げるように口にした私に、夫人は微笑み口にした。
「それに、親の私が言うのもなんだけれど、あの子は根が優しくて嘘が下手で不器用な子だけど、人を思いやることが出来る子だと思うから。
ご迷惑をおかけすることが多いかもしれないけれど、どうか温かい目で見守ってあげて頂けたら嬉しいわ」
夫人の言葉に私は笑みを浮かべて返す。
「はい、存じ上げております。先ほども申し上げた通り、リディオ様が望んでくださる限りこの契約結婚を続けるつもりです。
……不束者ですが、どうぞよろしくお願い申し上げます」
そう言って頭を下げた私に、夫人は頷いてくださってから一度手を叩いて言う。
「さてと、私達も移動しましょうか。リディオのこと、心配してくれているのでしょう?」
「! ……き、気付いていらっしゃったのですね」
「ふふ、こんなに素敵な女性を結婚相手に選び、承諾して頂けるなんてリディオは幸せ者ね」
結婚相手。契約だけれど、改めてカルディア前辺境伯様と夫人……、リディオ様のご両親に認めて頂けたことに喜びを感じてしまうのだった。
気が付けば予約投稿でフライング投稿していました…!
まだ書き溜めが終了していないので、ゆっくり更新にはなるかと思いますが、少しずつ再開いたします。




