契約妻の提案
リディオ様と契約結婚をしてから二週間程が過ぎた頃。
「……リディオ様? 何かあった?」
今日が非番になったと喜んでいた昨夜のリディオ様から一転、どこか暗い表情の彼を見て尋ねた私に、彼は「やっぱり君にはお見通しか」と口にすると、渋々私に手紙を差し出した。
「昨日、こんなのが届いて」
「……招待状?」
しかも国王陛下からだわ、と見つめた私に、リディオ様は心底面倒くさそうに言う。
「そう。勇者一行の勝利を讃えるための宴に招待されてしまった」
彼の一言でピンときて。
「つまり、契約妻としての初任務ね?」
私の言葉に、リディオ様が目を丸くする。
「よく分かったね」
「王家主催の招待状をお断りすることは出来ないもの」
「……勇者である俺だったら出来るんだけどね」
「……まあ、そうだとしても、王家主催のご招待をなるべくお断りすべきでないと思うわ。
それに、今回の夜会にはあなたも主役なのだから」
「分かっているんだけどね。だけど、夜会自体が苦手だし、その上“呪い”をかけられているから……、うっ、考えただけでもゾッとする……」
自分の腕を摩るリディオ様を見て苦笑する。
「そうね、あなたと私が初めて出会った時も夜会から抜け出していたものね」
「……初めて」
「リディオ様?」
私の言葉を反芻したリディオ様に首を傾げれば、彼は「何でもない」と口にしてから言った。
「そう、俺は昔から夜会が大嫌いなんだ。
努めて明るく振る舞ったりわざと馬鹿やってみたりしていたのは、全て投げやりになっていたからなんだ。
本当の俺は、夜会も嫌いだし女性も苦手だし付き合いは面倒だと思ってしまうし」
「……私が遠くから見ていた時のあなたと真逆ではないの」
「うん。だから、君に指摘されてやめたんだ。
偽ったところで、君には嫌われる一方だと分かったから」
「……!?」
(そ、それってまるで……)
思わず動きを止めた私に今度は彼から名を呼ばれる。
「アメリア?」
「っ、と、とにかく! この夜会にはきちんと参加すべきだと思うわ」
「……そうだね、そうするよ。けれど」
リディオ様はそういうと、じっと私を見つめて言葉を発した。
「今更だけど、俺は勇者であり呪われていることもあって、妻となった君もまた俺と同様注目を浴びることになるだろう」
リディオ様の口から発せられた言葉だけで察する。
「……分かっているわ。私は元バルディ家の伯爵令嬢であり、今は新しくバルディ伯爵家当主となったリディオ様の妻。
嫌でも注目を浴びることになるでしょう。
……でも、安心して」
「!」
私は姿勢を正し、胸元に手を置くと笑みを浮かべて言った。
「これでも私、バルディ家の名に恥じぬよう淑女教育を受けてきた元令嬢であり、好奇や嫌悪などの視線は嫌というほど浴びてきたから。
今更注目されたところで痛くも痒くもないわ」
「……!」
「だから、安心して私を連れて行って。妻としての初仕事、勇者であり伯爵であるあなたに相応しくあれるよう頑張るから」
そう言い切った私に、リディオ様は小さく笑う。
「……本当だったら、好奇や嫌悪の視線になんて慣れてほしくはないし、君をそんな視線に晒すのも嫌なんだけど。
でも君は、守られることをあまり好まないのも分かっているから。
だから、今回の夜会には、俺の妻として隣に立ってほしい。言わば、共同戦線だ」
「共同、戦線?」
「そう。だから、その日一日お互いに離れないこと。
そのための“溺愛設定”もあるし、二人で離れずに行動するんだ。
そうすれば、無敵だと思わない?」
「!」
そう言って悪戯っぽく笑うリディオ様に、鼓動が小さく高鳴る。
(二人でいれば、無敵……)
「どう? 二人で戦うということで、俺にエスコートさせていただけますか?」
リディオ様に差し出された手に、私は。
「もちろん、喜んで」
迷いなく頷き、その手に手を重ねて笑い合う。
そうして笑ってから、あ、とずっと気になっていたことを提案した。
「そういえば私、気になっていたことがあるのだけど……」
午後になり、支度を終えた私はリディオ様の元を訪れた。
「アメリア、もしかしなくても緊張している?」
その言葉に正直に頷く。
「えぇ、もちろん。だって、今からリディオ様のご両親……カルディア辺境伯様と夫人にお会いするのだもの」
そう、私が午前中に言っていた“気になっていたこと”とは、リディオ様のご家族にまだご挨拶をしていないことで。
「俺も驚いたよ。まさか君の方から俺の両親に会いたいと言ってくれるとは思わなかった」
「私もリディオ様との結婚は“契約”だから、何となく合わせる顔がないかな、とかリディオ様から提案されたことがなかったから、色々考えたのだけど、やはりきちんとご挨拶をすべきだと思って。祝勝会の日に初めましてが一番駄目だと思ったから……」
私の言葉に、リディオ様が苦笑する。
「確かに、それは結婚自体が偽物なのではないか、と周りからも疑われてしまうしね。お互い気まずいし。
……ただ誤解しないでほしいのは、君を家族に会わせたくないんじゃなくて、むしろ逆なんだ」
「……逆?」
「うーん……、良く言えば個性豊か、悪く言えば癖が強くて君に引かれて逃げられるのが怖かった、というべきか」
「な、なるほど。何となく、分かったような……?」
リディオ様もなかなか癖が強いものね、と頷くと、焦ったように言う。
「え!? 俺って癖が強い!?」
「えぇ、私の目にはそう見えるけれど」
(天然たらしで正直すぎるほど正直なところが特に)
とは口に出さずににっこりと笑ってみせれば、リディオ様は「うっ」となぜか心臓を抑えて口にした。
「そんな可愛い顔で言われたら余計に聞きづらい……」
「そういうところよ」
相変わらず可愛い顔とかさらっと言うのだから、と二人きりでいるにも拘らず溺愛設定が過ぎると苦言を呈した私に、リディオ様が言う。
「俺、君に対しては本当に思ったことしか言わないよ?」
「…………」
今度はじとっとした目を向ければ、「その目は流石に傷つくかも」と悲しげな顔をしてから私の手を徐に握る。
「き、気を取り直して! 今から転移するよ」
「い、いきなり伺っても大丈夫かしら……?」
「大丈夫大丈夫、今なら確かあっちも休みのはずだし。顔だけ出して速攻帰ってこようね」
「は、はい」
有無を言わさぬ笑みが逆に怖くてギュッと握れば、リディオ様が念を押す。
「本当に、嫌だったら嫌とはっきり言ってね?
あの人達ちょっと言葉が通じないこともあるかもしれないけど、そ、その時は、俺が守るよ」
「な、何だか声が小さくなっていない?」
「が、頑張るよ!」
転移の魔法をかけてから、一気に落ち着きがなくなったリディオ様を見て、クスッと笑った私とリディオ様の身体を魔法の光が包み込んだ。




