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絶望の中の光②

 リディオ・カルディア。

 カルディア辺境伯家の三男で、流した浮き名は数知れず。

 学園でも夜会でも、いつだって多くの女性がカルディア様を取り巻き、その裏では女性同士の喧嘩やいじめまで目に付くことがあった。 


「あなた様の振る舞いは、カルディア辺境伯家の名を汚すも同然です。

 ……付き合われていらっしゃる方々も、学園の先生方を困らせる悪評高く有名で素行が悪い方々ばかり。

 その方々がご友人だと仰るのならば、あなたは今すぐ家の名を捨てるべきです」

「……!!」


 カルディア様は何も言わず、ただ呆然と私を見つめる。

 その視線を受け、私は。


(……やってしまったわ!!)


 伯爵家の娘という立場で辺境伯家のご子息相手に偉そうに説教をするとは。

 いくら人目につく容姿をしていて学園内で目立って仕方がなくて派手な方々と行動を共にして先生方を困らせていてもなお反省しないところが親不孝者としか言いようがないとはいえ、こんな格好をしている格下の身分である私が説教をして良い相手ではない。

 カルディア様は私のことなど知らないだろう。

 ここは穏便に済ませていただくために、まずは謝らなければ。


(叔父様に知られたら大変だもの……!)


 と私が口を開いたのとカルディア様もまた言葉を発したのは同時だった。


「「申し訳ございません!/俺のことを知っているの!?」」

「「え……?」」


 そうして互いに顔を上げ、驚いたようにそれぞれ口にする。


「「存じておりますが……/なぜ君が謝るの?」」


 それぞれが互いの言葉に返したことで、行き違いの会話になってしまうと。


「っ、あははは!」

「!?」


 不意にカルディア様がお腹を抱えて笑い出す。

 その声の大きさに目を瞬かせた私の視線を受け、カルディア様はハッとしたように慌てて声を顰めて言った。


「っと、ようやくご令嬢を撒けた上にせっかく君と話せているのに、邪魔が入ってはいけないね」

「……そういう言動です」

「え?」


 これはカルディア様のためだと自分に言い聞かせ、再度忠告する。


「まるで私と話がしたかったというような口ぶり。相手が私だから良いものの、世の女性であれば勘違いしてしまうかと。

 そうやって思わせぶりな態度をとるから、女性が寄ってきてしまうのでしょう。

 それとも、自分がモテようとするための策略か何かなのでしょうか?」

「それはない!!」

「!?」


 またも、というより今までで一番大きい声で声を上げたカルディア様の気分を今度こそ害してしまったかと、謝ろうとした私よりも先に、カルディア様は小声で捲し立てる。


「俺だってこういうことは他の人には言わない。つまり、君とずっと話がしてみたかったというのは本当だ」

「……!?」


 何を言っているんだこの人は、とそっと後ずさった私にカルディア様は慌てる。


「ご、語弊があったな、これは……。えっと、そうではなくて、俺は……、待って、何を言っても今の君には俺が変質者にしか見えていない気がする」

「…………」


 かける言葉が見つからないので、とにかく黙って全面同意の意を示すため頭を縦に振れば。


「そ、そうだよね……、そうなるよなぁ」


 と、今度は頭を抱えるカルディア様を見て……。


「……ふふっ」

「!?」


 百面相するカルディア様の姿を見て耐えきれずこぼした笑みを、カルディア様がこらちを向くまでの間に消す。


「い、今笑ったよね!?」

「笑っておりません、気のせいです」

「いや絶対笑った!」


(……しつこい)


 それに、なぜだか嬉しそうに笑っているし……。

 変な人、とじっとカルディア様を見つめれば、カルディア様は言う。


「そうか、君の目には俺はそういうふうに見えていたんだな。

 それもそうか、自分で選んだことだからなあ……」


(……やはり分からない)


 カルディア様が一体何を考えていらっしゃるのか。

 でも、コロコロと変わる表情に、私が想像していたよりもカルディア様が悪い方のようには思えない、なんて考えていると、カルディア様は不意に顔を上げて言った。


「それでも!」


 ガバッと顔を上げたカルディア様は、そのまま意を決したように驚くべき言葉を発した。


「俺は君と友人になりたいんだ!」

「嫌です」


 間髪入れず答えた私に、カルディア様は見るからに悲しそうな顔をして尋ねる。


「え、どうして……?」

「そちらこそどうして私と友人になりたいなどと仰るのですか?

 こんな格好をしている私が珍しいからですか?

 それとも……」


 一瞬躊躇ったものの、本当のことだからと口にする。


「両親を同時に亡くした私に同情して?」

「……!」


 皆そうだった。両親が亡くなった後、周りの大人や友人達は私を腫れ物のように扱った。

 その気遣いが、向けられる目が、私を苦しめて言った。

 叔父家族に虐げられても、自分が置かれた現状がどんなに悲しく苦しくても、「大丈夫」と返さなければいけない。

 偽って、取り繕っても、心の中では泣き叫ぶ自分がいて……。


「……確かに、それもあるかもしれない」

「!」


 カルディア様の言葉に反射的に顔を上げる。

 カルディア様は、月明かりと同じ瞳で真っ直ぐと私を見つめて言った。


「だって君、今みたいにいつも一人で辛そうな顔をしているから」

「え……」


 声が掠れる。今まで表情に出した覚えはない。

 淑女の仮面で本音を隠し、笑えずとも無表情を貫き通していたはずだから。

 それを、今会ったばかりのカルディア様は指摘したのだ。

 そしてカルディア様は、黙ってしまった私に言い募る。


「どうしたら君と友人になることが出来る? 

 君が諭してくれた俺の交友関係を、一切断てば良いのだろうか?」

「……!?」

「そうだ、そうしよう。再三同じことを王太子殿下にも言われていたところだから。

 女性に優し過ぎて勘違いさせてしまうとか、自分にコンプレックスを感じていたがために少々荒っぽい男達とわざとつるんで自暴自棄になっていた自覚はあるし。君のおかげで目が覚めたよ。ありがとう」

「ちょ……、ちょっとお待ちください!?」


 カルディア様の言っている意味が分からなすぎて、口を挟む。


「そ、それではまるで、王太子殿下のお言葉よりも私の言葉を優先していらっしゃるように聞こえますが!? それも、私に言われたから交友関係を全て断つなんて……、冗談でしょう!?」

「そうだよ?」

「そうだよって……、一体なぜ」

「君と友人になりたいから」

「……!」


 真っ直ぐと告げられた言葉に、少し……ほんの少しだけ心が震えて。

 って違う、そうではなくて。


「や、やっぱり無理です!」

「え……!」


 気を許してはいけない。ましてや相手は婚約者ではない男性で……。


「じゃあ、考えておいて」

「え?」

「俺が君の友人に相応しいかどうか。友人になるかどうか決めるには、確かに俺達はまだ互いのことを知らなすぎるし。……あ、でも」


 不意に立ち上がったカルディア様は、悪戯っぽく笑って言った。


「君が噂通りの人物ではないことだけは分かった」

「……!?」


 思わぬ言葉に絶句した私に、カルディア様はにっこりと笑うと口にする。


「そういうことで。考えておいてね、アメリア・バルディ嬢」


 最後にまだ告げていなかったはずの私の名前を口にして、カルディア様は宵闇に姿を消した。


「……やはり、カルディア様も私のことを知っていたのね」


 嵐のようなひと、と呟き、ギュッと胸の前で拳を握る。

 ……大丈夫。この場にいたのがたまたま私だったから、カルディア様はあんなことを言っていただけ。

 私とカルディア様とではいくらなんでも正反対すぎるし、もしかしたらあれはカルディア様なりのジョーク、あるいは気を遣ったつもりだったのかもしれない。


(もしそうだとしたら余計なお世話なのだけど……、まあ良いわ。もう金輪際関わり合いになることはないもの)


 久しぶりにまともに誰かと会話をしたせいか、妙に頬が熱く、鼓動がいつもより少しだけ速い。

 これはいつもの私ではないと、自分を落ち着かせるために目を閉じて深呼吸を繰り返すのだった。

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