契約妻の本音
「「……完成〜!!」」
私とリディオ様は同時に声を上げると、二人で両手を挙げて手を合わせれば、小気味良い音が鳴る。
「ようやく終わったわね!」
「そうだね! 大変だった〜……」
「何とか間に合って良かったわ……」
そう言い合って二人で長椅子に倒れ込むように座る。
終わったとは、普段使う主要な部屋の内観を決め、リディオ様の魔法で部屋まで家具を運び設置する……という永遠のように感じられた作業のこと。
「応接室から始まって、厨房、食堂、浴室、廊下、それぞれの部屋……」
「後はオーダーしたカーテンが出来上がるのを待つだけ、だね……」
リディオ様の言葉に頷き、体制を戻して向かいの長椅子に倒れ込んでいるリディオ様に向かって尋ねる。
「でも、これで良かったの?」
「ん? 何が?」
両膝に乗った手をギュッと握り、この六日間考えていたことを意を決して言葉を発する。
「内観のこと。一緒に考えようと言ったけれど、ほとんど私の好みに合わせてくれたでしょう?」
そうなのだ。困ったことに、一緒に決めようと思っていた内観について、彼は特段意見をしなかった。
それどころか、私の提案をにこにこと聞いて、全て肯定してくるのだ。
カーテンのデザインや色を一つとってもそうだし、家具の配置についても全てそう。
口を出したのは、最初の応接室を他の部屋に移した時くらいで。
「あなたも何か思うことがあったらきちんと口にしてね。
全てを私に合わせる必要はないのよ?
それに……、この結婚は、あくまで“契約”なのだし」
「!」
あえて念を押すように口に出せば、俯いていた私の耳に彼が息を呑んだ音が届く。
自分のためにも彼のためにも、定期的に言い聞かせなければいけない。
いくら優しくても、いくら彼が私を思ってくれても、それは全て彼が“契約”妻として私を必要としているから。
決して、私と同じ気持ちであることは……、彼の“真実の愛”のお相手は、私ではないのだから。
私の言葉に、彼との間にしばしの沈黙が流れるけれど、もう一度言葉を添える。
「私にばかり合わせてしまったら、“真実の愛”のお相手の方がいらっしゃった時、このお屋敷を見て気を悪くしてしまうと思うの。
あなたであれば魔法で簡単に直せてしまうかもしれないけれど」
「アメリアは」
私の言葉を遮るように、黙っていたリディオ様が口を挟む。
それに対して黙って顔を上げる私に、リディオ様は尋ねた。
「この屋敷を、また手放せるの?」
「……っ」
思いがけない言葉に今度は私が息を呑む番で。
震えてしまう心を叱咤して、得意な淑女の仮面を付けて口を開いた。
「えぇ」
「……!」
「だって、この家は今は私とあなたの家だけど、それは“契約”結婚をしているからであって、“契約”が切れてしまえばこの家はあなたとお相手の方のものになるでしょう?」
大丈夫、笑えている。
「それに、爵位を叙爵したのはリディオ様であって、私ではない。
だから、正当な屋敷の持ち主はリディオ様なのよ。
……私は、そんなリディオ様に甘えてしまっているだけ」
心が痛い。けれど。
「だから、屋敷を手放せるのかという質問自体がそもそもの間違いなのよ」
そう口にした私の耳に、リディオ様の声が届く、けれど。
(……あれ)
リディオ様、何を言っているのかしら?
というか、これ、良くない感じでは……。
「……アメリア?」
名前だけは辛うじて聞き取れたけれど、応えることは出来ず視界が揺らぎ、身体が傾ぐ……刹那、力強い腕に抱き止められる。
それが彼のものであり、彼が泣きそうな表情で私に呼びかける姿を最後に、私の意識は朦朧とする意識の中に飲み込まれた。
次に目を覚ましたのは、朝日が差し込むベッドの上だった。
(……もう、朝? 私、あれからどうして)
「アメリア!」
「!」
名前を呼ばれそちらを見やれば、ベッドの傍らにはリディオ様の姿があって。
リディオ様は焦ったように口にした。
「ご、ごめん、声が大きかったよね……。具合はどう?」
「あ、おかげさまで……」
「声が掠れている。水をどうぞ」
差し出されたコップを受け取ろうとすれば、身体に力が入らず起き上がることが出来ない。
そんな私を見たリディオ様は、慌てたように私の背中を手で支えてくれ、身体を起こすのを手伝ってくれる。
「ご、ごめんなさい、何から何まで……」
色々居た堪れなくなって謝罪した私に、リディオ様は首を横に振る。
「君が謝ることじゃないよ」
そう言ってコップを再度渡してくれた彼に、「ありがとう」とお礼を言って口に流し込めば、乾いた喉が潤っていくのが分かって。
そんな私に、リディオ様は言う。
「お医者さんに頼んで診てもらったら、疲労からの風邪だって。確かに、ここへ来てから君が動き回っていたことを知っていたのに、気付かなくてごめん……」
「それこそあなたが謝ることじゃないわ。
お医者様を呼んでくれてありがとう。……そう、疲れていたのね、私。あなたと一緒の生活が楽しくてつい、はしゃぎすぎてしまったのかも」
「え……」
リディオ様が驚いたように目を丸くする。
その姿を見て、自分がなんて大胆なことを言ってしまったかに気付き慌てるけれど。
(……良いわ、風邪で意識が朦朧としているせいにしよう)
と言い訳をし、リディオ様に本音を口にする。
「リディオ様が一週間お休みを取ってくれたと聞いた時、素直にとても嬉しかった。
学園にいた頃みたいに……、いえ、それ以上に一緒にいられるんだって。
だから、リディオ様と一緒に何かをしたいなって思って。
それが二人で住む屋敷だったら、素敵だなって、そう思って」
「……アメリア」
「魔法を沢山使って疲れているのはあなたの方なはずなのに、まさか自分が倒れるとは思わなかったわ。
あなたと一緒にいる時は、いつもふわふわしているから、体調が悪いことにも全く気が付かなかったし」
「……ふわふわ?」
首を傾げたリディオ様に向かって笑う。
「そう。毎日、心が踊っているの。今日はどんな日になるかなって。
そんな風に思えるようになったのは、あなたと過ごすようになってから。
学園で、あなたが声をかけてくれるようになってからなの」
「……っ」
「リディオ様?」
リディオ様の顔が歪む。そして、彼は目の前で突然頭を下げた。
「っ、ごめん!!」




