契約妻として③
本日二話更新いたします。
「……はい、これでとりあえず完了かな」
そう言って笑うリディオ様の言葉に、改めて様変わりした応接室に目を向ける。
「凄い、元の部屋より豪華だわ……」
昨日数十台もの馬車によって運び込まれた家具は、リディオ様の要望に応えて国王陛下がご用意してくださったものらしく、数も質も見たことのないほど一流なものばかりで。
恐縮してしまいながらも何とか応接室に合うものを厳選し、それをリディオ様が魔法で運んでくれたのだ。
どれも規格外すぎてさすがは勇者様だと気後れしつつも、さすがに疲れたのではないかと尋ねる。
「疲れていない? 風魔法をあんなに使って」
「これくらいは全然平気だよ。魔界封印の時に使った魔力量に比べたら微々たるものだから」
「び、微々たるもの……」
魔力量が皆無に等しい私からしたら、信じられない言葉で。驚いている私を見てリディオ様は笑う。
「アメリア、面白い顔になっているよ」
「だ、だってちょっと信じられなくて……」
「まあ、こう見えて世界を救った勇者だから、自分で言うのもなんだけど頼り甲斐があると思うよ。君の望みなら何でも叶えてあげる」
「……!」
そう言い切った彼の瞳は真っ直ぐと私に向けられていて。
驚き息を呑んでしまう私に、リディオ様は笑って言った。
「というわけで、魔力と体力に自信がある俺は特に疲れていないから紅茶を淹れてくるね」
「それは私が」
「大丈夫! 君の方が家具の配置を殆ど全部考えてくれて疲れたでしょう?
とりあえず長椅子に座って待っていて」
そう言って私を椅子に座らせてから、リディオ様は部屋を出て行ってしまった。
(本当に、全部任せっきりになってしまっている……)
確かに疲れていないと言ったら嘘になるけれど、リディオ様の方がよほど疲れているはず。
それなのに。
「私がお休みをもらってどうするの……」
契約内容、やっぱりよく見直さないとと決めてから、そういえばとふと思い出す。
(この部屋に入るの、元婚約者様に婚約破棄を言い渡されて叔父家族に啖呵を切って出て行って以来だわ……)
窓に目を向ければ、雲一つない青い空が広がっていて。
吸い寄せられるように立ち上がり、窓枠に手を置いて天を仰ぎ見る。
(ここから出て行った日のことを今でも鮮明に覚えている)
あの日まで、怒鳴ったこともましてや窓から家を飛び出したことなんてなかった。
全てが初めてのことで勇気が要った。
けれど、今では飛び出すことが出来て良かったと思う。
そして、そう思えるのは……。
「……アメリア!?」
「!!」
至近距離で名を呼ばれた私は、弾かれたように顔を上げる。
いつの間にか部屋に帰ってきていたリディオ様の存在に気付かなかったことに驚いていると、リディオ様が不意に手を伸ばしてきて。
「!」
私の頬に触れた彼の指先の感触に驚いていると、リディオ様は眉尻を下げて尋ねた。
「どうして泣いているの?」
「え……」
確かにリディオ様の言う通り、彼が私の頬に触れた指先は濡れていて。
それで初めて自分が泣いていたことに気が付いた時、自覚した途端はらはらと涙がこぼれ落ちる。
「あ…………」
慌てて涙を拭っても拭っても、止まることを知らない涙が幾筋も頬を伝うばかりで。
それによって、あの日に封じ込めていたはずの気持ちが今になって決壊する。
「っ、ごめんなさい、昨日から、泣いてばかりで」
「謝ることじゃないよ」
「……!!」
彼はそうポツリと呟くや否や、私の背中に手を回し、ギュッと抱きしめた。
その力強さに、改めて彼が男の人だと感じて。
“頼り甲斐があると思うよ”と言った彼の言葉が脳裏で蘇る。
リディオ様は私を抱きしめて言葉を続けた。
「泣いて良いよ。俺、アメリアが必要としてくれる限り、これからはずっとそばにいるから」
「…………っ」
そんなの、ずるい。必要としてくれる限り、なんてこちらの台詞なのに。
(いずれは、他の女性の元へ行ってしまうのでしょう?)
そう頭の片隅では分かっているのに、今の私は泣いているせいで判断が鈍っている。
だからきっと、この手を伸ばしてしまうのだ……。
「……落ち着いた?」
しばらく泣き続け、涙が枯れるまで彼の腕の中で泣いてしまった後、そっと距離を取った私にリディオ様が尋ねる。
その優しい声音にまた涙が込み上げそうになってしまったけれど、なんとか頷いて言った。
「……えぇ。あなたのおかげで、なんとか」
「そう……」
リディオ様はそう言うと、部屋の中をグルリと見回して言った。
「こんなこと、聞いて良いものなのか分からないけど……、この部屋で何かあった? 嫌なことをされた?」
「……婚約者様が尋ねてきて、婚約破棄を言い渡されたの」
「!」
リディオ様の動きが止まる。
それから、と私は言葉を続けた。
「叔父家族に出て行けと言われて、啖呵を切ってその窓から飛び降りた。
今思えば凄い行動力だなと自分でも思うし、淑女にあるまじきだとも思うわ」
「……そんなことないよ」
「!」
今度は頭に手が乗る。
驚き見上げれば、リディオ様もまた酷く辛そうな顔で私を見ていて。
「君は凄い女性だ。ただ一人孤独の中で戦って、耐え続けて、最後には声を上げて。
バルド……王太子殿下だって、君を認めていた。
君はもっと自分を誇りに思って良いんだよ。
それに、バレたら罰を与えられるかもしれない状況下で、秘密裏に領民を助けた君こそ、勇者や英雄と呼ばれるべき人だ」
「…………!!」
その言葉が、冷え切っていた心に温かな心地が広がっていくのが分かって。
また込み上げてきてしまった涙をそのままに、リディオ様に笑みを浮かべて言葉を紡いだ。
「……ありがとう、リディオ様」
「……うん」
リディオ様は頷き、不意に指をパチンと鳴らした。すると。
「!?」
家具が全て光を帯びた……刹那、一つも家具が残っていないガランとした部屋に逆戻りどころか、元々置かれていた少ない家具さえなくなっていて。
唖然としている私に、リディオ様は言った。
「さて、この部屋は封印するとしよう」
「……封印!?」
「せっかく内観を考えてくれて申し訳ないけれど、この部屋を見るたびにアメリアの精神衛生上良くないと思うから、応接室は別の部屋に移動しよう。あぁそれと、変更しない予定だったテーブルと長椅子は変更ね。
……これは、俺の殺意が誤って忌々しい君の叔父と、同じく君の元婚約者殿に直接向かわないようにするための防止策。
というわけで、君も賛成してくれる?」
リディオ様の口調が物騒なものに変わった上、彼の殺意が叔父だけでなく元婚約者殿にいくのが分かり、反射的に何度も縦に首を横に振れば、リディオ様はにっこりと笑って言った。
「良かった。じゃあこの部屋から早く出ようね」
リディオ様の言葉に頷けば、彼に自然と手を取られて。
そうして手を引かれて部屋を出てから、リディオ様がパタンと部屋の扉を閉じる。
「よし、今日からここは開かずの間にしよう」
そう口にしたリディオ様の手をギュッと握り、意を決して言葉を発した。
「でも。あの時は確かにどうしようもなく苦しかったけれど、あの時がなければ今がなかった」
「! ……アメリア」
私の名を呼ぶリディオ様の声に顔を上げ、笑いかける。
「そう思えるのは、リディオ様が私を迎えに来てくれたから。ありがとう、リディオ様」
「……!!」
リディオ様は息を呑む。
そして、彼もまた泣きそうな表情で笑みを浮かべて言った。
「うん。君からの感謝の気持ちは、素直に受け取っておくよ。……それから、俺から言えることは、君がご両親と暮らしたのもまたこのお屋敷なんだ。
確かに、叔父家族のせいで辛くて悲しい記憶の方が今は優っているかもしれない。
けれど、ここには正真正銘君のご両親と君が暮らした思い出の方が沢山詰まっている。
……いつか、君の口から聞かせてくれたら嬉しいな」
「……リディオ様」
「幼い頃、君がどんな子だったかも気になるしね」
最後はそう冗談めかして笑うリディオ様の温かさに、「ありがとう」と口にした私の頬を涙が一筋伝った。




