契約妻として②
リディオ様の絶叫に、王太子殿下は両耳を抑えながら言った。
「相変わらず声が大きいし反応が大袈裟だな、リディオは」
「いやいやいやいや、驚かせる方が悪いと思うよ!? 俺、初耳なんだけど!」
リディオ様がそう言って私を見るものだから、肩を竦めて口にする。
「確かに、言っていなかったわね」
「確かにって……、まさか君にここでの繋がりが……、しかも幼馴染だとは思わなかったよ……」
そうなぜだか肩を落としたリディオ様の肩を叩き、王太子殿下はニッと笑う。
「結構有名な話なんだが。私と彼女の家は国王と臣下として古くからの交流があり、友人であると。
まあ、それで彼女と幼馴染だなんて言ったら、お前が知ったら面倒なことになると思って俺は言わなかったんだがな」
「は!? 言ってよ!!」
そう言って胸倉を容赦なく掴むリディオ様を見て思わず笑ってしまう。
「っ、ふふ、そういうリディオ様の方が王太子殿下ととても仲が良いと思うわ」
口にした私に、なぜだか言葉が返ってこない。
不思議に思って二人を見上げれば、彼らはポカンと揃いも揃って私を見つめていて。
「……何? 何か変?」
「いや……、君も笑うのかと思って」
いつかリディオ様にも言われた言葉を思い出し、苦笑いして答える。
「確かに、王太子殿下の前でも笑ったことはありませんでしたね。
ですが今は、婚約はしておりませんし、それに」
リディオ様を見やり、目が合ってにこりと笑う。
「リディオ様の妻ですので」
「!!」
なぜか瞠目してその場で固まったリディオ様を見て、王太子殿下が大笑いする。
「はははは! リディオ、お前本当分かりやすいな」
「黙れ」
再び胸倉を掴んだリディオ様を見て慌てて仲裁に入る。
「リ、リディオ様、落ち着いて。立ち話もなんだし、とりあえず応接室へ……、つ、机と椅子以外何もないけど、とにかくご案内して差し上げて。
私は紅茶を淹れてくるわね」
「アメリアも落ち着いて。いきなりアメリアに会うって止めても聞かなかったこの人が悪いんだから」
リディオ様の言葉に、王太子殿下が言う。
「本当に、いきなりの訪問となってしまって申し訳なかった。
だが、君に会ってどうしても言いたいことがあったんだ」
「私に……?」
王太子殿下は頷くと、突然頭を下げた。
「すまなかった」
「……え!? お、お顔をお上げください!」
これには私だけでなくリディオ様も驚いていると、王太子殿下は顔を上げてから口にした。
「君が大変な目に遭っているとは知らず、幼馴染として助けてあげることが出来なかった。
亡きバルディ伯爵夫妻にも申し訳が立たない」
「そんな、貴方様がお謝りになることではございません。
リディオ様にも言いましたが、お二人は魔界封印という大事なお役目を全うした二大勇者様なのですから、私のことなどどうかお気になさらず」
「「気にする/気にするよ!」」
「!」
二人の声がハモる。
驚く私に、彼らもまた驚いたように視線を合わせてから、二人して咳払いした後に王太子殿下が口を開いた。
「リディオから事情は聞いていた。だが、物的証拠がない上、君が叔父家族の罪を証拠を持って告発しなければ王家は動けなかった。
つまり君は……、己を犠牲にしてでもこの屋敷を守ろうとしていた、そうなのか?」
王太子殿下の言葉に小さく頷く。
「……はい、そうです。私は、叔父が働いてきた全ての罪を知らずとも、彼らが豪遊していたことは知っておりました。
本来であれば罪を告白し、全てを明らかにすべきところを黙っていた私も同罪です。
……亡き両親が守ろうとしていた屋敷を守りたい一心で私は、最後の最後まで己の信念を貫いてしまいました。
謝るべきは私の方です。叔父家族だけで償いきれない罪は、私が償います。
本当に、申し訳ございませんでした」
そう口にして頭を下げた私の肩に、不意に手が乗る。
顔を上げれば、それはリディオ様の手で。
「違う、君に罪はない。だって君は、そう言いながらも懸命に己に出来る最大限のことをした。
バルディ領に住む領民に、自分が持っていた両親の形見でもある宝石を売って得たお金を渡し、他の領に移り住むことが出来るように促した」
「その宝石だって隠し持っていたものなんだろう?
叔父家族がほぼ全て君から奪い取り、売り払っていたことも証拠に上がっているからな」
「……!」
まさか、そこまで調べられていたとは。
確かに私は、お金を巻き上げる叔父達を見ていられず、何とか隠し持っていた数は少ないけれど高価な宝石を、バレないように見計らい売ったお金を渡して領民達を逃した。
そうすれば領民は逃れられ、叔父達の暴走も止まると思った。
だけど。
「……だけど結局は、何一つ守れなかった私の我儘だったのです」
「「……!!」」
ダメだと分かっているのに、二人を困らせるだけだと分かっているのに、勝手に涙が込み上げて頬を伝い落ちる。
未だに忘れることのない叔父家族達と過ごしてきた日々を思い、やるせなさにギュッと服の裾を握った私の手を、リディオ様に握られる。
「そんなに強く握ったらだめだよ。君の綺麗な手に傷がついてしまう。
……以前、言ってくれたよね? 怪我をしたら綺麗に生んでくれたご両親が驚いてしまうって。
君はもっと、自分を大事にして。そうでないと、天国にいらっしゃる君のご両親が悲しむし、俺も辛くて悲しいよ」
「リディオの言う通りだ。君は伯爵令嬢として為すべきことをした。
……まだ成人にも満たない歳で両親を亡くし、声を上げられない状況下に陥っていてもなお懸命な判断を下した君を誰が責めようか。責めるものがいたら、私とリディオとで全力で潰しにかかってやる」
「俺、こう見えて結構容赦ないって言われるからね?」
「その通りだ。君のことを聞いたリディオは、真っ先に『息の根を止めてやる』と言っていたからな」
そんな王太子殿下の聞き捨てならない言葉に、思わず叫ぶように口にする。
「そ、それはダメよ!? あなたの手をあんな人のために汚してほしくない!」
「「!!」」
私の言葉に息を呑んだ二人は、顔を見合わせてやがて肩を震わせて笑い始めた。
「だそうだ、リディオ。君のお姫様は叔父家族の“生き地獄”をご所望だ。結構過激派だな、知らなかった」
「!? そ、そういう意味ではありませんよ!?」
またしても王太子殿下の言葉が聞き捨てならずに突っ込むと、リディオ様はにっこりと良い笑顔で言い放った。
「大丈夫、安心して。君の手を汚すことなく、その後も大量に言い逃れできない証拠が上がっているから。それに、君がたとえ許しても俺は許してなんかやらないよ?
だって、君を傷つけた罪は重い。そうでしょう?」
(ま、待って、こんな“溺愛設定”なんて望んでいないし聞いていない……!)
と口にしかけたけれど、それをここで言うのは良くない気がして。
とりあえず一つ分かったこと、それは。
(リディオ様は怒らせてはいけない人だ……)
叔父様方、ご愁傷様……と思わず合掌したくなった私をよそに、王太子殿下は笑って言う。
「それに、良かったじゃないか。結果的に家も名前もリディオと“契約”結婚したことで取り戻せた。
おめでとう、アメリア・バルディ夫人。
ここに改めて祝福の意を示す」
「!」
そう言って差し出された手に、私も手を伸ばそうとしたけれど。
「はいはい、お気持ちだけで結構です、王太子殿下」
「!?」
グイッと私の腕を引っ張ったのは、言わずもがなリディオ様で。
王太子殿下は分かっていたという風に口角を上げる。
「リディオ、言っておくがこれは“契約”結婚なんだろう? その執着はあんまりじゃないか?」
「“契約”でもなんでも、アメリアは俺の妻だから。
アメリア、君も駄目だよ。君は俺の奥さんなんでしょう? 婚約者がいた時の君のようにもっと警戒心を持って」
突然話題を振られた挙句、さらりと妻や奥さん呼ばわりされた私は、彼の顔を直視出来ずに頷けば、私の肩をさりげなく抱き寄せて言った。
「そういうわけで。俺の奥さんに触れないでください、王太子殿下」
「はいはい、勝手にやっていると良いバカップル」
「だから結婚して今は夫婦なんだけど!?」
「契約だがな」
(リディオ様、突っ込むべきところはそこではないような……)
二人のやりとりがいかにも気の置けない仲、という感じがして、つい笑みを溢すと。
「アメリア嬢」
「!」
そう言うや否や、不意に王太子殿下が私の耳元に顔を近付けてきて……。
「呪われてしまったリディオのこと、よろしく頼む」
「……! はい」
リディオ様には聞こえないくらいの声で囁かれた言葉に、王太子殿下が彼の身を案じているのが分かって。
頷きを返した私に、リディオ様が苛立ったように口にする。
「バルド!」
ついに敬称がなくなり王太子殿下の名前を呼ぶリディオ様に、王太子殿下は肩を竦めて両手を上げると言った。
「はいはい、退散するよ」
それと同時に、魔法陣を展開しあっという間に消えてしまった。
その時間は僅か三秒ほど。
「も、もういない……」
思わず呟いた言葉に、リディオ様は前髪をかきあげて言った。
「あの人……というか王族は転移魔法が得意なんだよ。本当、逃げ足だけは速くて嫌になる」
「し、知らなかったわ」
確かに、以前国王陛下直々に転移の魔法陣を書いた紙を私に下さったものね、と一人納得していると、リディオ様は今度は私に向き直って言った。
「……さっきは何を吹き込まれたの?」
「えっ?」
「囁いていた言葉! あの人はろくなこと言わないから教えて」
そう言われた私は。
「……秘密」
「え!?」
踵を返してそう口にすると、驚いたように声を上げるリディオ様に向かって少し振り返って言った。
「だけど、一つ言えるとしたら。
王太子殿下とリディオ様はとても仲良しよね」
「……待ってどこが!?」
その問いには応えずクスッと笑うと、さて、と手を叩く。
「来客が来た際に通す部屋に何もないのはいけないわよね。
まずは応接室からお部屋の内観を決めましょう!」
「!」
そう言ってリディオ様に笑いかけ手を握ると、二人に嬉しいお言葉を頂いたおかげで少しだけ自分を許すことが出来た私は、応接室に向かっていつもより軽い足取りで歩き始めたのだった。




