二人きりの生活①
「……ん」
目が覚めて、数度瞬きをしてから現状を理解する。
(私、帰ってきたんだ、バルディ邸に……)
そういえば、昨夜契約内容の確認をして、それから……と隣を見やれば、そこにリディオ様の姿はなくて。
「……謝らないといけないわね」
想いを伝えてもいない上、魔法をかけてくれとも頼まれていないのに、勝手に魔法をかけた挙句八つ当たりも良いところな態度を取って。
我ながら嫌な女だわとため息を吐き、身支度を整えて彼を探しに部屋を出ると。
「あっ」
「!」
部屋の外を出れば、リディオ様の姿があって。
その姿を見ただけで鼓動が高鳴る。
(こうやって、リディオ様との生活が始まるのね……)
まさかこんな日が来ようとは思わなかった。
……契約結婚だけど。
「おはよう」
ドキドキを悟られないよう口にした私に、リディオ様も返す。
「おはよう。……よく、眠れた?」
「はい」
「それは良かった」
そう口にしたリディオ様の笑顔がぎこちない。
それに。
「……そういうあなたこそ、隈が出来ているけれど」
私が目元を指差せば、彼はハッとしたように言う。
「あっ、ごめん! 全然、眠れなくて……」
「……私が理不尽に怒ってしまったからよね」
「へっ?」
「ごめんなさい。昨日の私は、自分でも大人気なかったと思うの。あの魔法の件は出来れば忘れてくれたらありがたいわ」
「……へ!?」
「気付いていないならそれで大丈夫だから、気にしないで」
魔法の話は、他人に明かしてはいけないと両親から教わった。
彼と私は契約結婚であり、いつか彼が私と離婚して他の人と結婚するとなった時、私の魔法が優しい彼の足枷になってはいけない。
リディオ様が私の気持ちを知ったら、優しい彼に気を遣わせてしまうから。
だから、何が何でもこの恋心を魔法の秘密ごと封印しなければ……。
「……ないよ」
「え?」
尋ねた私に、リディオ様は必死な様子で声を上げる。
「忘れられるはずがないよ! 君が俺のためを思ってかけてくれた魔法なのに」
「……でも」
「君に何と言われようと、俺、もう一回ちゃんと考えるから!
だから、もう少しだけ待っていて。
君との思い出を全部取りこぼしたり忘れたりしたくない。大事にしたいんだ」
「……!」
「……なんて、君がかけてくれた魔法が分からない時点で、俺は勇者としても契約とはいえ夫としても失格だと思うけど……」
夫。彼の口から飛び出てきた単語と言葉に、私は思わず吹き出して笑ってしまう。
「っ、ふふふふ」
「ア、アメリア?」
「いえ、ごめんなさい、つい。……そうね、私も忘れてほしくないなと思っていたから、そう言ってくれて嬉しい」
「!」
そう、私の目の前に立っている彼はそういうひと。
恋心とかにはきっと疎くて、私が抱いている感情にも全く気が付いていないと思うけれど、私を大切にしてくれようとしている。
だから。
「私も願っているわ。あなたが私の魔法に気付いてくれること」
これは、私の中の賭け、ということにする。
もし、彼が私の魔法に気付いてくれたら、私の本当の気持ちを正直に話そう。
その反対に、彼が魔法に気付くことなく運命のお相手と結ばれることになったらその時は、私の恋が実ることはないのだと、この気持ちを告げることなく潔く諦め、別れを告げよう。
そう心に決めた私に、リディオ様は。
「絶対、気付いてみせるから。だから、信じて待っていて」
リディオ様の真剣な眼差しに魅入られ、目を離すことなく気が付けば自然と頷いていた。
「というわけで、今日は俺が作ってみました」
「わぁ……」
目の前に置かれたサンドウィッチに手を叩けば、彼は頭をかく。
「とは言っても、挟んだだけなんだけど」
「そんなことないわ。サンドウィッチだって立派な料理よ。
それに私、誰かに料理を作ってもらったのは久しぶりだから、とっても嬉しい」
私の言葉に、リディオ様からの返答がなかったことで慌てて付け足す。
「違う、しんみりするところではないの。
私、料理を作るのは苦に感じたことはなかったし、好きだったから」
「本当に?」
そう尋ねてきた彼は、私の過去を思い遣ってくれているのだと分かって笑みが溢れる。
「本当だから気にしないで。それに、契約内容を読んで思ったのだけど、やっぱり屋敷の中で一日何もしないというのは落ち着かないかもと思って」
「……落ち着かない?」
「えぇ。今まで動いていることが当たり前だったから。
働き先に孤児院のある修道院を選んだのも、誰かのために何か出来ることはないかと思って、国王陛下に紹介していただいて入ったの」
「だから修道女になろうと?」
「えぇ。まさか、あなたに契約結婚を申し込まれるとは夢にも思わなかったから」
その途端、リディオ様の顔から表情が抜け落ちる。
「ど、どうしたの?」
「俺が契約結婚を申し込んだことで、君の夢を潰してしまったのでは、ということに今頃気付いて……」
「そんなことはないわよ?」
「えっ」
リディオ様が顔を上げる。
私は笑みを浮かべて言った。
「だって、この契約結婚もあなたのためになっているのでしょう?」
「!」
「あなたが私を必要としてくれたことが何より嬉しかった。
ずっと気になっていたの。学園時代友人であったあなたに救われた分、恩返しが出来ていなかったことを。
だからこそ、私を助けてくれたあなたのように誰かのためになれたらと考えた。
だから、修道女を選んだのよ」
私にとって、あなたが私を照らしてくれた太陽の存在であるように、私も誰かの力になれたら。
「話が逸れてしまったけれど、とにかくこれからは私、あなたの力になれるように頑張りたい。
私に出来ることがあったら何でも言って」
「……何でも」
彼の言葉に頷くと。
「……そう言ってくれるアメリアの方が、俺にとって太陽のような存在なんだけど」
「……!?」
驚く私に、リディオ様は柔らかく笑う。
「君と出会ったあの日、俺に喝を入れてくれなければ、俺は勇者になるどころか一生親の脛を齧って生きていたと思う」
「そ、それは大袈裟では。というか、あの時は大変失礼を……」
「謝ることじゃない。俺は君に感謝しかしていないよ。
……でも、君のそういうところが俺は、す……」
「す?」
不自然に止まったリディオ様の言葉に首を傾げると、彼は心なしか顔を赤らめ咳払いしてから言う。
「な、何でもない。とにかく、俺の方こそ君に頼ってばかりで申し訳ないんだけど、君に甘えて良いというのなら、その……、やっぱり料理を作ってくれる?
人手が欲しいと言うのなら、俺のことを思う存分こき使ってくれて良いから!
……いや、この場合やめておいた方が良いのか? 俺本当に料理はからっきしで逆に邪魔でしかないかも……」
相変わらずのリディオ様に、私はクスクスと笑ってしまいながら答える。
「えぇ、私でよければ喜んで」
「! 本当!?」
「もちろん。それから……、もし時間がある時は、お言葉に甘えて一緒にご飯を作らない?
二人で何かをするのも、思い出作りにならないかしら……?」
駄目元で尋ねた私に、リディオ様は答える。
「やりたい! やらせてください!」
元気よくそう半ば食い気味に答えてくれたリディオ様を見て、私はこの生活が一生続けば良いのにと、願わずにはいられなかったのだった。




