穏やかな時間③
そして、彼は契約内容を一通り読んでから口にした。
「何か質問はある? 分からないことがあったり、追加して欲しいことがあったら遠慮なく言って」
その言葉に、私は恐る恐る口にする。
「この契約期間に“呪いが解けるまで”と書いてあるのだけど……、解く方法って何か知っているの?」
私の問いかけに、彼は一瞬戸惑ったような表情をした後頷いた。
「うん、一応知っているよ」
「それって、どんな?」
本当に彼が呪われているのだとしたら力になりたい、という思いで彼の言葉を待つと。
「……“真実の愛”」
「真実の愛?」
首を傾げた私に彼は頷く。
「つまり、その相手を見つけ両想いになることが出来れば、この呪いは解けると。ちなみに、“真実の愛”の相手には、魅了が効かないらしい」
「なるほど、だからお相手を探し出すのを私に手伝って欲しいと」
「……そういうことになる」
(……やっぱり、話している間にも目が泳ぐのが気になるのよね)
よく分からないけれど、それでも呪いが本当だというのなら、私も恩返しのつもりで助けてあげたい。
でも、少しだけ“真実の愛”の相手に嫉妬を覚えてしまう自分がいて。
(真実の愛のお相手が私なら、なんて一瞬自惚れてしまったけど、残念ながら今も魅了の魔法は解けていないようだし……、そもそも契約結婚を申し込まれている時点で、彼のお相手は私ではないということよね)
ズキズキと胸が痛むけれど、それに気付かぬふりをして淑女の仮面をつけて話を続ける。
「ちなみに、あなたの好みのタイプは?」
「えっ!?」
ビクッと肩を震わせる彼に首を傾げる。
「そんなに驚かなくても。だってあなたの好みが分からなければ、あなたが好きになるタイプのお相手の女性を探せないでしょう?」
「そ、それはちょっと……」
「なぜそこで口籠るのよ」
「〜〜〜や、やっぱり大丈夫!!」
「えっ!?」
驚く私に、彼は言う。
「君に俺の好きな人を探してもらうなんていう方が変だと思って。
と、とにかく君は、俺の隣にいてくれれば良い」
「女除けとして?」
「そ、そうだね、そうなる」
「……でもそれはそれで、私凄くお邪魔よね?」
「だ、大丈夫だよ!」
「…………」
(怪しすぎる)
私がいる時点で魅了にかかっていない女性なら尚更、あなたに近寄ってこないと思うけれど、という言葉を飲み込む。
言っても無駄だと分かっているから。
とりあえず、息を吐き次の質問を投げかける。
「分かったわ。では、契約内容の確認に戻ると、私とあなたは普段の寝室は別で、結婚式もしない」
「うん。本当は挙式をした方が良いかと思ったんだけど、俺には魅了があるから」
「……そうね、争い事は避けた方が良いわね」
血の海を見たくはない、と白目になってから、さて問題はと最後の文面に目を向ける。
「私とあなたとの間に、この“溺愛設定”って必要なの?」
そう、最後に書かれていたのは、彼が私を溺愛しているという設定。
学園時代の二人の思い出が、とんでもなく美化され、裏面にまで渡って事細かに書かれていた。
「初めて会ったのは、夜会の場。あなたが私にずっと前から恋心を抱いていて、月明かりに照らされた庭園で声をかけた。
……恋心とかを除けば大体合っているし、不自然さはあまりないけれど、この設定って本当にいるの?」
心なしか作った本人の顔が赤いことに訝しんでいると、彼は拳を握って口にする。
「い、いるよ! この設定があれば……、君と、い、イチャイチャしているフリをすれば、数名の女性は諦めてくれると思うから!!」
「す、数名……、そうね、魅了が本当なら私がいても関係ないものね」
「それでも、多少なりとも諦めてくれるかもということを願って、その設定はよく読んで頭に入れておいて欲しい。
それと、君の肩を抱くとか腰を抱くとか……、い、嫌だったら言って。
多少距離感が違い方が怪しまれなくて済むと思うから」
「肩や腰……」
少し想像してみてから口にした。
「大丈夫だと思うわ。距離感が近いのは、夫婦ではあることだと思うし」
「そ、そっか、それはよかった……」
少しホッとしながらもなぜだか残念そうなのは気のせいだろうか、と首を傾げつつも“溺愛設定”に目を落としながら口にした。
「契約内容自体は大体把握できたわ。
今後生活する内にまた足りない分は補っていくということで大丈夫?」
「うん。その時は都度改めていこう」
私は頷き、契約書を枕元に置いてから本題を切り出した。
「それと、私、ずっとあなたに聞きたかったことがあるの」
「うん、何?」
私は意を決して話を切り出す。
「私、あなたが魔界封印へ行く前に魔法をかけたのを覚えている?」
「うん、もちろん覚えているよ」
「……約束したのも覚えている?」
約束、という単語に彼は頷いて言った。
「うん、覚えている。君がかけてくれた魔法が何なのか、無事に帰ってきたら教えて欲しいと言っていたよね」
「えぇ。それで、その答えが何なのかは分かった……?」
恐る恐る尋ねた私に、彼は。
「ごめん!」
「!?」
手を合わせ、申し訳なさそうに口にした。
「俺、注意してよく見ていたんだけど、分からなくて」
「わ、分からない……?」
「うん。魔物退治をしていても魔王と戦った時も、特段変わりはなかったというか。
分からないから、君に聞こうと俺も思っていたんだ……、アメリア?」
私はにっこりと笑って口にする。
「そう、よく分かったわ。私の魔法はあなたの何の役にも立たなかった、というわけね」
「ア、アメリア!? 落ち着いて」
「眠くなってしまったからもう寝るわ。後私がかけた魔法、失敗することなくあなたに間違いなくかけられているはずだから。
契約結婚中に、魔物や魔王と対峙した時のことを思い出して、もう一度自分の胸に手を当ててよーーーく考えてみてください」
「ア、アメリア!」
彼の呼びかけに、心を鬼にして答えず背を向けて寝転がれば、涙が込み上げてきてしまう。
(私の渾身の魔法に気付かなかったなんて)
私があの時かけた魔法は、誰もが羨む魔法であり、大切な人にしかかけられないのだと両親が生きていた時に教えてくれた。
だからこそ、彼を間違いなく助けられるものだと信じて疑わなかったけれど、彼にとっては何の意味もなかったのね……。
(何も説明せずに勝手に期待している私の方が意地が悪いかもしれないけれど。
それでも、少し虚しい……)
あの時、恋心を吹っ切るつもりで彼に魔法をかけた。
私の恋心を彼にあげたつもりだったから、余計に傷ついてしまう自分がいて。
(……良いわよ、やってやるわよ)
これが惚れた弱みというやつなら、彼に振り回されてあげましょう。
契約結婚を受けて立つんだと改めて決意し、浮かんだ涙をそのままに目を閉じた。
こうして私達の契約結婚生活は始まりを迎えるのだった。




