穏やかな時間②
『今夜、寝る支度を終えたら。君の部屋に来ても良い?』
その言葉に、私は戸惑いながらも恐る恐る口にする。
「……それって……」
多少の覚悟はしていたつもりだ。
契約結婚とはいえ、彼は伯爵家という爵位を叙爵したから、後継者が必要なはずで。
もちろん私も淑女修行の一環でそれなりには知っているつもりだから、とそれでも微かに震えてしまった両手を誤魔化すように握りしめると。
「っ、ちが、あ、ごめん……!」
「!?」
何が違うのか、真っ赤になり慌て出す彼を見て私まで慌ててしまう。
「と、とりあえず落ち着いて。何が違うの?」
「違う、来たいと言ったのは、その……、そういうことじゃなくて、まだ契約内容についてもきちんと話せていないし、それに」
「?」
彼はチラリと私を見やる。
その顔が赤く染まり、目が合った瞬間瞳に籠る熱に気付きドキッとしてしまう私に彼は小さく口にした。
「……共に過ごせなかった分、君と話がしたいなと思ったんだ。
今後のことも、時間があるうちにゆっくり話せたらなと思って」
「…………」
「なんて、疲れているよね! ごめん、こんな君を困らせるようなことを言った上誤解させてしまって」
「謝る必要なんてないわ」
「アメリア?」
私は笑みを浮かべると、言葉を発した。
「私も、あなたと話がしたい。私のことも知って欲しいし、逆にあなたのことも知りたい。
だって私達は、これから契約とはいえ夫婦になるんだもの」
「……!」
「それに、私もあなたともう少し一緒にいられたらなと思っていたから嬉しい。
あなたと私の屋敷とはいえ、何となく夜に一人でいるのは少し寂しいと思ってしまって」
「…………」
「リディオ様?」
なぜだか固まってしまっているリディオ様に顔を近付けると、彼は物凄い速さで立ち上がり口にした。
「だ、大丈夫、分かった、夜に、会おう。
……待って、俺本当に夢オチじゃないよね? これで夢オチとか言われたら俺既に封印したけど封印破って魔王斃しに行くよ?」
「そ、それはまずいのではないかしら……?」
聞こえてきてしまった物騒な言葉に思わず突っ込んでしまった私に、彼は「やっぱり夢じゃない!」と叫んでから、ハッとしたように慌てて言った。
「ご、ごめん、夜には落ち着いていると思うから!
ちょっと俺頭冷やしてくるから君はちゃんと風呂に入って温まって!
タオルも全部浴室に置いてあるから! それじゃあ!!」
「リ、リディオ様!?」
様子のおかしすぎるリディオ様はそう言うや否やどこかへ走っていってしまう。
ポツンと一人取り残された私は。
「っ、ふふ、あはははは!!」
思わずお腹を抱えて笑ってしまう。
(リディオ様ってば、面白い)
本当に、彼がいてくれて良かった。
それに、夜も一緒にいられるなんて。
(幸せすぎる)
あまりにも幸せすぎて、怖くなってしまうけれど。
それでも、彼がいてくれるから怖くないと思えてしまうから不思議ね。
(リディオ様と出会った時は、月のように綺麗だと思ったけれど。今は太陽みたいに眩しい存在だわ)
なんて考え、もう一度笑みを溢したのだった。
そうして彼がやってきたのは、もうすぐ日付が変わる頃だった。
今度こそノック音が聞こえてきたため、扉を開くとそこには。
(……わっ)
ラフに着崩したシャツ姿の彼がいて。
しかも、いつもきちんと整えられている髪がお風呂に入ったからか自然な髪型になっているのが、普段大人びた彼とは対象的に、どこか幼ささえも色気さえも感じられて……。
「ア、アメリア」
戸惑ったように彼が名を呼んだことにハッとし、慌てて声をかける。
「ごめんなさい、少し見惚れてしまって」
「み、見惚れて!?」
「寒いわよね、部屋に入って」
「お、お邪魔します……」
ぎこちなく部屋に入ってきた彼に思わずクスッと笑ってしまうと。
「ね、ねえ、アメリア?」
「何?」
「その格好では寒くない?」
「え?」
今度は私の格好……夜着姿を指摘されたため答える。
「おかげさまで、部屋も温かくしてもらっているし、この服も素材が良くてとても温かいから大丈夫よ。
心配してくれてありがとう」
「あっ、で、でもほら、無防備なのは良くないというか」
無防備、という単語にようやく彼の意図に気付き、頬が熱くなっていくのが自分でも分かって。
でも、と恐る恐る尋ねる。
「あなたと私は夫婦だから……、それとも、無防備でいるのは良くないかしら……?」
「!?」
これから二人で生活していくのだから、彼が嫌だと思うことはしないよう気を付けようと尋ねた私に、彼はぶんぶんと首を横に振る。
「お、俺の前では大丈夫! むしろそちらの方が嬉しい……けど、今はやっぱり上に何か、着てくれた方が嬉しい、かも。俺の心の安寧のために」
「っ、そ、そうよね、ごめんね」
慌てて少しだけ整理した服の中から上着を手に取り羽織る。
そして、彼の方を向くと両手を伸ばして尋ねた。
「こ、これで良い?」
「うん、かわ……、だ、大丈夫、それで」
咄嗟に可愛いという単語を飲み込んだ顔の赤い彼に、伝染るように自分の頬が熱くなっていくのを感じてしまい、慌てて口にする。
「ど、どちらでお話ししましょうか。ベッドと机」
「ど、どっちでも大丈夫」
「それなら、ベッドにしましょうか。魔法を沢山使って疲れたと思うから、その方が横になれるでしょう?」
そう言って、二人でベッドに横になったは良いものの。
(……待って、意外とこの状況緊張するのだけど……!)
しかもそれを提案した自分って大胆すぎない!? と今更になってあわあわとしてしまっていると。
「……っ」
「!?」
隣から聞こえてきた笑い声にそちらを見やれば、彼はクスクスと笑っていて。
彼は「ごめん」とまだ笑いながら口にした。
「意識していたのは俺だけだと思っていたから、つい」
「ご、ごめんなさい、私、凄くはしたないことを」
「はしたなくなんかないよ。俺としては嬉しいし。
……まあ、我ながら忍耐力が鍛えられてすごいと思うけど」
「? ごめんなさい、最後がよく聞こえなかったからもう一度言ってくれるかしら?」
「気にしなくて良いよ。こちらの我慢の問題だから」
「??」
ますます分からない、と首を傾げる私に、彼は上体を起こし「本題に入るね」と言うや否や、パチンと指を鳴らす。
「!」
そうすれば、私の目の前にふわりと一枚の紙が空中に現れて。
よく見ると、それは。
「契約書?」
「そうだよ。手に取って、読み上げるから」
そう言われ、上体を起こした私は、恐る恐る宙に浮いている契約書に手を伸ばしたのだった。




