穏やかな時間①
そして。
「えっと……、どうぞ」
「……!」
最後の料理が乗ったお皿をテーブルの上に置くと、カルディア……リディオ様が驚いたように尋ねる。
「これ、全部君が?」
「え、えぇ。材料はあなたが全て国王陛下に頼んでくれていたから、作ってみたの。お口に合えば良いのだけど」
そう口にした私に対し、リディオ様は……。
「え!?」
なぜか突然泣き出してしまったのだ。
慌ててハンカチを差し出すと、彼は「ごめん」とそれを受け取り、笑う。
「学園時代に君の弁当を見て美味しそうだなって思っていて。君の手料理を食べたいなと思っていたから、まさかこんな形で叶うとは思わなくて……」
「お、大袈裟、ではないかしら」
「大袈裟じゃないんだよ! 魔界封印の時に初めて知ったんだ、食料を用意できたとしても、誰一人料理が出来るものがいないことがどれだけ辛いかを……!」
そんなリディオ様の姿を見てハッとする。
(確かに、勇者一行って魔力が強い貴族で編成されるのよね。材料集めは魔法で何とかなるにしても、生活魔法の中に調理魔法なんてものはない……)
「そ、それは、大変だったわね」
「だろう!? それで思い知ったんだ、君があんなに綺麗なお弁当を毎日作って持ってきていたのは、相当大変だったのではないかと。
それに対して君の従妹は、毎日学食だったと友人から聞いていたし」
「……そうね」
視線を逸らして頷けば、彼は「やっぱり」と口にする。
リディオ様はコホンと咳払いすると、微笑んで言った。
「今日は君からの申し出でお言葉に甘えてしまったけれど、料理は俺が作るから。
ただでさえ使用人がいなくて苦労をかけてしまっているし、君にまた使用人代わりのようなことはさせられない」
確かに彼の言う通り、このお屋敷には私達以外の住人はいない。
彼の魅了体質もあり、女性の使用人は雇えないし、かといって男性の使用人を雇うのも、ということになり今のところ彼の魔法頼りになってしまっているのだ。
「で、でも、あなたにばかり頼ってしまって悪いわ。
私もただの居候ではなくお手伝いを」
「大丈夫、気にしないで。君が契約結婚を受け入れてくれただけで十分だよ。
それに、君には俺の魅了の呪いのせいでかなり不便にさせてしまうのだから、これ以上迷惑はかけられない」
「……」
迷惑だなんて思っていない。けれど、彼は些か私を優先し、気を遣いすぎているところがある。
(気を遣わないでと私に言ってくれたけれど、あなたの方が私に気を遣っていると思う)
……多分、今この状況で私が訴えても彼は取り合ってはくれないだろうから、一緒に住んでいくうちに少しずつルールを提示していこう。
そう決めると、彼に向かって口を開いた。
「とりあえず、冷めないうちにどうぞ」
そう促せば、彼は恐る恐るスプーンを手に取り、新鮮な野菜を入れたトマトスープに口を付ける。
リディオ様が最初に食べるのはスープなのね、とそんな些細なことでも知ることが出来たのを嬉しく思いながら、「どう?」と尋ねれば。
「……美味しい」
「本当?」
リディオ様は私には優しすぎるところがあるから……と少し疑い気味に尋ねれば、彼は満面の笑みで答えた。
「本当! 今まで食べたどんなものよりも美味しいよ!!」
「そ、それは言い過ぎでは……」
リディオ様は辺境伯家の一員だし、きっとお抱えの料理人が作った料理の方がずっとおいしくて豪華なものを食べていただろうからという意味で戸惑いながら言った私に、リディオ様は力説する。
「本当だって! 君も食べてみなよ、凄く美味しいよ!」
そう言われ、恐る恐る同じスープに口を付ける。
「ね、美味しいでしょう?」
リディオ様の言葉に、私は。
「……うん」
「!」
今度は涙が込み上げてきてしまって。
頬を伝い落ちていくのを申し訳なく思いながら、言い訳のように口にする。
「手料理を褒めてくれたのも凄く嬉しいけれど、何よりこうして机を囲って誰かと一緒にご飯を食べることが、本当に久しぶりで」
「……君のご両親である伯爵夫妻が亡くなって以来?」
小さく頷けば、彼は「そう」と手元に視線を落としてから顔を上げる。
「君のご両親のお墓はどこにある?」
「お墓はないの。だけど、思い出としての地ならあるわ」
そう告げると、リディオ様は「分かった」と頷き言った。
「明日、その場所に一緒に行こう。君と結婚したこと……、遅れてしまったけれど、君をお嫁さんにさせてくださいって、きちんと報告しに行きたい」
「!」
思いがけない言葉に目を瞬かせてから、涙交じりに頷く。
「えぇ、私も。あなたに必要とされたことを両親に報告したい。喜んでくれると思うから」
「……どうだろう、契約結婚なんてものを申し込んだ俺は怒られるんじゃないかな」
「ふふ、もしかしたらそうかも」
「え! やっぱり!?」
「嘘よ。私が望んだことだもの、賛成してくれると思うわ」
そう言って、二人でクスクスと笑い合いながら、一緒に食事を摂る穏やかな時間が過ぎていくのだった。
「君の部屋はここね」
そう言って案内されたのは、元々私が使っていたお部屋……、叔父家族がいた時には従妹に取られていたお部屋で。
「凄いわ。ベッドのシーツまで全て整えてくれたのね」
手を叩くと、彼は頬をかきながら言った。
「逆にベッドとか、まだこの部屋と浴室くらいしか整えてあげられていないし、服は整理してもらわないといけないんだけど」
「十分すぎるくらいだわ。今日来たばかりだというのに、あなたに何もかもやってもらってしまって」
「それ以上は禁止。俺も君もお互い様ってことで」
「でも」
「本当に大丈夫だから。とりあえず浴室へ行って風呂がきちんと湧いているか確かめてくるね」
「ありがとう……」
そういうと、リディオ様は踵を返して行ってしまう。
彼の言う通り、部屋の横には無数の箱が置いてあって。
「……って待って、これって全部私のものということよね?」
箱を開けてみると、確かに服に加え、下着やコルセット、アクセサリーまであって。
(ぜ、全部彼が頼んでおいてくれたということ?
私がろくに私物を持っていないせいで……)
しかもどれも素敵で思わずじっと見つめてしまっていると。
「気に入ってもらえた?」
「!」
反射的に顔を上げれば、リディオ様がいて。
彼は小さく笑って言った。
「ごめん、ノックはしたんだけど、返事がなかったから心配になって」
「こ、こちらこそごめんなさい……」
私の言葉に、彼は私の横にしゃがむと口にした。
「その謝罪は、返事をしなかったことに対してのものじゃないよね?」
「…………」
一つも私物を持っていないことへの恥ずかしさも相まって顔を上げられずにいると。
「アメリア」
「!」
名前を呼ばれ反射的に顔を上げれば、彼は笑う。
「ようやくこっちを向いてくれた」
「……っ」
「アメリア、本当に気にしなくて良いんだよ。
これは、俺がしたくてやってること。
服に関してもそう。俺にはよく分からなかったから、殆ど服飾屋に任せてしまっているけれど、これから買うドレスは君と一緒に考えたいと思う。
それに、俺としては凄く嬉しいよ。
だって、君を唯一着飾る役目があるのは、夫である俺ってことでしょう?」
「!?」
「あ、赤くなった」
リディオ様は本当に、私に甘すぎる。
だから、とてつもなく心臓に悪い……。
(それなら、私だって)
「では、用意してくれたドレスや装飾品以外の殆どもおまかせということね?」
「!?」
ドレスや装飾品以外、という私の意図に気付いたリディオ様は、ぶわっと顔を赤くし慌て出す。
「そ、それに関しては全部おまかせだよ!? な、何も、全然、その、分からなかったし……」
「……っ、ふふふ」
「……君、わざと言ったね?」
「だって、リディオ様が悪いもの」
この鼓動を高鳴らせるのは、翻弄させられてしまうは、あなただけなのだから。
そうしてクスクスと笑っている私に向かって、リディオ様が不意に口を開く。
「今夜、寝る支度を終えたら。君の部屋に来ても良い?」