二人の家②
お読みいただきありがとうございます!
明日からの連載は、夜21時に投稿いたします。
そうして一緒に屋敷の扉を開けた私達、だったけど……。
「「!?」」
開けた瞬間何ともいえない埃っぽい空気が一気に押し寄せてきて、慌てて家から距離を取り、二人で咽せる。
「っ、そ、掃除しないと、ですね……」
「あ、あぁ。想像以上に酷かった。
……やっぱり掃除してから君を迎えれば良かったよね!?」
焦ったようにそう口にするカルディア様を見て、思わず笑い声を上げる。
「あはははは!」
「!?」
驚いた様子のカルディア様を見て、さすがに今のははしたなかったかも、と恥ずかしくなってコホンと咳払いして言った。
「申し訳ございません、つい。あなたの反応を見ていたら、笑いが込み上げてきてしまって」
「……そっか!」
彼はパァッと顔を明るくさせ、にこにこと笑って言う。
「謝ることはないよ、むしろ今の君の方が可愛い」
「……へ!?」
「これからは俺と暮らすんだから、遠慮することはないよ。
今までの君は何かこう、無理している感じだったから。今の方がずっと良い。
俺の前では自然な、ありのままの君でいて。
俺はそんな君を見ていられることが一番幸せに思えるから」
「…………!!」
思いがけない言葉、彼の口から飛び出る爆弾発言に硬直してしまう。
それに対して彼は勘違いしたようで、慌てたように言葉を続けた。
「あれ!? ごめん、俺怒らせるようなこと言った!?
ご、語弊があったかな!? 前の君ももちろん可愛かったんだけど、今の君の方がふわっとしていて可愛いというか、笑顔も年相応な感じがして安心するというか!」
「も、もう大丈夫! 大丈夫だから……」
頬に一気に熱が集中するのが自分でも分かって、無意味に頬を押さえると。
「っ、ふふ、あははは!」
「!?」
今度は彼が笑うものだから驚いてしまって。
そんな私に、彼は改まったように言う。
「やっぱり俺、今が一番幸せかも」
「……へ!?」
「見ていて。君をまた笑顔にしてみせるから」
そう言うや否や、彼は瞼を閉じ屋敷に向かって手を翳す。
そして、その彼の手が光を帯びて……。
「……!?」
同時に、屋敷も光に包まれたかと思うと、窓という窓が全て開け放たれ、足元をどこからともなくふわりと風が撫でたのはほんの数十秒のこと。
そうして風が止み、全ての窓が閉じられると、屋敷を包んでいた光と彼の手が光を失って……。
「……こんなもんかな」
そう呟いた彼は、私を見てニッと悪戯っぽく笑ってみせる。
「とりあえず部屋の換気は全て終了。蜘蛛の巣も全て払えたはずだよ。虫もごめんだけど家から出て行ってもらった。
どう? 俺の魔法、初めてみせたと思うけどご感想は?」
「……ごい」
「え?」
驚く彼に向かって興奮冷めやらぬ状態で口にした。
「こんなに大きな魔法、学園でも見たことないわ! しかもあなた呪文を唱えていなかったわよね!?」
「う、うん」
「凄いわ! それに今使ったのは風魔法だけではないわよね!? 一つの魔法を使うだけでも大変なのに複数の魔法を同時に、しかも無詠唱なんて……、格好良すぎる!
私、自慢ではないけれどあまり魔法は得意じゃないから尊敬するわ!
これが世界を救った勇者様の力……!」
感極まり、手を握り締め力説する私に、彼は褒められたことが恥ずかしかったのか頬を赤らめ尋ねる。
「ほ、本当に? 俺、格好良い?」
「えぇ、とっても!」
「!! そ、そう、それは、よかった……」
今度こそ顔を真っ赤にさせる彼を見て、私はそわそわとして尋ねた。
「ね、ねえ、屋敷の中を見てみても良い? どうなったのか見てみたい」
「う、うん、もちろん」
「やった!」
私は両手を挙げると、思い立って彼の手を引き口にする。
「では、私はあなたに屋敷の中を案内するわね!」
「よ、よろしく」
「任せて!」
流行る気持ちのまま屋敷に向かい小走りに駆け出す私を見て、彼が呟く。
「……君こそ可愛すぎる」
そんな彼の言葉は、浮かれている私の耳に届くことはなく。
(……そういえば私、興奮しすぎてつい敬語を外してしまっていたわ)
さすがに礼儀が欠けていたわね、と全て部屋を案内し終えた私は彼に向かって言った。
「これで全て案内は終わりました。ですが、大型家具以外はやはりというべきか一切物が置かれていないようなので、お部屋の家具の配置などはあなたに決めていただけたらと思います……、何ですか?」
何だか私を見つめる視線を感じ、戸惑いながらも尋ねれば、彼は口を開いた。
「敬語。さっきみたいに取らないの?」
「っ、さ、先程は、その……、興奮のあまり忘れてしまって。申し訳ございませんでした」
「違う、怒っているんじゃないよ。ただ、俺はさっきも言ったと思うけど、飾らない君でいてほしいなと思って。
敬語を使わないときの方が君の素のように感じて」
「ですが私、もう伯爵令嬢ですらありませんし、あなたは勇者様であり今では伯爵位を叙爵する貴族で」
「待って、そんなことを気にしていたの? 俺達契約といえど、その……結婚する仲なのに?」
結婚。
改めて告げられたその単語に思わず目を瞬かせる。
(そうよね、契約とはいえ私達結婚するんだったわ)
「……確かに、不自然ですね」
「不自然ではないと思うけど、硬い感じはするかな。
それに、俺は君に遠慮してほしくないから俺に気を遣って敬語を使う必要はないよ。
同じ歳なんだし、普通に君の素を見せてくれたら嬉しいな」
その言葉を聞いて改めて思う。
(カルディア様はどこまでも優しすぎる)
そんなあなたに、甘えてしまっても良いのかしら。
でも、それが彼の望みだからと意を決して口を開く。
「カルディアさ……、いえ、リディオ様」
「!」
初めて名前を呼び、笑みを浮かべて口にする。
「お言葉に甘えて、これからはそう呼ばせてもらうわね」
「……っ」
「……リディオ様?」
何も言わない彼の顔を覗き込んで首を傾げれば、彼は目元を押さえて呻くように言う。
「ちょ、ちょっと待って、意外に、破壊力が、凄い……」
何を言っているのか分からないけど。
「……敬語に戻します?」
「い、いや! 大丈夫!! 慣れれば! 多分!」
「多分……。変なリディオ様」
クスクスと笑ってしまえば、彼は顔を赤くし慌てたように言う。
「だ、誰か来た!!」
「え?」
耳を澄ませてみたけれど、何も聞こえない。
首を傾げた私に、彼はあぁ、とまだ赤い顔で説明してくれる。
「俺、魔力以外にも人の気配とか察知するのが得意で。魔物とか、そういうのもすぐ見つけられるんだ」
「凄い……」
思わず呟いた私の耳にも、馬の嘶きが聞こえてきた。
複数台の馬車ということは、国王陛下に彼が頼んでいたものが運ばれてきたのだろう。
でも、何を頼んだのだろうか、尋ねようとした私に彼は慌てたように言う。
「ちょ、ちょっと俺行ってくるね!!」
「え!? わ、私も」
「大丈夫! 疲れただろうから君はゆっくり久しぶりの自分の家を見ていて!!」
「あっ……、い、行ってしまった」
『自分の家を見ていて!!』
照れていたのか、焦ったようにそう口走っていたけれど。
(そうやって私を思いやる言葉がすぐに出てくるのが、彼が性根から優しい何よりの証拠、なのよね。好きだなあ)
そんなことを思ってしまってからハッとする。
(違う違う違う、彼が望んだのは契約結婚!
……といっても、まだ契約内容を提示されていないしよく分かっていないのだけど。
それに、契約ということは、私のことを好きで選んだのではなく、困って私しか頼れなかったから選んでくれた、のよね)
勘違いしてはいけない。
彼と私とでは、本来住む世界が違う人、なのだから。
そう自分に言い聞かせ、再び抱きそうになっていた淡い感情にもう一度蓋をしたのだった。




