絶望の中の光①
新作連載開始いたします。
楽しんでお読みいただけたら嬉しいです。
「アメリア」
艶やかな金色の髪を持ち、同色の瞳に私を映し名を呼んだ彼は、常に男女問わず人集りが出来ていた人気者であり、辺境伯家子息だけでなく今では魔界を封印した勇者という肩書きまで持っている……とは思えないほどに緊張した面持ちで告げた。
「呪われている俺と、契約結婚してくれませんか?」
「…………はい?」
自分がまさか、波瀾万丈な人生を歩むことになろうとは夢にも思わなかった。
両親がいて、婚約者がいて。
心から許せる友人は今思えばいなかったかもしれないけれど、それでも少なからず友人がいて、伯爵家の一人娘として至極真っ当に生きてきたつもりだった。
だけど、その頃の私は幸福な人生を歩んでいたのだと思わされる時は、突如としてやってきた。
それは、両親が事故に遭い亡くなってから。
貴族が通う魔法学園に入学が決まってからの両親の突然の事故死に、打ちのめされる間もなく屋敷に移住してきたのは、父の弟にあたる叔父家族。
今思えば、これが我が家が破滅の一途を辿る原因となったことは言うまでもないだろう。
彼らはあろうことか、私の両親が長年かけて積み上げてきた領民からの信頼、先祖代々大切に受け継がれてきた財産等それら全てを悉く破壊し、食い潰していったのだ。
表向きは羽振りが良く気立ての良い伯爵の仮面を被り、裏では私に散々当たり散らし、領民が必死になって働いた決して多くないお金を巻き上げ、私服を肥やす。
贅沢の限りを尽くす彼らに耐えきれず声を上げた瞬間、彼らは私の部屋を学園に必要なもの以外は全て取り上げ、新しく与えられた部屋は、当時既に半数以上が耐えきれず辞めていった使用人の空き部屋が私の部屋となった。
代わりに、両親が存命だった頃の私の居場所は、叔父の娘であり今は妹という名目のキャロラインのものとなった。
こうして、彼らの振る舞いは衰退するどころか更に加速する。
領民には重税を、自分達に至っては脱税し、金の亡者と化す。
屋敷の中にあった伯爵家の財産であり両親の形見は日に日に数を減らし、ついに物だけではなく使用人も誰一人としていなくなってしまったのだった。
そうして必然的に回ってきた使用人の役目を私一人に押し付ける一方、彼らは世間体を保ちたいがためだけに私に夜会には顔を出すようにと、流行遅れで趣味の悪いキャロラインからのお古を着させられ、婚約者の嫌そうなエスコートを受ける。
そんなウンザリする状況下で向かった学園主催の夜会の場で、私は初めて彼と出会った。
「……はぁ」
月明かりに照らされた庭園という、側から見たら幻想的な空間に似つかわしくないため息を吐く。
今宵の夜会にはお父様と仲の良かった国王陛下がお招きされているからと、国王陛下に媚を売る叔父様を見ていられず、会場から出て来てしまった。
(ファーストダンスも踊ることなく婚約者様はどこぞの従妹の元へ行って。私はというと流行遅れの従妹のお古にゴテゴテと趣味の悪いアクセサリーを身につけさせられて。嘲笑されるために来させられているだけ)
また彼らはそういう頭だけは働くようで、私が好んでこういう服を着ていると吹聴しているらしい。
両親の死で頭がおかしくなった私、という設定だそうだ。
「本当、反吐が出る」
吐き捨てたところでスッキリするわけもなく、人目につかない庭の木陰を選び、はしたないと分かっているけれど地べたに座り膝を抱える。
(……もう、誰にも会いたくない)
今夜はここでやり過ごそうと、心に決めたその時。
不意にガサガサと目の前の茂みが揺れ、姿を現したのは。
「「!?」」
月明かりに輝く、まるで月と同じ光を宿したきらめく髪と瞳を持つ、一際目を引く男性の姿で。
驚く私と同様、彼も目を見開きその場で固まった間もなく。
「リディオ様〜? どちらにいらっしゃいますの〜?」
リディオ様、という名が目の前の男性のものだと気が付いたのと、彼が私との距離を一気に詰め、あろうことか私の口を手で塞いだのは同時で。
「!?」
ふわりと鼻をくすぐった彼の甘い香水の香りに目を瞬かせた私に、彼は声を顰め自身の口元に指先を当てて言った。
「シーッ。少しの間だけ匿って」
匿って、という意味が女性からだということに気が付いた瞬間、彼を軽蔑の眼差しで見やる。
少しして女性の声と足音が遠ざかっていたことでようやく彼は私を解放し、慌てたように言った。
「ごめんね、急に驚かせてしまって。君のおかげで助かったよ。
あの子、悪い子ではないんだけど少々思い込みが激しくて」
「自業自得ではありませんか」
「えっ?」
思わず漏れ出た乾いた本音に、彼だけでなく自分でも驚くけど、ようやく一人でいられる場所を見つけたところに、よりにもよって嫌いな部類の男性に邪魔されたことに怒りが治まらなかった。
いつもだったら冷静でいられるのに、タイミングが悪く目の前のお方が現れるものだから。
私の口からは彼を咎める言葉が次々に飛び出て来てしまうのだ。
「リディオ・カルディア様。あなた様の振る舞いは、傍から見ていて軽率に思えます」