初戦闘
町の外での採取活動もルーティンになってきた。
モンスターを見つけると木の上に登ったり、ルートを迂回したり、ひたすら気配を遮断してやり過ごしてきたが、今日は運の悪いことに、フォレストウルフの群れに行き当たってしまった。
気配は察知出来ていたが、移動スピードが早く、のんびりと薬草を採取しているとあっという間に取り囲まれてしまったのだ。
15頭前後のパックでは、囲まれてしまうと手も足も出ないが、かといって逃げられるとも思えないし、一戦戦って相手に強いと思わせ、引き分けにする必要がある。
こちらの手数は、剣鉈、鉈、水魔法の3つしかない。
ここはやっぱり水魔法だろうか。
この一発にありったけの魔力を込めて、手前にいる狼に向けてウォーターアローをぶちかます。
動きを計算に入れるのが難しかったので、MPの2割を追尾機能に振り、残りをすべて威力に割り振った。
INTはそんなに高くないが、MPの限りを尽くしただけあって、手前の狼がキャインと声を上げて倒れていく。
周りを取り囲んでいた狼達も警戒を緩めない。
動物やモンスターに対して威嚇するには、大きな声を出し、自分を大きく見せることが重要だと言う。
馬鹿らしいとは思うけど、出し得る限りの大声で唸り声を上げ、剣鉈をブンブン振り回して威嚇してみた。
「うらあああああああ、ぐぅおおおおおおおう!!!!」
と自分の声とは思えない程の声を出し、必死に剣鉈を振り回していると、リーダーらしき狼が鼻白んだかのような表情を見せ、群れは去っていった。
傷を負った狼も群れを追いかけていった。
あの傷でどうやって動くのかと思ったが、そこが動物とモンスターの違いかもしれない。
手負いの獣が一瞬寄越した視線には、将来の再戦の兆しがあった。
狼の気配が射程圏から遠くなっていくと、足の力が抜けてへなへなと座り込んでしまった。
こんなところでゆっくりしている場合ではないので、手早く薬草を集めると今日はサッサと帰ることにした。
帰りも警戒しつつ、歩きながら考えをまとめる。
今まで逃走や回避に注力してきたが、それでもどうしても戦わなくてはいけない機会はやってくる。
フォレストウルフは自分よりも素早さが高く、簡単に回避したり逃げ切れるとは思えない。
そういった時の為に、ある程度戦える能力を身につける必要がある。
未だに自分はLv.1のままだ。
まずはレベルアップを図らないといけない。
剣も魔法も中途半端だが、自分が生き残る為には、この2つを駆使するしかない。
苦渋の決断だが、30ポイントで並列処理を、それぞれ5ポイントずつで土魔法・風魔法・詠唱短縮(微)を、3ポイントで魔力操作を取得した。
そもそも自分にはプレイヤースキルもないので、回避も攻撃も失敗する恐れがある。
魔法はMPはかかるが、追尾機能を付けて確実に当てることが出来る。
但し、魔法つかいタイプではないので、威力は低い。
魔法で隙を作り、剣鉈で攻撃するーこれが現時点での最適解であろう。
その為に、並列処理を取った。
並列処理は魔法の詠唱と物理行動を並行して行えるようになるスキルだ。
いわゆる魔法剣士型を可能にするスキル。
今の状況ではとても魔法剣士なんて名乗れないが、手数を増やすにはこれしかないと思ってこのスキルに賭けた。
土魔法はLv.1だと使えるのはソイルという土を出現させる魔法のみだが、Lv.2になるとストーンアローが、Lv.3になるとストーンウォールが使えようになる。
ソイルと水魔法のウォーターを組み合わせると、足場をスピードが遅くなるデバフ発生装置に変えられる。
風魔法もLv.1だと風を吹かせるウィンドしか使えないが、Lv.2でウィンドアローが、Lv.3で相手方に攻撃を押し返す効果(但し重量のある攻撃は押し返せない)のあるウィンドウォールが使える。
詠唱短縮はキャストタイム、リキャストタイムの減少効果があるが、(微)とついているので効果は僅かだ。
ただ、育てるに値するスキルなので早めに育てたい。
魔力操作は消費MPの軽減と、魔法の追尾機能向上の効果がある。
どれも一撃必殺の効果はないが、組み合わせれば威力を発揮するだろう。
まずはレベル上げだ。
そもそも森は適正レベル帯ではなかったので、明日からは平原でモンスター狩りだ。
採取は一時休止。
平原にいるホーンラビットがレベルも低く数が多いのでちょうどいいだろう。
ヤズイはもともとプレイヤーが少ないが、その中でも初心者は自分くらいなものなので、ホーンラビットは狩り放題でも気にしなくていい。
ちなみに土魔法と風魔法のレベル上げだが、堆肥づくりにソイルを活用している。
落ち葉を入れてはソイルで土を被せ、生ゴミを入れてはソイルで土を被せる。
ウィンドは洗濯物を乾かすのに便利だ。
あと、子供達との遊びに取り入れるとめちゃくちゃ好評なことがわかった。
翌日午後、意気込んで平原に向かう。
フォレストウルフもこの平原は生息地域であるが、専ら夜間に出没するらしい。
昼間の平原はホーンラビットが一番多い。
すぐに引っかかった気配を頼りに進むと、案の定ホーンラビットがいた。
向こうもすぐさま戦闘態勢に入る。
何度か攻撃を交わしながら攻撃モーションやバリエーションを確認する。
ホーンラビットは低レベル帯のモンスターらしく、ジャンプと突進が特徴のあまり攻撃バリエーションがないタイプのモンスターだ。
素早いのと跳躍力があるので、油断していると痛い目に遭う。
まずは剣鉈を振りかぶってみるが、素早いので当てるのはなかなか難しい。
次に威力を最小にしたウォーターアローをホーンラビットの目にぶつけ、生じた隙を活かして首元に体重をかけて剣鉈を突き入れる。
これは上手くいった。
解体は一旦後回しにし、倒したホーンラビットをインベントリに入れて(死体はインベントリに入れることが出来る)、次なるホーンラビットに狙いを定める。
しばらくこのウォーターアロー+剣鉈戦法で戦っていると、レベルが上がった!
STRやAGIなどの、どのステータス項目が上がったかはマスクデータなので確認することは出来ないが、HP・MP・EPはそれぞれ増加している。
そしてレベルが一つ上がるとスキルポイントが2ポイント付与されるのが味噌だ。
その2ポイントでMP上昇(微)を取得する。
慣れてくると、今度はソイル+ウォーターで隙を作り、剣鉈で突きを入れる戦法に変えていった。
十数羽以上倒していると、またしてもレベルが上がった。
今度のスキルポイントは1ポイントを体幹の取得に費やし、もう1ポイントを残しておく。
体幹は泥だらけの地面に足を取られないようにする為だ。
相手へのデバフが自分にもデバフになったら話にならない。
更に数十羽倒して余裕が出てくると、ホーンラビットの突進を利用して剣鉈で切り払うカウンター戦法に切り替えた。
プレイヤースキルが低いのを実践の数で克服しようという試みだ。
一撃で仕留められるようになるまで時間はかかったが、なんとか出来るようになってきた。
効率も上がってサクサク倒せるようになり、また一つレベルが上がった。
今度は2ポイント使ってMP自然回復(微)を取得する。
時間になったので切り上げて冒険者ギルドの解体所に向かい、料金を払って場所を貸してもらう。
ひたすらホーンラビットを解体しまくる。
無心である。
気がついたら子供達が帰ってくる時間だったので、慌てて解体したホーンラビットの毛皮と肉、角、魔石をギルドで売り払う。
孤児院分の肉は確保しておいた。
まだホーンラビットの死骸がインベントリに入っているが、それは明日にすることにした。
フライフィッシングにいいと聞いたので、少量ホーンラビットの毛皮は手元に残してある。
それからは1日おきに平原でのホーンラビット狩りと解体を繰り返し、Lv.5になった。
そろそろホーンラビットではレベルも上がりにくくなってきた。
そんな時だ、あのウサギに出会ったのは。
ヒュン、と音がしたと思ったら、頬に痛みが走った。
慌てて影を追い攻撃していった物体を確かめると、やたら大きいホーンラビットがいた。
すぐさま身構える。
ウォーターアロー+剣鉈戦法でいってみるが、最小MPのウォーターアロー程度では目潰しにもならないらしい。
ものともせずこちらに駆けてくる。
そのスピードも規格外だ。
フォレストウルフよりも素早い。
頭上に出ているHPバーはなんと2本。
分析スキルによると、あのウサギはグラッジホーンラビットというらしい。
素早い動きに翻弄され、こちらが攻撃に転じられない。
なんとか角攻撃と爪攻撃を躱していたが、横切りざまの後ろ脚キックはもろに喰らってしまった。
慌ててポーションを被りつつ、辺り一面にソイルを出現させ、ウォーターでドロドロにしていく。
グラッジホーンラビットはその美しい毛皮を泥で汚しつつ跳ね回るが、何回かに1回スリップが入る。
その隙を狙って体を使って助走と共に剣鉈を突き入れる。
この繰り返し。
泥が乾いてきたらまたウォーターでグチャグチャにして足場を悪くする。
文字通りの泥仕合だ。
何も美しくない。
華麗なプレイヤースキルなぞない中で愚直に剣鉈を突き刺し、引き抜く。
どっちの体力が保つかの根比べの様相を呈してくる。
しかし、ホーンラビットで練習していたカウンターアタックがここにきて真価を発揮した。
突進に合わせて斬りつけ、後ろ脚キックに合わせて薙払う。
こちらの方が攻撃回数も増え、当たるようになってきた。
グラッジホーンラビットのHPバーも1本になった。
時折威力を込めたウォーターアローで目潰しを行い、ダウンを取って攻撃する。
HPが残り少なくなってくるとそのスピードが増加した。
一発喰らうとこちらのHPをほぼ持っていかれる。
慌ててポーションをかけるが、ダメージといたちごっこだ。
ポーションは作成者が使う分にはクーリングタイムが存在しない。
自らが作ったポーションをガバガバ使いながら、なんとか耐えていく。
まだHPが低いので、1本で全回復するのが幸いだ。
体力勝負ならこちらも負けない。
何本目かのポーションを被った後、そのウサギは大きく足を滑らせた。
すかさずグラッジホーンラビットに駆け寄り、喉に全体重を掛けて剣鉈を突き刺す。
それが勝負の決め手になった。
迸る返り血を浴びながらよろよろと立っていると、孤児院に帰る時刻を告げるアラーム音が聞こえてきた。
アラームを止めようとして気づく。
スヌーズ機能に変わっていたことに。
そうすると自分はアラームに気づかない程、戦いに集中していたというわけか。
そして2時間近く戦っていたことになる。
なんとか冒険者ギルドまで戻り、盥から水をバッシャと浴びて血を洗い流し、孤児院へと帰った。
シスターアンナに詫びを入れ、今夜の夕食の手伝いが出来なさそうな旨を伝えるとそのまま自室に引き揚げ、意識を投げ出すようにログアウトした。