蚤の市
見習い写字生修行は相変わらず続いているのだが、練習の成果がはっきりと見えるようになってきたのでモチベも維持どころか上がってきている。
今は博物画の練習フェーズに入ってきている。
鉱物とか動物とかも描けるようにならないといけないので、道は果てしなく続いているが、植物画に専念しているところだ。
工房は基本的には写字と画家は分担制になっていて、タリさんだけでなく、画家のビラーさんにも師事し始めた。
彼は博物画ではなく細密画の担当だが、色々とアドバイスをくれるので有難い。
気持ちにも余裕が出来てきて、リュートの練習も捗っている。
子供達と遊ぶ時にリュートの弾き語りと浮遊は欠かせなくなってきた。
造園にあたって、初めて園芸家ギルドにも行ってみた。
今まで園芸家ギルドがあるような土地にいたことがなかったのでちょっと身構えて入ったが、中には恰幅のよい身綺麗な青年がいて、苗や種についてあれこれ相談にのってくれた。
秋は種を蒔いたり苗を植えたりする絶好の季節なのだ。
育種についても力を入れているらしく、何か新しい品種を生み出したら是非登録してくださいと熱弁された。
ギルドのランクアップは簡単で、いかに庭を美しく整えるか、あるいは品種開発に成功するかで上昇していくようだ。
ある程度庭に自信が出てきたら、オープンガーデンに参加してそこでの評価もランクアップに影響する。
教会にいる見習い写字生だとバレると、是非植物図鑑を完成して欲しいと頼みこまれてしまった。
育種はともかく、結構楽しそうな仕組みのギルドだったので、庭作りにも気合が入る。
造園できる範囲は裏庭や孤児院の左側、および納屋周りなので一般の人が立ち入らないゾーンだが、いつかオープンガーデンをやれるくらいにはなってみたい。
うん、どう考えてもティルファに長期滞在するコースだな。
またもや運営イベントの時期がやってくると、やっさんから一緒にパーティを組んで挑戦しないかという申し出があった。
秋のイベントはレイドボス戦もあるけれど、それ以外にも百鬼夜行の選択肢もある。
これは日本のお化け・妖怪のみならず、世界のゾンビ・お化けなどを集めた内容になっていて、なるべくハロウィーン色を消しつつ、スプーキー祭り、つまりはおどろおどろしい空気は保って楽しめるようになっている。
百鬼夜行の方で遊ばないかということだった。
秋のイベントは今まで参加したことはなかったが、神聖魔法を習熟した今となっては稼ぎ時の匂いしかしない。
おもむろにやっさんに神聖魔法が使えることを申告すると、ものすごい驚愕していた。
まあ、そうだよね、時空魔法持っている人よりもさらにレアだもんな。
やっさんは興奮した様子で、一番難しいティアーにしようと息巻いていた。
やっさんの職業は吟遊詩人。手持ちの楽器を奏でてバフをかける補助職だ。
吟遊詩人の職業固有スキルを伸ばしていくと、全体化というスキルを覚えるらしい。
これは単体魔法を範囲魔法に変えてくれたり、単体のバフをパーティ全員へのバフに変える超お得スキルだ。
戦闘が出来ない代わりに一生懸命スキルを鍛えたと言っていた。
これで単体魔法のホーリーレイとか浄化とかが範囲魔法に!
まあ、お約束としてクールタイムは長いみたいだけど。
百鬼夜行にぴったりじゃないか。
とは言ってもただ妖怪がぞろぞろと行進してくるわけでなく、索敵能力を駆使してこちらが発見して各個撃破していかないといけないらしい。
まあ、こういう時の為のLUKと発見スキルだ。ぜひ活躍して欲しい。
と、いうわけで、やってまいりました、イベント当日。
インスタンスエリアに飛ぶ前の、やっさんの顔が笑えた。なんかすごい顔してた。
武者震いっていうのかな?むふーっていう表情と、やるぞーっていう意気と、これはただ事ではない、という覚悟で、色々ひっくるめてやっさんは顔面がヤバイことになっていた。
あれはスクショ撮っておくべきたった。
インスタンスエリアに無事入れて、さあ神聖魔法の出番だ、となったとき、そういえば話してなかったなと思って、アンデッドでも浄化すると喋るんだよ、と伝えてみるとやっさんの顔が更に面白くなってなんともいえない表情をしていた。
は?とあんたがそう言うなら…の混じった絶妙な表情だ。
ものは試とばかりにまずは見つけた一体に向けて、浄化をかけてみる。
するとゾンビはおもむろに喋り出した。
「弊社爆発しろ。」
それだけを言い残して。
ほらね、と後ろを振り返ってみると、俄然やる気に火がついたやっさんが、ホーリーレイ禁止!と宣告した。
次!と言われて次なるターゲットを探すべく気配察知を発動させると手ごたえがあり、またもや浄化を唱える。
夜叉髑髏は急にいかにアイドルが健康によいのかを語り始めた。アイドルは癌にも効く、といって真面目に機序を滔々と話す。しばらく呆然と聞いていると、ご清聴ありがとうございましたと言って空中に消えていった。
なんなんだ、ここは。
混乱したまま、次と言われてちょっと開けたところに出ると、気配察知に複数反応があったので、やっさんに全体化をお願いしてまたもや浄化を唱えてみた。
するとそれぞれが一気に語り出したので聖徳太子状態になったけど、皆職場環境への不満だとか、好きなものを語ったり、それぞれがそれぞれのことを話していたが、とにかく一様に疲れている、ということはわかった。
どうやら開発陣の愚痴みたいなのを聞いているらしい。
とりあえず、ログを確認して各々が何を言っているのか確認した。
やっさんが、この仕組みは何かありそうだからやっぱりホーリーレイ禁止、と宣ったので、そういうことになったのだが、クールタイムよりも早く敵が現れることもあり、きゃーとかぎゃーとか叫びながら逃げ回ることになった。
淡々と浄化をかけて敵を倒していく、というのが理想だったけど、そんなことも言っていられない。
逃げて逃げて逃げて浄化をかけまくる、というのが正しい。
それもこれもやっさんが最高レベルティアーにしようとか言ったせいだ。
なんやかんやあって、詠唱短縮のスキルのレベルが上がった。
どうせ一発で倒れないので、ホーリーレイを唱えながら浄化をかけまくっているが、ホーリーレイ一発の威力がすごい。なんかそう言えば、色々マシマシになって神聖魔法の威力すごいことになってそうだったからなー。
やっさんも最初は言葉を失っていたが、今ではいけー!そこー!ホーリーレイ!!と大声で叫んでいる。
あんまり目立つんじゃないよ。
そんなわけで、最後の敵はホーリーレイ3発と、浄化でいけた。
背骨と肋骨と頭部と腕と手だけの3mもある巨大髑髏は肋骨の中に大量の悪鬼を隠し持っていて厄介だったが、それも終わったのだ。
案の定巨大髑髏は喋ったが、それはここまでの皆の話を聞いてくれてどうもありがとう、というなんともほのぼのとした話だった。
そして巨大髑髏はそこでお二人にプレゼントがございます、と言ってなんかよくわからないインスタンスエリアに連れていかれた。
そこにあったのはいかにも手作り感満載の紙花や風船で、おめでとう!と書いてある横断幕が張ってある。
なんぞ?という顔をして二人で周囲を見回していると、ここは急遽突貫で作ったんであんまり見ないでください、と巨大髑髏が喋り、お二人にこのギミックを初めて解いたということでプレゼントを渡したいと思います、と急に声を張って話し始めた。
なんでも戦闘時に使った能力をプラスするプレゼント、らしい。
「じゃーん、第一位は!MND、マインドの能力です!」
と髑髏が明るく盛り上げるものの、我々の反応は、知ってた、だけである。
MND以外を一番使ってたら問題がある。
「第二位は!AGE、アジリティです!」
おお、逃げまくっていたからかな。
やっさんはプラス幅がどういうものかわからないなりに喜んでいる。
MNDもAGEもバードやっていたらあんまり伸びないらしい。
まあ貰って困るものでもないしな。AGEは欲しい。
そんなわけで有難く貰っておくとしよう。
「第三位は!LUK、ラックです!」
なんで?
探すのに使っていたとか?でも戦闘で使用していた、とは違くないか?
とお互い?の顔をしていたら、巨大髑髏がクリティカルですよ!クリティカル!と慌てたように我々に向かって手をバタバタさせる。手っていうか骨だけど。
攻撃時にクリティカルが出るのはわかるけど、浄化の時にクリティカル出てもしょうがなくね?という心中をほったらかして、巨大髑髏は嬉しそうにわーと手を叩く。
もういい加減この巨大髑髏がナビゲートするのやめませんかね。
やっさんも釣られてわーいと手をパチパチ叩いている。
バードは比較的他の職種よりもLUKが高めに設定されているけれど、今まであまり上乗せされるような特典をもらったことがないらしい。
まあ、やっさんが嬉しいならいいか。
「じゃあ、私はここまでですから。」
と巨大髑髏は言い置いて、消えた。
すると別のインスタンスエリアに移動していて、完全攻略された方へのプレゼントという文字が書かれたカタログを自分が握っていることに気づいた。
「戻ってきたってこと?」
「みたい…だね」
多分あそこは浄化で攻略する人が現れるとは思っておらず、慌てて作ったスペースに見える。
とりあえず手の中のカタログをパラパラと二人で眺め、お目当ての賞品はすぐさま決まった。
二人で共通のものしか選べないが、二人とも迷う暇はなかった。
「インベントリ増加、250枠で!」
この後、イベントランキングの発表が後日あってその時にまたイベントポイントが発生しプレゼントを選ぶ形になるだろうが、とりあえずはここで秋の百鬼夜行はおしまい。
なかなか面白いイベントだった。
やっさんは秋のイベントにはダッサイだな、と一人頷いている。
まあ、その認識は間違いではない。
ではないが…なんかやっさんが言っていると何かのフラグのような気もする。
後日、当然というかなんというかイベントランキングで1位を取ってしまったので、只今カタログとにらめっこしているところです。
やっさんは49位だったが、二桁台!ととても喜んでいた。
うーん…色々悩む。
イベント限定の庭の置物とか草花とか、秋のお月見セットとか、薄気味悪いインテリアとか、はたまた攻略には欠かせないアイテムとか、能力を伸ばす系のアイテムとか。
でもやっぱりこれかなあ…。
スキルレベルをアップさせるアイテム。
これを5つ取るともうイベントポイントがすっからかんになるのだが、やはりこれは取るべきなのだろう。ううむ。
流石にスキルレベルを1つ上げることが出来るアイテムはイベントポイントの交換レートが高い。
けれどまあ、変な割り方になるわけではなくもらったイベントポイントを余すことなく使える為、結局このアイテムを5個貰うことにした。
そして。
こうなった。
燦然と輝く時空魔法レベル7の文字。
まあ、レベル7以降のスキル経験値の要求が半端ないんだけど。
それでも、一番このスキルが伸びにくいわけで…。コツコツとやっさんとの通話で貯めていくにも先の長い話だったから、ちょっとでもショートカット出来るならよかった。
また元の植物画に没頭する毎日に戻った。
いつものルーティンの中でも、子供達と触れ合う時間は癒しでもある。
リーダー格の子供はオーデ、という。
自分にべったりなのはサルファ。
ちょっとツンな感じなのはトーリ。
そんな感じで子供が20人ほどいるのだ。
大所帯である。
当然自分の取り合いも発生する。モテて嬉しいのやら、だ。
浮遊が面白いらしく、浮遊を使ってはエンドレス抱っこが待っている。
次、ぼくの番!、あたしの番!で終わりがない。
それを20人分…。
別の疲れが来たところで、また写字生としての特訓が待っている。
ところでついに、薬草の本の写本と原本の修復に乗り出した。
セージやラベンダーなどのメジャーな植物から、ヨウシュトリカブト、クリスマスローズまでなんでもござれだ。
そして何故かマンドレイクがある。
いや、昔の薬草の本にはそういう項目があっても不思議ではない。
でもこれはゲーム。
なんか嫌な予感がする。
マンドレイク…。採取できるのだろうか?
そんなある日曜日、午後になってリュートの練習に行こうとしていたところ、なんだか街がウキウキしているのに気づいた。
なんでも蚤の市をやっているという。
自分も浮足だって、やっさんにちょっと遅れる旨を連絡してから、いそいそと蚤の市へと繰り出した。
骨董品のティーセットから、手作りのセーターまで、所せましと並べられているのを横目に練り歩くのは単純に楽しい。
稀覯本もあった。お値段がかわいくなかった。
そんな中、昔ながらの革の本を売っているところがあった。
思わず吸い込まれるようにそのコーナーに寄っていき色々と物色していると、中身が白紙の本があった。
これは何か店主に聞くと、それは妖精の本という謂れのある一品だという。
なんでも妖精が現れると信じられている本、ということだったが、店主は出会ったことがないという。
値段も妖精の本と信じられているにしては安い。
ただの白紙の本と捉えるとお高い。
迷ったが、写字の練習とか、ノートとして捉えれば高いけどまあいいかと思い購入することにした。
その後も方々を見て回ったりして時間をかけ、慌ててやっさんのところに走った。
やっさんに走ってきたことを笑われてリュートの練習をし、夕食を食べ、ようやく自室に戻ったところで恐る恐る白紙の本を開いてみる。
なんということはない、ただの白紙だったので妙に気が抜けたというか、ですよねーという気分で何に使おうか思案していると、外から名前を呼ばれ、はーいと返事をする。
ユニ樹にMPを譲与する時間ということで慌てて席を立つと、手元の紅茶を白紙の本に零してしまった。
慌てて大まかに拭い、外に出て、MPに余力のある神父さん達と合流する。
無事ユニ樹に譲与し終わって部屋に戻ると、会ったこともない妖精が部屋にいたのだった。
白紙の本の上にふんぞり返って。