見習い修行
ログインすると深夜だったので、ユニ樹にMPを分け与える為にもそもそと動き出す。
ヤズイやカアウのユニ樹に比べて遥かに立派な枝ぶり、幹の太さだが、それでも毎日のMP譲与は足りていないというのがすごい。最終的にどこまで成長するんだろう。
ティルファは芸術都市であるので神父さま達は必然と芸術家や芸術家の卵などのメンタルヘルスのケアをしているそうで、大忙しらしい。
うん、芸術家ってなかなか難しそうだしな。
しかも芸術家の卵はお金をあまり持っていないので、持ち出しの部分も多く、MP的にも金銭的にもユニ樹に人材を回す余裕はないとのこと。
納屋に戻ってきて、久しぶりに調薬をすることにした。
旅で手に入れた様々な素材をゴリゴリと薬研で擂り潰したりなんだりして一通り作り終えると朝日が小屋を照らしていた。
珍しい素材は勿体ないので使わず、いつものラインナップで薬を作ってしまっていたあたり貧乏性かもしれない。
子供の頃遊んだRPGでも万能薬とかエリクサーとかは最後まで余らせているタイプだったなあ。
朝食の時間までまだ少しあったので薬草園や菜園も見て回ると、そちらも種類が充実していて手入れの行き届いた素晴らしい状態だった。
しかも野菜の種類などによってスプリンクラーを設置しているので、水分量の調節も便利そうだ。
大きい街だとこんなにも違うのか、と思いつつ見学する。
まだ許可は得ていないので、菜園には触らないでおいた。
そのうち家事補助の信徒のおばさんがやってきて、朝食を作り始めるというので手伝うと申し出るととても喜んでくれたので一緒に朝ごはんを作る。
色々とこの街や修道院について話してくれるので助かった。
修道院の神父さま達も起きてきて、朝食の準備はいらないとわかると口々に礼を言い、そのまま礼拝堂に向かっていった。
朝の聖務日課後、ぞろぞろと戻ってきた神父達は食堂を軽く掃除し配膳してくれたのでありがたかった。
孤児院の子供達も朝早いのに起きてきて一生懸命配膳を手伝っているのが可愛らしい。
朝ごはんが終わると、工房の代表者であるというガス神父と俗人信徒のタリさん、という後家さんが工房の説明をしてくれ、タリさんはそのままスキルの取得相談にのってくれた。
まずは写字。
写本のスキルは持っているからなんとかなるかと思ったけど、聖書の写本といえば装飾文字だ。聖書以外でも工房で作る写本は装飾つきの文字や特殊な書体がふんだんに盛り込まれていて、カリグラフィーなどの技術がいる。
細かい字を一つ一つ写していくのは気が遠くなる作業だ。
やっていれば自然と生えるスキルのようではあるが、ここはスキルアシストに期待したいので、1PTで取得。
次に書道。
カリグラフィーのスキルは大雑把に言えば書道スキルでいいらしい。1PT。
稀覯本の豪華さを出すにはこれが一番重要かもしれないスキル、彩飾。
彩色と似たようなスキルではあるが、これは金銀で書物を彩るには必須スキル。
金泥や顔料、金箔・銀箔などの取り扱いが楽になり、金銀で彩色しやすくなるスキルらしい。
完全に知らなかったけど、どう考えても今の自分に必要なスキルだ。これも1PT。
で、問題の絵画。
自分を絵心がないとまでは思っていないが、油絵とか水彩とか学生以来特に何もしていなかった素人なので、まずはこの総称のスキルで全体の底上げを図りたい。
音楽が3PTだったように、絵画も3PT。
もう少し細かく分け入って、顔彩画のスキル。
顔彩っていうと持ち運びが便利で、よく絵葉書を描いている人が使っているイメージだが、自分は触ったことがないので、ちょっとでもアシストが欲しくて取得。1PT。
装飾文字などの彩色は顔料で行っているそう。
お次は水彩画。
顔彩画と同様、ちょっとでも(略)。
主に図鑑や本草書の植物などを描く際に用いるらしい。1PT。
細密画。
こんなちまちまとした絵、スキルアシストがないと多分大事故が起こる。
せっかく余暇でゲームやって、ゲーム内で趣味活動をするなら、なるべくストレスは少ない方がいい。
現実だととても無理だろうけど、ゲームでなら、ゲームでなら…!
そんなわけで、これも1PT。
植物画。
わかりやすく図鑑や本草書を作成する時に、絶対要るスキル。
試しにちょっとやってみたら、理科の課題みたいで面白かった。1PT。
そして博物画。
図鑑独特の写実的な絵柄をマスターする為には大事なスキル。1PT。
植物学スキル。
薬師ギルドなどで学んではいるが、薬草に偏っていたり、地方色があったりしたみたいなので、より広範にカバーするスキルを取得。これは調薬や採取にもよさそう。3PT。
本草学。
要は薬学&博物学スキルと言っても過言ではないが、植物や鉱石や動物やらを扱いその詳細を研究し、記す為のスキルだ。
図鑑や本草書を作成するのに絶対必要と念を押された。3PT。
最後に写譜。
その名の通り、楽譜を写すスキル。楽譜作成に必要。1PT。
と、一気にスキルを色々取得してみた。
そして問答無用で午前中はまず写字の練習をしましょう、とタリさんに笑顔で宣言され、つけペンを持たされひたすら傾斜台に向かいカリカリと字を写していく。
慣れてきたら違う書体の練習をさせられ、結構スパルタだなと怯えていると、ドサッと紙の束を渡された。
先輩工人達が今までミスをしてしまったものらしいが、きちんと彩飾もされていて十分美しい。
まずはこれらの(失敗した)手本から学びましょう、ということで彩飾のスペースを考えながら写字をしていく作業を続ける。
まだ装飾部分の練習には至っていないが、十分気力とEPを消耗し、昼休憩に入った時はもう一日分の作業をし終わった気分になっていた。
ついEP回復薬を服用してしまったくらいには疲れた。
EP自然回復を育てようどころではないのだ。
あまりにも気力を使い果たした様子でのびている姿を見て、哀れにでも思ったのか、タリさんは次の課題として薬草園でのスケッチを指定してくれた。
薬草を観察しながら鉛筆で植物を描くのは案外楽しかったし、屋外に出られていい気分転換になった。
薬草園の責任者であるメイゲ神父とシスターアレナがやってきてくれて、一つ一つ薬草の説明をし、薬草園の世話のルーティンに入れてもらえることになった。
日曜の朝は自分が担当を受け持つと伝えると日曜は聖務とミサ、信徒との交流で忙しい二人はとても助かるといい笑顔で歓迎してくれた。
なんとこの修道院には大昔から伝わる獣羊紙の本草書があるらしく、是非それの修復、写本をお願いしたいと頼まれてしまった。
まだペーペーなので、ゆくゆくは出来るようになりたいと思います、善処します、としか言えない。
お茶の休憩を入れて、その後は描いたスケッチに水彩で色をつける練習をした。透明水彩をまずは薄く薄く塗り重ねてグラデーションや影をつけ、写実的に見せるテクニックとやらを学ぶ練習らしいが、なんとなく色を混ぜていると童心に返るというか、天衣無縫に振舞えるような気分になるからちょっと疲れも取れた。
住民台帳の整理、修復、写本製本よりは、写字の練習を優先することになり、タリ教官によって詰め込み集中講座のスケジュールがどんどんと組まれていく。
詳しく聞くと、冬越しの資金を入手する為、まとまったお金を稼げる写本事業は夏から秋が稼ぎ時らしい。
秋には一人前の写字生になりましょうね、と笑いかけられ、つられて笑ってしまったが、ヤバそうな空気しかしない。
子供と遊べる夜のお風呂から就寝までの時間が癒しだ。
でもリュートも習わなきゃいけないし、やるべきことが多すぎる。
たかがゲームで、たかが遊びなのだと思えば気は楽だが、タリさんの目は笑っていなかったのを思い出すと早く見習いが取れるようにならなくてはと思わざるを得ない。
リュートとか写本とか、中世の世界観でめっちゃファンタジーと思っていたら、結構ガチのガチだった。
でも孤児院の運営資金の為だと思うと、この詰め込み修行もあまり嫌だとは思えない。
疲れるのは疲れるけど。
というわけで、夜はストレス発散を兼ねて刺繍をしながら、時空魔法でやっさんと作業通話をしている。
お互いのプレイスタイルについて話したり、今やってる作業について説明したり、ただただ駄弁ったりしたりしているだけだが、細かい刺繍の目を追いつつも話しながらの作業はなかなか快適だった。
やっさんは楽器職人のプレイヤークランに入っているらしく、いかに木材の乾燥が重要かつ大変なのかを熱弁し出す。
曰く、生活魔法の乾燥でパッと乾かせばいいというものではないらしい。
音色の為には時間をかけて乾燥させた方がいいそうで、木材の種類や状態によって乾燥させる時間も異なってくるんだそう。
インベントリは時間経過しない仕様だが、課金で枠一つ一つの時間経過のスピードを設定できるみたいで(知らなかった!)、木工職人や楽器職人はインベントリ周りにまず課金するのが常識とのこと。
しかし、時間経過を設定している木材はスタック出来ないらしく、収納スキルを育てるも限界があるので、クランハウスを建て、時間経過調節機能がついた小部屋を沢山造り、倉庫代わりにしているんだとか。
クランハウスはくつろぐ場所とかミーティングする場所ではなく、倉庫でしかないんだそうだ。
皆楽器職人なので、戦闘能力もあまり高くないらしく、バードなどの補助職が大半らしい。
協力しあって時々戦闘をこなしつつ楽器作成に勤しみ、お金をやりくりしては良質な木材が伐採できる森にクランポータルを設置しているのが楽器職人の日常とのことだった。
やっさんの店舗兼工房は自宅も兼ねているらしく、日常的なものはインベントリから出してマイハウスに置けるので助かっていると言っていた。
クランに入っていないのか聞かれたので入っていない旨を伝えたが、やっさんはストライダーの仕様をきちんと把握していなかったらしく、ファストトラベルが使えないと説明すると絶句していた。
LUKがドロップ率に一切反映されないので、ドロップアイテムの為に周回する必要がないのが楽、と話すとなんとも言えない声を出して納得していた。
しばらく日曜以外は大体午前写字彩飾、午後は博物画・植物画および水彩の練習、夕方から夜は子供達と過ごし、就寝時間後は適当にその時々やりたい内職をすることになった。
一心にフローライトを磨いたり、子供達のスモックに刺繍したり、繕いものをしたり、身近な鞄や靴、衣服などに耐久能力向上や防水防汚機能を付与したりして修行生活の疲れを発散させている。
ユニ樹には合間の早朝や夜にMPを注いでいる。
日曜は薬草園の手入れをしたり図書館に行ったりしているが、園芸欲が抑えきれなかったのでマテスさんに庭を作ってもいいかお伺いを立てると後日納屋や孤児院周りの庭と、裏庭の開墾を許可してもらえた。
こんなに大きい街でも裏庭が荒れ放題なんだ…とびっくりしたが、どこの教会も住民台帳と同じく裏庭には手が回らないらしい。
日曜は朝が薬草の世話、午前中が開墾、午後が図書館か美術館かリュートの練習、というのが基本になった。
裏庭はまたもや果樹園にするつもりだ。
食べられるもの万歳、嗜好品は大事、果物の保存食は最高!
何を植えようかな、とウキウキしているが、開墾は地道な力仕事だ。
もともとこの教会の敷地は広いので、自然と裏庭も大きい。
STR上昇の成長が捗るのはいいが、まだ先が見えない。
納屋に家事妖精はいるかなと思って試しに小さなコップを作ってミルクを数日置いてみたが、飲み干された形跡はなかった。
こういうのは継続が大事だというので、その後も1週間に1度、ミルクを置いて様子を見ている。
ジューノ神父によると博物館がある場所はヘルムンズギイという街にあるらしい。
学術都市、と呼ばれているこの街は大学などの高等教育機関が集まっており、大学附属の博物館や公立の博物館などいくつか博物館があるそうだ。
ヘルムンズギイの教会は教会機能よりも神学生の教育機関の側面が強いらしい。
もしもいつかヘルムンズギイに出発するなら、紹介状を書きますよ、とジューノ神父はおっしゃってくれた。
この調子だといつヘルムンズギイに行けるか不明だが、行先が明確に決まったのはいい。
早くサラディ王国の諸々を寄贈して身軽になりたいので、次の場所は絶対にヘルムンズギイだ。
残りの夏は修行に明け暮れ、そろそろ秋になろうとしている。
果たして秋には一人前の写字生になっているのだろうか。
半透明さまからいただいたご指摘により、重複していたスキルを訂正しました。