芸術都市の調べ
とりあえず教会は後回しにしてお上りさんよろしく街を見て回ることにしたところ、街の入り口にまさに観光案内所があったので、入ってみることにした。
観光案内所がわざわざ設置されていることにこの都市の広さ、活力を感じられる。
ティルファには観光客は当たり前なのだろう、慣れた様子でこちらの訪問目的を聞いておすすめスポットに赤丸をつけた観光パンフレットを渡され、笑顔で喧噪へ押し出される。
パンフレットを見るに、音楽ホールや劇場、美術館以外にも、この街の見どころは多数あるらしい。
あ、季節毎に蚤の市が開かれるとある。絶対にチェックしよう。
大通りは広く、木々や花々も所々配され、目に優しい。
フルート奏者による、存在感を主張しすぎない音楽が心地よく流れている。
ちなみに食もアートの一つとして、食べ物も美味しいらしく、グルマンが観光でやってくる程だとか。
大通りに面している食堂や料理店を流し見つつ進む。
本当はあまり食事をしなくてもEPは大丈夫なんだけど、ここに来たら昼食もしっかりと食べたいところだ。
ただ、残念なことにここに博物館はないらしい。
これは要検討だ。
そして、最大の目玉でもある、大図書館!その壮麗な佇まいは見るものを圧倒するかのようだ。
隅々に装飾を施されたレリーフが陽光を受けて繊細な影を作り出している。
中もかなり広く、3階まであるそうだ。
図書館のロビーだけでも大きい。
大理石が円状に組み込まれている床を踏みしめ天井を見上げると、天窓から光が射し、入るものを啓蒙するかのように柔らかく包み込んでいた。
早速入館手続きをして図書カードを発行してもらう。ここは流石に大図書館とあるだけあって、図書カードの発行料もお高かった。
まあ、海賊船の臨時収入があるから払えないことはない。
この蔵書量を前にどこから読み始めてみたらいいのかわからなかったので、まずは館内を見て回ることにし、分野別に並べられた本を眺め蔵書傾向を把握してみようと足掻いてみた。
3階まで辿り着く頃には情報の奔流に押し流されそうになっていたが、ゲームの世界の本のジャンル分けって本当に興味深い。
AIの思想といってはおかしいかもしれないけれど、誰かが本を選び、分別し、公開するという編集力がAIにも備わっていると考えるのはちょっと心躍る視点だ。
児童書や絵本とかは住宅街の小さな公民館などにあるらしい。
劇場や美術館にも図書室があって、各ギルドの資料室も充実しているそうで、滞在し甲斐があるというものだ。
今日のところはここまでにして、大図書館を後にする。
お昼時になったので外から見て美味しそうだった食堂に入り、昼食を堪能すると、午後は絶景ビューポイントを回り、そろそろ気分的に疲れていたころ、細いなんてことはない道の角に出窓があるお店?工房?のような建物を見つけた。
出窓にはリュートが並べられたり吊るされたりしていて、なんとなくシャドーボックスのような雰囲気がある。
ファンタジーしているなあと思わずその店に入ってしまった。
屋内には人がいなかったが、ドアにはオープンとあったので気兼ねなく見て回ることにする。
店舗兼工房になっているようで、完成品が並べられているゾーンと、作業場のゾーンに分かれていた。
象嵌が施されているリュートや、ロゼッタが組子細工になっているリュート、リブの木材が寄木細工のようにコントラストを作り優美な曲線を描いているリュートなど、所せましと並べられていて、結構真剣に見入ってしまった。
リュートを満遍なく見終わって店内に気配を感じて振り返ると、さっきまで誰もいなかった作業場にニコニコと笑顔でこちらを見つめる20代くらいの青年が立っていた。
「あ、失礼いたしました。商品を拝見させていただきました。」
と一言謝っておくと、
「いいっすよー。プレーヤーの方は大歓迎です。楽器弾く系ですか?」
と明るい声が返ってきた。
「もしかして、プレーヤーの方なんですか!?あ、いやプレーヤーがこんな大都市に店舗兼工房を持てるとは思ってなくて…。」
「そうなんですよー。よくNPCに間違えられるし、ここに居を構えるのも大変だったんですよー。
あ、野菜3号っていいます。よくやっさんと呼ばれるので、やっさんでいいよ。
敬語もなしにしましょうよ。せっかく旅人同士なんだし。」
「あ、ダッサイです。初めまして。やっさんはリュート職人で合ってる?」
「そうそう、リュート職人!ここのリュートは全部作ったんだ。職業は吟遊詩人だけど、バードのロールはしてなくて、専ら生産職人をやってる。」
「野菜3号って特徴的な名前だね。」
「でしょ?まあ野菜とかヤサイとか先に使われてたからねー。でも今となっては覚えやすいいい名前だと思ってるよ。
ねえ、ダッサイはなんの職業なの?楽器興味ある?」
「ストライダーやってる。楽器は今まで弾いてなくて、店構えがいい雰囲気だから寄っただけ。」
「え!?ストライダーやってんの?」
急に大きな声で反応したかと思えば、やっさんはバビュンと近づいてきて、目をキラキラさせている。
「ストライダーでやってるってことは、もしかして時空魔法持ってたりする?」
「…持ってるけど……。」
「えー、うわー、じゃあ転移出来たりするの?」
「転移はまだ出来ない。通話もやってみたことない。フレンドまだ1人だし。」
「フレンド1人なの!?珍しくない?あ、じゃあフレンド登録しよー。」
流れるようにフレンド登録を完了し、フレンド一覧に燦然と野菜3号の名が輝く。
「転移って何か大事なのか?」
「そりゃー生産職だから、色んな土地に行って素材とか集めて技術を吸収したいんだけどさ、なかなかエリアボスとか倒すの大変じゃん。
このゲームパワーレベリングあんまり出来ないように調整されていて、どんなに強い相手と戦っても、イベント以外では3レベルまでしか上がらないようになっているからさ。
転移持ちの人にキャリーしてもらって旅するの、憧れなんだよね。」
「そうなんだ、3レベルしか上がらないのずっと何でだろうと思ってた。」
「え、そっち?まあそんなわけで、レベル10に上がらないと転移使えないから時空魔法持ちの人珍しいし、こんなところでストライダーの人に会うこともなかったから、今めちゃくちゃ嬉しい。」
「ふーん、そうなんだ。通話ってフレンドチャットみたいに念話出来るの?」
「出来ないよー。でも作業通話みたいで作業してるときは逆にそれがいいらしいよ。」
「多分結構ここに滞在すると思うから、お互い作業中だったら通話の練習相手になってくれると助かる。」
「もちろんだよー。練習相手なら喜んでするから、いつか転移でいっぱいキャリーしてくれ!
ストライダーなら、旅するよね?次の行先決まってる?」
「いや、博物館のある都市に行かなきゃいけないくらい。その先は決まってない。」
「ならさー、和風エリア行きたくない?工芸都市キサラっていうのがあるんだよ。
漆芸とかがすごいんだってー。そこ行ってみたい。」
「和風エリア!いいな!ところで博物館のあるとこ知ってる?」
「いやー、わかんないな、でも博物館のあるとこの次にキサラ狙ってくれるってことでオーケー?」
「うん、行きたいし。和風興味ある。」
「やったー!!そうだ、これあげる。」
とおもむろに手渡されたのは、絆の紐、と呼ばれる課金アイテムだった。
これは確か両者が頻繁にログインする場合、同じセーフティーエリアにいるプレーヤー同士を同期しやすくし、季節などの差異を少なく調整するアイテムなはず。
「課金アイテムなんて貰えない。」
「いいってー。どうせ500円だし。使って使って。」
言われるがまま、フレンド一覧から絆の紐を使ってみる。
「ありがとう。」
そう伝えると、はにかんだようにやっさんは笑った。その表情は男性アバターだけど可愛げがある。
「本題の音楽だけどさ、リュート、演奏してみない?」
「うーん、これから部屋住みの仕事の面接に行くんだけど、そんな暇出来るかなあ。」
「大丈夫だって、せっかくファンタジーの世界なんだし、リュート、弾いてみようぜ!
それともガチ勢だった?」
「いや、ストライダー選んでる時点でガチ勢ではない。」
「だよね、でもいつか役立つかもよ?なんか音楽系のスキルある?」
「……歌唱スキルなら。」
「え、意外!歌唱スキルあるならリュートめちゃくちゃいいって。吟遊詩人ロールも出来るよ!」
「なんか子供たちと歌ってたらいつの間にか生えてた。」
「じゃあ、リュート弾きながら歌ったら、子供にウケるんじゃない?」
「うーん、そう言われると…。」
「どのリュートがいい?」
「いやあ…。」
懐が温かいのが恨めしい。確かにリュート、買えない額じゃないんだよなー。
高いけど、これだけ美しいし、確かに子供にはリュートとかがあった方が音程も取りやすいんだろうし…。
すかさずやっさんがリュートを弾いてくれる。
その優しい音色には確かに惹かれるものがあった。
結局、ロゼッタが組子になっていて、更にリブに色の違う木材を使った美しいリュートを買ってしまった。
そして何故かその場で、音楽とリュート演奏をそれぞれ3SPと1SPで取得させられてしまっていた。
なんかこういうの多くないか?
暇な時いつでもリュートを教えるし、講師を紹介してもいいよ、というやっさんの言葉にリュートの弾き方講座受講が決まり、わけがわからないまま店舗を出て、仕方ないので教会に向かうことにした。
ムワン神父からの紹介状とユステフ神父からの紹介状を携えて教会に辿り着くと、教会や孤児院だけでなく、いくつか建物があることからなかなか規模の大きそうな施設だと窺えた。
教会のドアを叩くと、従者の人が出迎えてくれた。
侍者のマテスさんが案内してくれた先には工房があった。
皆一様に傾斜している板に向かって何か書いているようだ。
その奥から神父さまがこちらを認め、寄ってきてくれ、
「私はジューノという者です。初めまして、旅人よ。」
と挨拶してくれた。
「ダッサイと申します。住居と仕事を求めてやってまいりました。こちらは以前滞在した教会の神父さま方からの紹介状です。」
紹介状を読んだジューノ神父はニコニコと温かく滞在の許可を出してくれた。
「ただ、住居といっても屋根裏部屋まで現在使用している状況でして、空いているのは納屋くらいになるのですか…。」
「それで充分です。」
「では、納屋を提供する代わりにお願いしたいことがございます。」
仕事内容はいつもの、ユニ樹の育成と住民台帳を整理・修復・写本すること以外に、なんとここの写字工房を手伝って欲しいというものだった。
「聖書とかの写本はちょっと…。」
と遠慮しようとすると
「ああ、旅人の方には聖書や時禱書の写本はお願いしていません。
実は、本草書の写本や、図鑑を作っていただきたいのです。」
「図鑑、ですか。」
「ええ、それから、音楽にご興味がおありですか?」
今日はもしかしたら音楽から逃げられない日なのかもしれない。
「つい先ほど音楽のスキルを取ったばっかりですが…。」
「それなら、写譜もお願いしたいのです。
印刷が広がって久しいですが、未だに図鑑や楽譜などの彩飾が施された稀覯本は人気が高く、この教会は聖書やそれらを売ったり浄財をいただいたりして教会や孤児院を運営しております。
しかし、現在写字生や画工たちは聖書を写本するだけで手いっぱいで、本草書の写本や写譜まで手が回らない状態なのです。
とても納屋の対価とは言えませんが、是非お力をお貸しください。
もしも売却できる写本をお作りいただけたら、幾分かのご寄付以外はすべてダッサイ様個人のお金として扱っていただいて構いません。
写字や彩色・彩飾などの技術はこちらの工房の職人からお教えいたしますので。」
「工房には神父さまだけでなく、市井の方もいらっしゃるんですか?」
「さようでございます。信徒たちとともに写本を行っております。
しかしまずは、納屋を片付けなければいけませんね。
マテス、ダッサイ様にこの教会をご案内差し上げてください。
私は納屋の片付けに行って参ります。」
片付けくらい自分でやると申し出たが、お仕事を手伝っていただく代わりです、と断られてしまった。
マテスさんに案内されて教会を廻るとその全容が明らかになった。孤児院も大きければ、修道院も工房もあり、教会も大きい。
どうやら薬草園や菜園もあるようで、人手は足りているが、栽培スキル持ちなので手伝えると伝えるとそれは有難いとマテスさんは喜んでくれた。
調理スキルもあると言ったら、神父さまと相談するが、朝の祈祷の時間に参加できない修道士が複数いるので、それもきっと有難く助力をお願いするだろうとのことだった。
最後に納屋に案内されると、すでにジューノ神父が片付けてくださった後だった。
納屋とは言っても立派な石造りの小屋で、住居兼作業場として使うには十分な広さだ。
手早く荷物を解き、食堂に案内してもらう。
そこは修道院と孤児院の間にあり、神父やシスター、侍者と子供たちが一緒になって食事を摂るようになっているみたいだ。
皆に自己紹介し、有難く夕食をいただく。
子供たちと同じ食卓の席につき、子供からの自己紹介を必死で覚えようとしつつ食べた。
ヤズイの教会とはまったく違って、食材も様々で美味しい夕飯だった。
確かに規模が大きいだけあって、食には困っていなさそうだ。
なんだか嵐のような日だったので、ユニ樹に魔力を譲与するとそのままベッドで横になり、その日はそれでログアウトした。