芸術都市
海底を歩くのは結構楽しい。海草や珊瑚、幼魚や稚魚、大きな魚などを見ながら歩けるので、目に刺激があって飽きない。
鑑定しながら歩くのも、知識欲とスキル経験値稼ぎを同時に満たせるので気に入ってる。どうせ急ぐ旅じゃないし、そもそも本気出せば健脚スキルと水中歩行スキルで速度も出せる。
スクショを撮りながらのんびり歩いていたら、なんかものすごいモノに声をかけられてしまった。
そう、海とファンタジーと言えば、の定番人魚だ!
ジェスチャーに従って浮上して海面に顔を出して話を聞いたところ、こっちも浄化の依頼だった。
別にお祓い特化ビルドにしたかったわけじゃないんだけど…。
人魚を捕らえようとした海賊船が沈没して瘴気を放っており、ずっと悩みの種だったそうだ。
彼等に従って泳いでいくが、如何せん人魚の泳ぐスピードが速いのでなんとかついていくのに必死で、景色なぞ楽しむ暇はなかった。
かなり泳いで案内されたのは、確かに沈没してから年季の入ってそうな瘴気を放つ船だった。
ダンジョンと化していたが、アンデッド無双はここでも発揮され、手こずることはなかった。
ボスのスケルトンの船長は典型的な海賊の出で立ちのスケルトンで、なんだか遊園地のアトラクションみたいだなぁと呑気なことを考えながらホーリーレイと浄化で倒すと、どこからともなく宝箱が出てきて、開けるとお金が入っていた。しかも、サラディの時とは違って、現代でも使えるコインだ!
思わぬ現金収入にウハウハしてしまったが、ダンジョンコアに自壊を命令しダンジョンを出ると、ダンジョンと同時に船自体も壊れてしまい、残骸が残るのみとなった。まあいい藻場になるだろう。
いい加減アンデッド祭りじゃないダンジョンに潜りたいけど、一旦浄化が出来るとバレたら芋づる式に浄化案件ばっかりやってくるんだよなぁ。
まあでも、こんなことでもないと人魚に出会うチャンスもなかっただろうから、感謝しないといけないのかもしれない。
遠巻きに見ていた人魚達は、浄化が終わると大喜びして、またもやついてこいのジェスチャーをしながら泳いでいってしまう。慌てて追いかけていくと、ある地点で彼等は海に浮かび上がり、なんらかの呪文を唱えた。
すると、今まで何もなかった場所に島が現れ、霧が晴れていく。
どうやら認識阻害の魔法がかけられていたようだ。
彼等はおいで、と言って島に向かってまた泳いでいく。
その島は妖精島というか、花妖精が沢山戯れるサンクチュアリのような島だった。
人魚達は入り江で休みながら話しかけてきた。
彼等は久しぶりの人間に興味深々らしく、質問攻めにあって聖徳太子気分を味わったが、泳ぎに誘ってくれたのは嬉しかった。今度はこっちのペースに合わせて泳いでくれて、皆で泳ぐ楽しみを教えてくれた。
イルカと一緒にも泳いだ。
水泳と潜水のスキルが上がり、イルカについていけたのが嬉しい。
足ヒレなしに一緒に泳ぐなんて、ゲームでなければ無理だろう。
爽快感があって、なかなかよかった。
いや、最高でした。
島に上がると今度は花妖精達に彼女らでは出来ない力仕事を頼まれる。ひとしきり依頼された作業をこなすと、小瓶をくれと言われ、渡すと花妖精の蜜をくれた。これが対価のつもりなのかな。
「ねえ、もう一つお願いがあるんだけど。」
「お願い。」
「お願い、お願い。」
と複数の花妖精に囲まれる。
「わかった、わかった。何のお願いなんだ?」
「この精霊樹に魔力をわけて欲しいの。」
「そう、この真ん中の木は精霊樹なのよ。」
「お願い。」
「お願い、お願い。」
そう言って案内された興味は確かにこの世のものではないような、ファンタジックさだった。
樹木自体が薄く発光しており、葉は陽光を受けてきらきらと反射している。
木漏れ日は光のプリズムのように色鮮やかだ。
その周りに無数の蛍のような小さな光が浮かんでいる。これは湖で見た時と同じ光だ。つまりは下位の精霊なのだろう。
ユニ樹は神聖魔法、治癒院のヒフォ樹は調薬と、魔力を樹木に譲与するには条件があったが、この場合大丈夫なんだろうか。
花妖精にそう尋ねると、さも自明のことのように「精霊石を持ってるじゃない」と言われてしまった。
精霊石ってそういうものなのか?
イマイチよくわかってないまま首にぶら下げてるけども。
精霊石を胸元から取り出して確認すると、いつの間にか充填率が74%、LUK+7に上がっていた。
海で溜まったんだろうか?
相変わらず謎な石だ。
とりあえずこの島には外敵もいないようなので余力を残さず精霊樹にMAXで魔力を譲与すると、より一層光り輝き、ファンタジー度が上がった。
周囲に漂っていた下位精霊がぶわっと増えて、そのうちの4分の1くらいが自分の精霊石に吸い込まれていった。
鑑定すると、一気に充填率が100%、LUK+10に増えていた。
その日は泊まっていけと言われてそのままこの島に泊まることにした。
簡易コンロで海の幸と、カアウで買い貯めておいた野菜や肉などを調理すると、人魚達のテンションが最高潮に達した。野菜や肉は手に入りづらく貴重らしい。特に肉は男性の人魚に絶大な人気を誇った。
宴会は盛り上がり、食事が済むと皆口々に歌を口ずさみ始めた。どこか懐かしいようなメロディだった。気がつくと一緒になって歌っていて、伝染性の高い調べだった。
食後の片付け(汚れた葉っぱの食器を島の土に埋めるだけ)が終わるとゆったりとした時間が流れる。
月の道が出来ている海を心静かに眺め、インベントリに入れておいたサルナシ酒をちびちびと飲む。
寝床についてだが、島の陸上でキャンプしようと思っていたら、どうせ水中呼吸が使えるんだし、海の中で寝てみないかと誘われてしまった。
そんなことも出来るのがゲームの世界、ということで、ものは試しとばかりに海中で眠ることにしてみた。
ラッコのようにしっかりと海藻を体に巻き付けて流されないようにし、ゆっくりと仰向けになる。
夜は海の中も暗いが夜目のおかげか神秘的に映る。
ゆらゆらと揺れながら湾の中の凪いだ海を楽しむ。
気がついたら朝になっていた。
日の光の下、きらめく海面を下から眺めているのは贅沢な時間だった。
陸に上がり朝食の準備でもするかと思案していると、花妖精達がやってきて精霊樹への朝の魔力譲与を強請ってくる。
いっそ清々しいくらいに遠慮のえの字もない。
仕方ないのできっちり全MPを注ぎこむとまたもや樹木の輝きが増す。どんどん発光していってあまりの眩しさに目を瞑り、やがて光はおさまったようで目を開けると、目の前に女の人が浮いていた。
女の人っていうか、なんか全体がぼんやり緑色に光って、緑の皮膚の不思議な存在だけど。
今まで会ってきた妖精は闇妖精ですら手は小さかったから、コンパクトサイズだったのに対して、今度のは人間と変わらない大きさだ。
呆然と見つめていると、
「こんにちは、旅人さん。」
と相手が喋った。ちなみに花妖精はなぜだかきゃっきゃっとはしゃいでいる。
「こ、こんにちは。」
「我が精霊樹に魔力を分け与えてくださって、ありがとう。私はドライアド。この木の精霊です。」
「は、はじめまして。ご丁寧にありがとうございます。私はダッサイと申します。それで、あの……?」
「お礼代わりに貴方に私の名前を教えてさしあげるわ。」
そう言うと、手のひらをこちらの頭にかざしてくる。すると、頭の中に名前が流れこんできた。決して自分では発声できない不思議な音なのに、頭の中でははっきりとその音ごと名前を認識している。
「いつでも呼んでね。」
と言い残してそのドライアドは光とともに消えていった。
思わず後ろを振り返って、花妖精に説明を求めると
「ドライアドが召喚可能になったんだよ〜」
「精霊召喚が使えるはずだよ!」
「やったね!」
とのことだった。
確認してみると確かに精霊召喚(樹)を習得していて、精霊魔法(樹)が取得可能になっていた。
成り行きで精霊魔法(樹)も5ポイントで取ってみる。
精霊召喚は、戦闘時に召喚すると、さっきのドライアドが勝手に判断して戦闘をサポートしてくれるらしい。
ドライアドの魔法は搦め手系というか、拘束や毒、麻痺や溶解液などで相手を動けなくするタイプだそう。
非戦闘時に呼ぶと、栽培や樹木育成を手伝ってくれるんだそうだ。
畑仕事とかする時便利そうだな。
精霊魔法は樹木魔法に対する耐性が上がり、栽培系に支援効果があるようだ。
その他の精霊魔法や精霊召喚はまだ取得不可能だった。
この段で行くと、サラマンダーとかシルフとかが出てくるのかな。
それも楽しみになってきた。
なんだかんだあったが、ティルファに行かないといけないので、人魚と花妖精に別れを告げると、人魚から大量のサザエ、アコヤ貝、夜光貝・桜貝などの貝殻を貰った。
スタック出来るからなんとかインベントリに収まった。
お礼を言って島を泳いで出て振り返ると、そこには何もない美しい海が広がっているだけだった。
流石の認識阻害効果だ。
またもや海底を歩き出す。それからひとしきり歩いていくと、対岸の街、ラダーに着いた。
自分に乾燥をかけて、街を散策する。カアウより小さい街だが、活気があって美味しそうな匂いがする。
海賊船の臨時収入で懐に余裕があるので、今日はこの街に泊まって観光することにした。そうと決まったら、まずは腹ごしらえだ。あちこちの店の様子を眺めながら、今日の昼はどこで食べようかと吟味しながら歩く。
魚はいい加減飽きたか?とも思ったが、目にすると途端にお腹が空くし、絶対に魚介が新鮮で美味しいとわかっているのに魚を食べないなんてことは出来ない。
結局魚の煮込み料理を食べることにして、レストランの席につく。妖精島では陸に上がれたけれども、大陸にどっしりと腰を下ろすのはまた違う安堵感があっていい。
レストランの内装を眺めたり、街を見下ろしながら、料理を待つ。
熱々のお皿が運ばれてきたら、後は貪るように食べてしまった。
腹ごなしの為にも街をさらに探検してみる。珍しいことにラダーには美術館があった。ティルファの近くにある影響かもしれない。海辺の街で、海の絵が沢山所蔵されているのは愛嬌があった。
海や空と言えば、現実では印象派のブーダンとか、ターナーあたりだろうか。
ゲームの世界でも、それに倣ってか、光溢れる色彩で彩られた海や空が並んでいて、なかなかに見応えがあった。
美術館でゆっくりと見て回っていたら、出る頃にはすっかり夕方になってしまっていた。小さなカフェに入り、ミントティーを頼む。夕日が落ちていくのをミントティーを啜りながら眺めていく時間は想像以上に豊かだった。
陸地の力って凄い。海の中で寝たり泳いだりしたからこそ、この陸の素晴らしさも鮮やかに映る。
今夜の宿を探して、しばらくこの地に投宿することにした。
それから3日間ゆるく観光しながら、図書館で読書三昧を味わっていると、
「やあ、ちょっとお話できる?」
と突然声をかけられた。
顔を上げてみると、プレーヤーの女性アバターが興味深そうな顔つきをしてこちらを見つめていた。
図書館で話すのもなんだったので、そのままレストランに移動した。
プレーヤーの名前はアガサさんと言い、交易商人をしているらしい。
商人の勘でなんかビビッときて、こちらに声をかけてくれたんだそうだ。
一通り自己紹介をして、案内してくれた高級レストランで奢りだという海鮮料理に舌鼓をうつ。
白ワインや、アガサさんの豪快な食べっぷりと、流れるような話しぶりにこちらもついつい口が滑らかになっていく。
お互いのこれまでのゲームプレイを語っていると、なんだか知らんが爆笑された。
ストライダーで歩きまくったのがツボッたらしい。
ユニーククエストを受けたあたりの話もしたけれど、にやにやされっぱなしで悔しかったので、いかに誰でもこのユニーククエストを受けられたはずかを主張してみたが、アガサさんのしたり顔は消えなかった。
「再現性があるっていってもさー、まず種族人間で職業ストライダーで始めるのがもうレアじゃん。
誰でも歩いていけるっていうけど、そんな地図にもただただ森林・山としか載ってないとこに歩いていく馬鹿なんてそうそういないって。ああいうのってさ、オープンワールドの彩りっていうか、飾りでしょ。わざわざ行く人いないでしょうが。それも歩きでなんてさー。
海や湖なんかならわかるよ、交易したり出来るしね。船に乗るのもロマンだし。
確かに騎乗してたり飛行してたら花妖精が追い付かなくてクエスト発生しないだろうけど、歩いていくような変人、数えるほどしかいないと思うよ。それにこのゲームのワールドマップすごく広いから、そんな変人いたとしても地域が被らないだろうし。
それに加えて神聖魔法持ちもトリガーなんでしょ。徒歩の変人で、且つ神聖魔法持ってる変人なんて、もうめちゃくちゃレアとしか言いようがないよ!
それはもう実質再現性がないっていうクエストだよー。」
なんか酷い言われようだ。
アガサさんはゲラゲラ笑いながら、自分の冒険譚も話してくれた。
今は西洋っぽいエリアにいるけど(ここら辺はなんか地中海やアドリア海みたいなイメージだ)、インドとか東南アジアっぽいエリアまで行ったことがあるらしい。
いいなー、早く他のエリアも行ってみたいと言ったら、またもや爆笑されて、徒歩移動なんていつになるかわかんないよねー、と朗らかに断言されてしまった。
海の中も徒歩移動していると伝えたら、笑いながらドン引きされた。
VRゲームって改めてすごいな。あんな複雑な表情も出来るんだ。
人魚の話の食いつきは凄かった。
ロマンとしても、取引相手としても、会ってみたいらしい。
別に潜水や水泳がなくても船の上から遭遇は可能だと思う、相手が避けなければ、と伝えると、まともに出てこないから会えないんでしょー、と愚痴られた。
精霊関連は謎クエストが多いらしい。
その分種類がいっぱいあるから、一つ一つの再現性はともかく、どっかにチャンスは転がっているくらいのレベルでプレーヤー間には認識されているらしく、結構踏んだ例があるそうだ。
これだけ色々笑われつつもそこまで嫌な感じがしないのは、アガサさんの裏表がなさそうな性格故だろう。
もちろん商人なんだから、色々考えているところはあると思うが、踏み込み加減が絶妙というか、イジリつつ、いじめにならないような配慮はしているように感じる。
まあ、人を変人呼ばわりしているけど。
なんにせよ、プレーヤーとこれだけ自分達のゲームプレイの話をしたのは初めてだったので、なんだかんだ嬉しかった。
なんか楽しいことがあるかもしれないから、という理由でアガサさんはフレンド登録してくれた。
初めてのゲーム内フレンド!
妙に感動的だ。
美味しい食事に美味しいワイン、それらをさらりと流す美味しいコーヒーとプチフルールで、この夜は完璧な夜となった。
ゆっくりまったり旅で交易商人とそうそう再会できる機会はないと思うが、商人がフレにいるのは頼もしい。また面白い冒険譚も聞きたいし。違うエリアに行くときにアドバイスを求めることだって出来るかもしれない。
アガサさんはファストトラベルをいくらでも使用できるので、何かあれば連絡して頂戴、と念押ししてくる。
趣味と実益を兼ねたフレンド登録に、お互いが満足したように笑い、またねーとそれぞれの宿に戻っていった。
翌日は、活動的な交易商人に刺激されて、観光はそろそろ諦めてティルファに移動することにした。
もうラダーからティルファまではストライダーなら楽勝な距離だ。
午前中にはティルファに到着した。
ティルファは大きな丘を頂点として円状に広がる一大都市で、城壁もクリーム色で美しい石材で出来ている。太陽の光を受けてきらきらと輝く城壁都市は確かに美しかった。夜景もきれいそう。
彫刻を施された巨大な門をくぐるとよく整備された広場には緑が溢れ、花々が迎えてくれた。
案内板を見ると音楽ホールや劇場、美術館、芸術学校、私塾などがあって流石芸術の街と言える。
もちろんまずは観光しようと歩きだし、大都市の中へと繰り出した。