新生活
孤児院であろう建物の扉にノックし、しばらく待つと、おっとりした雰囲気の40代のシスターが現れた。
「冒険者ギルドから紹介を受けた旅人の者ですが。あ、これが紹介状です。」
紹介状を渡すと、どうぞお入りください、と中に案内される。
「今神父様を呼んでまいりますから、そちらへおかけになってお待ちくださいね。」
どうやら食堂っぽいところの椅子に座って待っていると、優しそうな神父が入ってきた。
「はじめまして、ダッサイさん。私はこちらのヤズイの町の教会を任されている神父、ユステフです。
先程お会いしたのはシスターアンナです。」
「はじめまして、よろしくお願いします。」
「では早速お願いしたい仕事の内容をご説明しますね。」
そう言って立ち上がるように促すと、3階へと案内してくれた。
「お願いすることになる仕事は多々あるのですが、この仕事が一番の目的なのです。」
案内された部屋には大きな机が置いてあるが、机の上もその周りの棚も至るところに羊皮紙や紙が積み重なっていて、混沌としていた。
「お恥ずかしながら、雑然としていますが、これらは信徒の戸籍であったり、土地台帳であったり、昔からの資料なのです。
しかし日々の生活に追われ、これらの整理が出来ない有り様でして。
私に引き継がれた時点で既にこんな感じでした。
ダッサイさんにはこれらの資料の整理整頓、及び羊皮紙からの写本、古い資料の修復をお願いしたいのです。
なに、急ぎではありません。他の仕事の合間にでも進めていただければ。」
ちょっと圧倒される量だが、昔からの台帳を読み込むのもそれはそれで楽しそうではある。
期限が設定されていないと言うなら仕事感が薄れるし、食事と寝床が保証されているなら安いものだ。
「わかりました。承りましょう。他の仕事はどんなものですか?」
階下に降りながら説明を受けるに、朝は水の用意をしてから朝食の手伝いをし、洗濯を手伝ってから、家庭菜園の手入れ、昼ごはんは用意してくれて、3時頃から子供達の遊びの相手をし、夕飯を作り、風呂の水を溜める。
1日のルーティンはこんな感じらしい。
給金は出ない代わりに個室のベッドに食事つき。
休みは日曜日。但し朝食と夕食は手伝う。
ものすごくハードでも、ものすごく簡単でもない。
ゲーム内の仕事ってどんなもんかな、と思ったけど、なんだか楽しそうな気はする。
そのまま依頼を受け入れて、即日働かせてもらえることになった。
まずは自室となった部屋の掃除から。3階にあるので、夜に資料整理しやすいのはいいな。
現実時間で一週間ほど孤児院で働いている。
ゲーム内の日々はそう変わらないのに、現実での意識は大いに変わった。
今やネットで野菜の育て方を調べる毎日である。
栽培のスキルを持っているものの、まだスキルレベルは低い。
加えて今まで野菜を栽培したことなんてない。
とりあえず必要なのは肥料でもなんでもない、知識だ!ということで、オフライン時に調べまくっている。
米づくりゲームでユーザーが急に農水省のサイトを参照し始めた経緯があったと聞くが、まさにそんな感じだ。
ゲーム内時間加速がある為、このゲームは季節の移り変わりがゆっくりだ。大体6ヶ月くらいかけて季節が変わっていくらしい。
おかげでまだまだトライ&エラー出来る春の季節なのだ。
そんなわけで家庭菜園にハマってるのと、子供達にハマってしまった。
お金が儲からない仕事だが、子供達がかわいくって情が湧き、生活改善の為に取る予定もなかった裁縫のスキルも1ポイント使って取得してしまった。
もともとリアルでもボタンつけとまつり縫いは出来るが、子供達とシスターの様子を見て裁縫も必要だと感じたのだ。
木靴を履いているせいですごい勢いで靴下に穴が空き、おさがりを着古しているせいでほつれも多い。
シスターが毎度補修しているが、数が数なのでなかなか大変そうなのだ。
靴下の穴なんて繕ったことはないが、裁縫スキルのアシストのおかげでなんとかなっている。
今は子供服の型紙をネットで見ては、お金が出来たら布を買おう!と決めている。
一人暮らしなので料理は出来るが、13人前なんて作ったことはなかったものの、これは毎日作ることで慣れてきた。
今は時短料理のレシピを真似したり、動画で包丁の使い方を改めて学んだりしている。
普段包丁を研ぐなんてこともしなかったのに、ゲーム内でするようになってから気にするようになった。
砥石もピンキリあることを知り、奥深い世界に足を踏み入れてしまったことに震えているところだ。
こんな毎日を過ごしている。
ゲームの調べ物をオフラインでしていた際に農家ギルドがあることを知り、今日はそこで登録しようと思っている。
午後の早い時間は比較的自由なのだ。
そして!
農家ギルドの登録料はタダだ!!!
勿論農家ギルドの存在を知った時にまず調べましたとも。
農家ギルドに辿り着き、声をかけると奥からいかにも農家のおじさんが出てきた。
「やあやあ、農家ギルドへようこそ。ご新規さんだね。登録かね?」
「登録です。」
農家にもいろいろあるので野菜栽培に丸をつけ、名前を書いておしまいだ。
楽でいい。
しかも、登録するとハツカダイコンの種も貰えるのだ!!
基本的に育てた作物などを農家ギルドを通して売るとギルドランクが上がるらしい。
ギルドランクが上がると売ってもらえる種や苗の種類も増えるようだ。
おじさんに色々アドバイスを聞き、神父さんから家庭菜園を増やす為に庭の使用許可を得、いよいよ自分だけの家庭菜園を作ることになった。
子供達に沢山食べさせたいけど、まずは初期投資として、ハツカダイコンは全部ギルドに売ろう。
そのお金でまた新しい種を買うんだ。