賄いつき住み込みのお仕事
しばらく時が止まった。
最初にフリーズから立ち直ったのは受付の男性の方だった。
「お客様、もしかしてお手元に登録料が…?」
「……ない、です。」
もう一度、天使が通っていく。
「賄いつきの住み込みのバイトとかってないですか?」
「いえ、それを斡旋するのは冒険者ギルドの会員の方に対してですので…残念ながら。」
ま、まあそうか。
「じゃあ、これから依頼を受けるので、後払いで登録出来ませんか?
依頼報酬から登録料を引いてもらうということで。
今日泊まったり食べたりするお金もないんです。」
「そういった措置は孤児や難民の方のみでして…。」
すると男性はしばし考える素振りを示し、おもむろに
「上の者と相談いたしますので、あちらのベンチでお待ちになってください。」
と話し、カウンターから去っていった。
確かにこのまま受付を占拠しても仕方がないので、一旦ベンチへ移動し待つことにした。
数十分後、男性が戻ってきて、こちらへいらしてください、と応接室に案内された。
なんだかどんどん大事になっていく気がする。
後から部屋に入ってきたのは50代くらいの女性だった。
「私がヤズイの冒険者ギルドのギルドマスターを務めるヘペルです。
なんでも、手元不如意で今晩の宿にも困っているというお話でしたが…。」
「恥ずかしながら、図書館の入館証代に使ってしまいまして。」
「私は看破を使えるのですが、あなたのスキルを拝見しても?」
「は、はい、どうぞ。」
看破っていうスキルがあると他人のスキル構成まで確認出来るのかー。
鑑定は物に対してだけだもんなぁ。
でも今のところ使う予定がないスキルだから、まあいっか。
「言語、読書、筆記、発見、鑑定、生活魔法をお持ちなんですね。
それなら賄いつき住み込みの仕事がないわけでもありません。」
「ほ、本当ですか?」
やったー、なんとか生き延びられる。
若い頃じゃあるまいし、今更リセットして再クリエイトなんてやってらんないからなぁ。
「但し、条件があります。」
「なんでしょうか?」
「まず、その仕事は中期の仕事です。
短期で離職されるようであるとご紹介は出来ません。
あなた方旅人、プレーヤーとおっしゃるんでしたっけ?
よく町から町へと移動される方が多いと聞きます。
実際ヤズイへと訪れた旅人の皆さんは短期間でこの町を去っていってしまいました。
でも今回はそれでは困るんです。」
「…わかりました。中期の仕事をお引き受けします。」
色々冒険して観光してみたい気持ちはあるけど、まだこの町の図書館も全然攻略出来てないし、しばらく滞在することに異存はない。
「それから、もう一つ条件があります。」
う、まだあるのか。
「ご紹介するにあたって、取得していただきたいスキルがあるのです。」
「スキル、ですか?」
「ええ、調理・栽培・水魔法のスキルが必須なのです。」
調理・栽培・水魔法ねぇ。
調理と栽培はそれぞれ1ポイント、水魔法は5ポイントかー。
5ポイントはちょっと重いけど、あっても腐るスキルじゃなさそうだし、まだポイントに余裕もあるし、取ってもいいかな。
この場でパパッと取得してしまおう。
ふうん、水魔法のLv.1はまんま、ウォーター、か。
どうやら水を出現させる魔法らしい。
「すべて取得しました。」
「ご即断、ありがとうございます。
こちらでも確認いたしました。
ダッサイ様にご紹介したいお仕事とは、教会の孤児院の手伝いなのです。」
なんでもここら辺はユニ教という宗教が主流で、教会が孤児院を運営しているらしい。
10人の子供に対して神父1人、シスター1人で、なかなか手が回らないそうだ。
まあ寝る部屋があって食事もつけてくれて、信仰を強要しないなら、なんでもいいだろう。
食事の支度、洗濯、家庭菜園の野菜栽培、事務仕事を手伝ってほしいらしい。
家庭菜園だなんて、いかにもこのゲームらしい遊び方だし、スローライフの一環だと思えばなんてことないか。
遊びの中でも洗濯するのは億劫だと思ったが、水を出すのが主な仕事らしいし、VRゲームでの食事にも興味がある。
悪い話ではなさそう。
「孤児院の手伝いですね。是非ご紹介いただきたいです。」
「ありがとうございます!ではここで紹介状を作成いたしますので、少々お待ちください。」
見るとヘペルさんがバインダーを手に取り、なにやら書き付けている。
きちんと封をした書状を預かり、教会の場所を教えてもらった。
「お金が溜まったら、また冒険者ギルドに登録にいらしてください。」
「はい、そうします。ありがとうございました。」
お礼を言って部屋を去る。
帰り際、受付の男性にも頭を下げておいた。
なんだかゲームスタートから躓いてしまったが、今晩の食事も寝床も心配なさそうだし、結果オーライ、ってとこかな。
このゲームには空腹システムがあり、満腹度が下がっていくと、EPの減りも早くなってしまうのだ。
その代わり味覚の再現にはこだわっていて、食事の満足感は高いらしい。
道なりに高所を目指していけば、町の高台に教会はあるとのことだった。
安心感からか、足取りも軽く教会へと向かっていく。
教会に辿り着くと、お世辞にも立派とは言えない建物が二つ並んでいた。年月の重みが感じられる。
一つが教会で、一つが孤児院だろう。
どっちに入ればいいんだろうか。
奥まったところにあるのが孤児院の方かな。
シンボルツリーが植わっていてなかなか居心地は良さそう。
孤児院の方へ回っていくと、確かに家庭菜園らしき畑が見えた。
さて、これからどうなるだろう。