夏の終わり
秋になる前に解決したい問題があったので、猟師ギルドを訪れることにした。
猟師ギルドは町の外れの門の近くにあった。
冒険者ギルドや薬師ギルドと違って、建物っていうか、小屋?ログハウス?って感じ。それが大中小3つ並んでいる。
「こんにちはー。」
と外から呼びかける。
「あいよー。」
と返事が返ってきた。
よかった、前もって訪問を伝えておいたので、無人ってことはなかった。
返事がした1番小さい小屋に入ると、大柄な男性が立ち上がって迎えてくれた。
「はじめまして、ダッサイです。」
「俺は猟師ギルドマスターのトーベだ。よろしくな。」
猟師ギルドにはカウンターはない。
農家ギルドにあった販売スペースもなかった。
小屋の中を思わず色々と観察してしまう。
壁一面に鞣された革が丸めて保管されていた。
促されて丸太の上に座る。
猟師ギルドは狩猟権を管理している。
こちらは肉が欲しいのでライセンスを買ってもいいのだが、自分もずっとヤズイにいるつもりはないのでちょっと困る。
ライセンスは年契約ではなく、生涯契約で、代々相続しているくらいのものなのだ。
そこで猟師ギルドに話を持ちかけることにした。
ライセンスなしで狩猟に参加させて欲しいこと。
1週間に1度は肉が欲しいこと。その他の穫れた肉はギルドに提供すること。
穫れた皮はすべてギルドに提供すること。
その代わり罠猟や巻狩りなど猟の仕方や革鞣しのやり方を教えて欲しいこと。
トーベは暫く話を聞いていたが、まずは体力試験から、と提案してきて、今週の日曜日に試験が課されることになった。
「悪いようにはしないよ。アンタが誰の為に肉を必要としてるかわかってるからな。
だが、猟には危険もある。まずは体力からだ。
アンタ弓は使えるか?」
「いや、弓はやってきませんでした。」
「ふうん、じゃあ日曜日に弓の適性でも見てやるか。」
そういうことで、日曜日は体力試験かつ弓適性試験が行われることになった。
それから、鹿革と羊革が欲しかったので、結構大量に売ってもらった。
ストライダーは弓が扱えないことはないので多分大丈夫だと思うが、リアルでも弓道やアーチェリーはやったことがなかったので、まだ子供達が帰ってくるまで時間があったこともあり、冒険者ギルドに寄って弓の練習をしていくことにした。
冒険者ギルドの練習場で手頃そうな弓を選び、的をめがけて射る。
結構難しい。
まあ初心者だから仕方ないか。
もしも試験に合格したら、弓の心得というスキルを取得し、冒険者ギルドで講習を受けよう。
冒険者ギルドの近くに武器屋があるのでついでに弓も下調べしておく。
弓も、弓がけ?グローブ?も買える範囲内だったので安心した。
帰りに工芸家ギルドにも寄って革細工に必要な道具を揃えてきた。
大量の革を買ってきたのは、子供達に革靴を作ろうと思っているからだ。
でもいきなり、立派な革靴を作れないのはわかっている。
作ろうとしているのは革足袋とモカシンシューズ的なスノーシューズだ。
革足袋は、木靴より遊びやすそうだなと思い立ったからだ。
幼稚園や保育園とかでも足袋を使っているところはあるっていうし。
スノーシューズはそのまま冬への備えだ。
起毛させた鹿のスエードで作って、中には羊毛でも入れようかなぁ。
上手く出来るといいな。
早速、革細工と防具作製のスキルをそれぞれ1ポイント使って取得する。
いずれ自分の防具は自分で作成出来るようになりたい。
というわけで、これは無駄遣いではないのだ。
夕方、子供達が帰ってきてからは採寸大会になった。
これはこれで非日常的なイベントとして楽しんでくれたようだ。
試験当日、門で待っていると弓を背負っているトーベがやってきた。
「おはようございます。」
「よお、おはようさん。じゃ、行くか。」
と2人連れ立って出発した。
まずは池に連れて行ってくれ、ここは鴨なんかの猟場だ、と教えてくれた。
それから道なき道を進む訓練、といって本当に道のないとこに突っ込まされた。
腰鉈で藪漕ぎしながら進んでいると、
「おー、他人の後ろを通るのは楽でいいやなぁ。」
とかのん気な声が聞こえる。
鹿の足跡や糞についても教えてくれた。
罠猟をする時に使うのはタヌーサというツル性植物の枝だそう。
弓の試験もした。
緊張したが、森の中でも遠目が利くところは評価してくれた。
まあ、まずまず、ということで一応合格らしい。
その日は1日歩き通しだったが、体力にも問題がないのを見て、トーベは猟師ギルドとしても提案した条件をのむことを了承してくれた。
町に帰ってきてから連れて行かれたのは、猟師ギルドからほど近い家だった。
トーベが声をかけると中から出てきたのはオラスという名の25歳の若い男性だった。自分のパートナーになる猟師だと説明される。
若いといっても自分より先輩には違いないので挨拶すると、ぶっきらぼうな返事が返ってきた。
後ろから出てきたオラスのお母さんは明るい人で、この子こんなんだけどよろしくね!と言ってバンバン背中を叩かれた。
悪い人達じゃなさそう。
来週の日曜は矢の作り方についてオラスが教えてくれることになった。
鏃以外は自分で作成するのが習わしらしい。
オラスやトーベと別れた後、すぐさま弓の心得・罠猟・木工・細工・素材加工・武器作製のスキルをそれぞれ1ポイントで取得した。
後悔はない。
こういう時の為に貯めていたスキルポイントだし。
それからは冒険者ギルドに納品に行く度に弓の練習をしている。
変な癖がついてもいけないと練習場の弓ではなく、自分用の弓を買うことを推奨され、弓道具一式も買い揃え、お金を払って弓の講習も受けた。
上達している、と信じたいところだ。
オラスとはあれからもちょこちょこ会い、くくり罠の作り方なんかも教えて貰っている。
矢はなるべく夏の間に作り貯めておくといいらしい。
矢羽用の雉の羽根も沢山譲ってくれた。
木工と細工・素材加工・武器作製のスキルアシストで矢の作製は難なくいっている。
そんなある日、冒険者ギルドにシーズン最後となりそうな黄金百合の納品に行くと、納品受付の若い男性職員から、薬師ギルドから指名依頼が追加できていると知らされた。
なんでも月光草という植物は夏の終わりの月夜にしか咲かないそうで、その花粉には強い薬効があるらしい。
職員によると、白鷺草とは比べものにならないくらい高額で取引されているとのこと。
しかし、夜にしか咲かない上にこれも崖に生える植物なのだ。
夜にロッククライミングしろってか!?
自殺行為としか思えなかったので断ろうとしたのだが、男性が必死になってよく考えた方がいいですよと力説するので、保留にしてもらった。
翌日薬草の選定作業をしながら猫耳婆に文句を言うと、夜目のスキルを取ればいい、と事も無げに言われた。
思わずじゃあお前がいけよ、という言葉が喉元まで出かけたが、婆は言いたいことはわかっているとでもいうように高笑いし、一人じゃ危ないから誰かと一緒に行きな、という言葉を残して去っていってしまった。
ということで、パーティー推奨依頼がきた!
やっとMMOらしくなってきた。
でもヤズイにはプレイヤーは多くない。
それもこの辺りの景色を気に入ってヤズイに滞在している画家くらいで、特に旨味のあるクエストとかモンスターがいるわけでもないので、はじまりの町としてスポーンしない限り、積極的にプレイヤーが来るような場所でもないのだ。
大体パーティーといっても最適人数もわからない。
1パーティー6人が最大だが、6人でゾロゾロ行くものでもなさそうだし。
野良掲示板で募ってファストトラベルで来てもらう?
それも無理ゲーだ。
グダグダ考えながらも手足は動き、採取しながら森の中を歩く。
結局何もいい案は思いつかないまま町に戻ってきた。
門から近いオラスの家に寄り、日頃のお礼に、集めたクロスグリで作ったジャムを渡す。
おばさんは大喜びしてくれて、背中をバンバン叩きながら、お茶入れるからそこに座っててね、と家の中に迎え入れてくれた。
オラスも、オラスのお父さんも猟師で、春夏は畑作をしている。
冒険者ギルドにも登録していて、時折依頼をこなすこともあるんだとか。
お父さんは愛想のいい人だ。
どうやってオラスの性格は形成されたんだろう。
お茶を出されもてなされていると、オラスもやってきて、隣でお茶を飲む。
おもむろに
「何か悩んでいるのか?」
と聞かれた。
オラスはぶっきらぼうだけど人をよく見てるし、心配してくれるいいヤツなのだ。
「うーん、薬師ギルドから2人以上推奨の依頼がきたんだけど、アテがないんだ。」
「どんな依頼なんだ?」
「月光草の花粉採取。」
すると向かいの台所から月光草!?という声が聞こえてきた。
おばさんは興奮したように、
「ならオラス、あなた手伝いなさいよ、月光草の依頼なんてなかなかないのよ。
出来る人も少ないしね。」
と言い募る。
「オラスは夜目持ってるんだ?」
「猟師は大体持ってる。」
「崖登れるの?」
「いや。」
「でも、登ってる間ダッサイを守ることは出来るわよ。
夜間は強いモンスターも出てくるしね。道中2人の方が安全よ。
これで決まりね!」
とおばさんはさっさと話のまとめに入っている。
「いいの?」
と聞くと、オラスは頷いた。
報酬はで6:4で分配することにした。
仕方なく、自分も夜目を取った。1ポイントだけど、なんか悔しい。
ライトの魔法も使えるが、戦闘を避けつつ進むには夜目の方がいいと言われた。
そもそも月光草は月の光以外を当てると薬効が落ちるらしいので、ライト厳禁だそうだ。
まあ、仕方ない。
冒険者ギルドで、指名依頼を受ける旨伝えると、細い遮光瓶を渡された。
これに入れろということらしい。
孤児院に戻ってシスターアンナにこれから晴れて月夜が予想される日は夕食の手伝いを出来ないと説明すると、快く承諾してくれた。
いつ晴れていつ雨が降るか、ゲームの中で天気予報もないのでわからない為、オラスとは午後から行動を共にすることにした。
木の実採集や樹上茸採取の分け前は半々だ。
自分の移動スピードはかなりのものだと思うが、オラスもなかなかのものだ。
2人いると効率よく採取出来てテンポよく進める。
オラスも畑より森の方が心なしか生き生きしているように見える。
夕飯はそれぞれ弁当を持ち寄って食べている。
町の外なのでいつモンスターに遭遇してもいいように、パパっと食べられるものを携帯している。
肝心の月光草の採取の方だが、微量ずつだが、集まってきてはいる。
本当は自分の調薬用にも保管したいけど、量があんまりないからなぁ。
2人で報酬を分けるのであまり我が儘は言えない。
新月まであと3日間。それを過ぎるともう月光草は咲かないという。
手元をよく確かめつつ登る。
登攀スキルがLv.3に育ってて本当によかった。
よくこんなことをゲームでやってるなぁとも思うが、夜間のロッククライミングなんてゲームでしか出来ないことではある。
角度によっては見づらいが、月光草自体は淡い光を放っているのでわかりやすくていい。
月光草のところまで登ると達成感に包まれるが、それよりも幻想的な光景に目を奪われる。
月の光を浴びて薄く輝く花は確かに美しい。
雄しべをぽん、と指で揺らし、キラキラと舞う花粉を集める。
すごくゲームっぽい瞬間だ。
でも実際にはこの後崖を降りる作業が待っているので、油断は出来ない。
降り立った地点の安全が確保されているのは頼もしいが。
オラスは弓の腕は確かで、気配察知や気配遮断のスキルは自分の上を行く。
夜間に同行してもらう人材として、文句のつけようがない。
自分達2人は、なかなかいいコンビなんじゃないか。
そう勝手に思っている。
報酬の山分け、を分配に修正し、わかりやすく6:4表記にいたしました。
取得したスキルに細工が入っていなかったので、訂正しました。