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エルフの嫁と添い遂げる冴えたやり方(後編) 東京の実家にて

「ここは……」


 闇を抜けて、再び明るくなった世界を僕たちは確認する。


「まあ、僕の故郷だね。現代、東京の郊外市」


 もう少し、じっくりと新しい世界を調べたいと思っていそうだったエディスに、僕はあっさりとネタバレをすることにした。


「すぐに、分かるの?」


「まあ、そうだね。だって、すぐ目の間に、僕の実家があるし」


「え?」


 『新木』の表札がでている家に僕は近づいていく、間違えるはずもない生まれてからずっと高校までを過ごした我が家だ。


「実家……ということは、親が……」


 僕の後ろに隠れるようにして、エディスはついてきていた。


 そして、家の玄関に近づいたところで人の姿を見つけてしまう。小さな庭だったけれど、父さんはいつも雑草を抜いて木々に水をあげたりといった手入れをかかさなかった。


 今日も麦わら帽子をかぶって作業をしている父さんの姿を見つけてしまった。


「父さん」


 呼びかけると振り返って目があった。かなり髪に白いものが増えただろうか、それでも元気そうな父の姿を見て安心した。


「一平? 一平か?」


 父さんは、僕の姿を確認すると小さなシャベルを投げ捨てて、走り寄ってきた。


「無事か。無事だったんだな。よかった」


 僕の両肩に手をおいて、父は涙を浮かべていた。あまりにもさっきから慌ただしすぎて心がおいついていなかったけれど、どうやら本当に帰ってきたらしい。そして、帰ってきてよかったと僕も涙を浮かべていた。


「何ていうか……たくましくなったな」


 父さんは、顔をわずかに下に向けて僕の体を確認すると肩を叩いた。

 しまった。まだ僕は全裸のままだった!

 かなり恥ずかしい光景に、まったく動じることなく、とりあえずいったん家に入ろうかと勧めてくれる父だった。


「ど、どうも」


 そんな中、僕の背後からエディスがそっと顔を出して、父さんに挨拶した。


「……エディス?」


「あ、覚えていてくれているのね」


 父さんは固まっていた。まさか、三十年近くたってエルフ耳の女性に再び出会うことなんて考えていなかったのだろう。


「生きていてくれたのね。よかったわ……それにしても随分と老けたわね」


 エディスは、感激しながらも父を見て笑顔だった。この笑顔を見ると二人が再び会うことができてよかったと思うのだった。


「うわ、でも、こうやってみると歳をとっている以外はそっくりね」


 ぼそりとエディスは僕と父さんを見比べながらつぶやいた。


「君は、相変わらず若くて美しいままだね」


「……何を言っているのよ。馬鹿」


 自然体な初老の男性だけに許される歯の浮くような台詞に、エディスは少女のように顔を赤らめて照れていた。

 心の底から再会させて……よかった。と素直には思えないくらいに僕の心に見苦しい嫉妬の炎が燃えていた。



「母さん。一平が帰ってきたよ! エディスも一緒だよ」


 玄関に入るなり父は元気に呼びかけていた。


(エディスなんて言われても、母さんは誰だか分からないだろう……)


 父が階段を上り二階に行ってしまった中で、僕たちは柱の陰から顔を半分だけ出して、さらにおたまで口元を隠してこちらの様子を探っている女性を見つけた。


 もちろん、僕の母さんだった。


 僕の姿を見て、喜んで走りよってきてくれると思っていたのに、躊躇している。まあ、遠くからだといきなり全裸の男がやってきたようにしか見えないから警戒しているのだろう……そう思っていた。


「ナミエ!」


 僕の後ろから、エディスが戦闘中でもなかなか見ないスピードで僕を置き去り、走っていった。


「一平ちゃん。おかえり~。エ、エディスちゃんも久しぶり」

「え? なんで母さんが?」


 僕の母さんは、エディスに捕獲され……じゃなかった抱きしめられながら、ぎこちない笑顔を浮かべていた。


「心配したのよ。馬鹿!」


 エディスの大きな声が家中に響いた。


 とりあえず僕は服を着ることにする。

 高校生の時に着ていたジーパンとTシャツはまだ入ったけれど、かなり胸元とかは苦しいなと思いながら、和室に向かった。


 着替え終わると、和室に向かった。机の反対側に、両親が並んで座っていて、エディスはこちらがわで座布団の上で頑張って正座をしようとしているところが可愛らしかった。

「まあ、一平ちゃん。似合うわ。随分とたくましくなったのね」


 ただのTシャツ姿なのだけれど、数年ぶりにあった息子の姿を見て褒めてしまうのはまあ仕方がないのだろうと素直に受け止めていた。


 正座した僕は、とりあえずエディスに両親を紹介しようとした。


「ええと、それで……。こちらが僕の父、フミヒコです」


「知っているわ」


 当然という態度でエディスは答えた。まあ、さっき聞いた話だと僕より付き合いが古いのだからいまさら紹介してもらうまでもないのだろう。


「そして、こちらが母です」


「知っているわ」


 エディスは、素っ気なく返事をした。父の時よりわずかに声が厳しかった気がする。


「……どういうこと?」


「つまり、三十年前の……先代のドラゴンスレイヤーがこの二人なのよ」


「ええ!?」


 エディスの告白に僕は驚いていた。この目の前にいるほんわかした夫婦が、先代のドラゴンスレイヤー?


 まあ、確かに父さんは力仕事でもないし、スポーツも特にやっていなさそうなのに体格がいいなとは昔から思っていたけれど、母さんまで。


「天才魔法使いナミエって、この娘のことよ」


 その名前は、確かに何度も聞いたことがある気がする。仲間の魔法使いもとても尊敬していた。


「あはは。そうお母さん天才なのよ。あ、あと、エディスちゃん。私、こっちの世界では日菜多って名前だから」


 そう。ナミエなんて名前は知らなかった。まあ、異世界での名前なんて普段は、隠しているものなのかもしれない。


「フミヒコと比べると、妙に若いわよね」


 エディスの指摘に、母さんはぎくりとしたように背筋を伸ばすと、冷や汗を流してしばらくうろたえていた。エディスの鋭い視線に、真っ直ぐ前を見られないようでしばらくは挙動不審な動きを繰り返している。


「ええと、フミヒコ君が事故で転移するのを目撃した私は、死後の……じゃなかった。こちらがわの世界の存在を認識しました」


 意を決したようにというか、誤魔化しきれないと思ったのか母さんは説明しだした。昔から、僕が指摘してもよくあることだった。


「天才魔法使いな私は、数ヶ月ほどで異世界転移魔法を完成させました。ただ……ちょっと発動に失敗してしまい魂だけがこちらに来ることになったのです。つまり! ついでに! 異世界転生魔法の秘密も解明したのです」


 自慢なのか、失敗エピソードなのかまったくわからない。


「転生?」


「亡くなって、こちらの現代日本の世界で生まれ変わって赤ちゃんから育ったということだと思うよ」


「禁忌の魔法じゃない! 死んでいるじゃない! まったくもう、あんたって娘は!」


 エディスは、涙を浮かべながら怒っていた。もう三十年前のことだというのに、優しいなあと思っていた。


「友だちなんだから、ちゃんと教えてよ」


「ご、ごめんね。エディスちゃん。どうしてもフミヒコ君に会いたかったから、無茶しちゃった」


 母さんが嫁さんに怒られている状況に、僕としては不思議な気持ちになる。


「まあ、別に、もう昔のことだからどうでもいいわ……」


 エディスは、浮かせた腰を下ろして拗ねたように座り直した。納得いかないこともありそうだけれど、水に流すことにしたのだろう。


「ええと、それで、こちらは……ご存知みたいだけど、エディス・マキロイさん。この度、結婚することになりました」


「ええっ」


「おお」


 両親は、驚きつつも喜んでくれた。


「ち、ちょっとそんないきなりご両親に挨拶とか……」


 エディスの方は、両手を別々にふりまわしながら慌てていた。その仕草もうん、かわいい。


「もう、よく知った仲なんだし、黙っていても仕方がないじゃない」


 ちょっと意地悪かもと思いながらも、報告しちゃったほうがいいというのは本心だった。

「……昔の仲間の息子と結婚とか、何か照れる……」


 照れながら僕の方に倒れてきて、顔を隠すエディスはとても可愛らしい。両親もその様子を見てほっとした表情で見ていた。


「そう言えば、この石って何だか知っている?」


 エディスが僕の背中に顔をつけたままで動かないので、僕はTシャツの襟を引っ張って、胸元を両親に見せた。


「え? ああ、見当たらないと思ったら、一平の体に埋め込まれていたのか」


「あああ、それは。私が埋め込んだ魔石」


 父さんは驚き、隣の母さんは慌てていた。


「ナミエ! あなた! 人の思い出の品を勝手に使っているんじゃないわよ!」


 エディスは立ち上がると、母さんに文句を言っていた。かなり最初から怪しいのは母さんだと思っていたみたいだった。


「だって、こっちの世界だと魔石を作るの難しいんだもの」


 開き直って拗ねる母だった。身内とはいえ、かなり見苦しい。


「そもそもなんで、魔法使いでもないイッペーに埋め込んでいるのよ」


「まあ、聞いてください。私は一平を産む時に、この子の未来を見ました。フミヒコ君と同じように異世界に行って、美少女たちに助けられながら世界を救う。そんな未来です」

「へ?」


 高校生の頃だったら、とても信じられない話だっただろうけれど、こうして実際に体験してしまうとすごいと感服する。


「ですので、異世界に行っても戻って来られるように、リンク付きで住所を貼って埋め込んでおいたのです」


「あれだね。ペットに連絡先を書いたマイクロチップを埋め込むみたいな……そんな感じだね」


 僕としては、ペットと同じ扱いかと呆れはしたけれけれど、まあ、実際、こうして帰ってこられたのだから、感謝するしかなかった。


「す、すまないね。一平、エディス」


 父さんの方が、悪いことをしたように謝っていた。


「別にいいよ。こうやって、結婚の報告もできたことだし」


 僕は笑った。エディスの方も怒りを静めて、ちょっと照れながら笑顔になっていた。


「でも、僕は向こうの世界でエディスと生きていくよ」


 僕のその言葉に、両親はちょっとびっくりしつつ悲しそうな顔になった。


「まあ、そうよね……エディスちゃんは、エルフだものね。こっちの世界だと暮らしにくいわよね」


 仕方がないかと、母は落ち込んでいた。その様子を見て、自分のせいで親子を遠ざけてしまうことになりエディスはそっと母の肩に手をかけようとした。


「じゃあ、今晩くらいは泊まっていってね。今日はごちそうを作るわよ!」


 エディスの気遣いなど知らなそうに、すぐに元気そうに立ち上がると慌てて台所へと走っていった。




 一晩の日本での食事、お風呂、そして布団での眠りは懐かしく楽しいものだった。


「じゃあ、一平ちゃん。体に気をつけてね」


 送り出す朝の母さんはいつも通りだった。高校生の時に学校に送り出すのと何も変わらない調子だった。


「エディスちゃん。一平をよろしくね」


「……そういうのを聞くと、我がまま娘もお母さんになったんだって実感するね。分かりました。お義母さま、お任せください」


 最後はちょっと茶化して、エディスは笑っていた。


「エディス……残してきてしまって心配したけれど、幸せそうでよかった」


「本当よね。何が起こるか分からないものね」


「おっと、父さん、エディスはもう僕の嫁だから!」


 感動の別れっぽいところに割り込む僕は自分でも必死すぎるとは思うけれど、そうせずにはいられなかった。


「あはは、分かっているよ。一平、エディスを幸せにしてやってくれ」


「言われなくても、幸せにするよ」


 にらみ合う親子のやり取りに、エディスは少しの間だけ困惑したように僕たち親子を交互に見ていたけれど、その後は楽しそうに笑っていた。




 母さんの魔法で、僕たちは再び空間の穴を通った。


 真っ暗な闇を抜けて、明るくなった世界は、出発した場所と同じだった。エルフの森、エディス家のベッドに帰ってきた。


「どうなることかと思ったけれど……よかったわ」


 エディスは、大きく深呼吸をして扉も開けて家の外を確認していた。出かける前と何も変わってはいなさそうで、用意した朝食だけは無駄になってしまうけれど、元の日常に戻ることができそうだった。


「それは、何?」


 エディスは僕がもってきた鞄とそこから取り出した小さな手製の本を覗き込んだ。


「母さんが研究していた異世界転生についてまとめた本だって。記憶と人格と外見情報もできるだけ保ちつつ、異世界転生する方法が書いてあるって」


「な、何を教わっているのよ!」


 しばらくは意味がわからないようだったけれど、エディスは話を理解すると僕の顔を心配そうに覗き込んだ。


「大丈夫、すぐに死んだりしないよ。寿命で死んだ時のために用意をしておくだけ」


 エディスは、まだ何を言っているのという顔だった。死んで、あちらの世界に戻ろうとしているのではないかと疑っているようだった。


「うーん。この世界で僕が寿命で死ぬ直前にこの魔法を使っておいて……死んだらあっちの世界で記憶を持ったまま転生します」


「ん? うん」


「そして十五年くらいしたら、この魔石に書かれた転移魔法でエディスのいるこの世界に戻ってきます」


 もちろんその時には魔石はないだろうけれど、この魔法はずっと忘れない。

 必ずエディスを見つけ出すからと宣言する。


「エディスに、寂しい思いはさせないよ」


 僕は笑って、エディスを抱き寄せた。


「エルフも驚く、気の長い計画ね。いいわ。十数年なんて私にはあっという間だから待ってあげる」


 エディスはちょっと呆れたような顔だったけれど、僕が抱きしめた腕をそっと掴んで離さなかった。


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