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バッドデイ  作者: ふゆむしなつくさ
マウス・グレイ
6/16

(5)

 何をするでもなくベッドに寝そべったまま少しの時間が経った頃、部屋の外からトタトタと、誰かが階段を上がってくる物音が聞こえた。誰かと言っても、妹以外いないんだけどね。先程あんな言い方をしてしまった手前、どうにも一瞬身構えてしまったけれど、結局僕の部屋の扉を開け放つようなことはせず、妹は別の部屋へ入ったようだった。正直、少しほっとしたな。


 妹が入っただろう部屋には、簡単に予想がついた。

 僕の部屋を出て向かい側にある、父親の書斎しょさい


 そこは父親が趣味で集めている古いレコードやカセットテープ、僕が家に置いていったCDなんかがまとめて収められている小さな部屋で、5年程前まで僕も毎日のように入り浸っていた場所だった。


 …きっと今は、妹がほとんど一人で使っているんだろう。


 案の定、それから数分の後に、かけられた音楽が扉の隙間を伝って、微かに僕の耳まで届き始める。


 聴こえてきたのは、音楽にあまり触れなくなった僕が今でも追い続けている数少ないアーティストのもので、まだずいぶんと新しい、数年前出たばかりのアルバムに収録されている楽曲だった。


 エリック・クラプトンの、フォー・ラヴ・オン・クリスマス・デイ。


 勘弁してくれよ、と思ったね。

 よりにもよって、今そんな曲を流すのか、って。


 無論、わざとだろうな。妹は僕と違って、クラプトンはそれほど好きじゃなかったはずだし。大方おおかた、言い逃げをかまして部屋に閉じこもった僕へのあてつけに、この曲を流してるんだろう。癖ってほどじゃないけど、昔からそういうところがある奴なんだよ、僕の妹は。音楽を感情表現の道具にしてるっていうかさ。


 無性むしょうにこたえたな。面と向かって責められるよりも、よっぽどきつかった。どうやら間が悪いことに、この時の僕に対して、もう耐性がついていたはずの妹のその回りくどいやり方は、とても有効的だったらしいんだ。


 ベッドから静かに体を起こし、着たままだったモッズコートを脱ぐ。カーテンの隙間から差し込む僅かな月明かりを頼りにそれを椅子の背にかけ、ベッドへ戻り、入り込んでくる音楽を少しでも遮断するためにと、頭まで毛布をかぶった。


 今日はもう、このまま寝てしまえばいい。そう思った。眠りにさえ落ちてしまえば、聴きたくもない音を耳に入れずに済むからね。

 でもさ、たいして眠くもないのにベッドに潜ったところで、そう都合よく一瞬で睡魔が訪れてくれるわけがないんだよな。


 結局、『ハッピー・クリスマス』のアルバムがほとんど一周を終えるまで、僕は布団にくるまったままどうすることもできず、微かに、けれど確実に届くその音を聴き続ける羽目になった。本当に、心の底からいたたまれない、最悪の気分だったな。

 



 さっき、妹に対して引け目や申し訳無さを感じていると言ったけどさ。


 今更こんなことを言ったところで仕方のないことなんだけど、僕と妹は、なにも昔からこんな冷戦じみた間柄だったわけじゃなくてね。むしろある一定の時期までは、とても仲の良い兄妹だったんだ。それこそ、周りから珍しがられるくらいに。


 今となってはもう平気らしいけど、昔、妹は身体があまり強くなかった上に、小児喘息しょうにぜんそくを患っててさ。だから一緒に外へ出かけることこそそこまで多くはなかったけれど、そのぶん家では暇さえあれば二人して父親の書斎にもって、置いてあるレコードや古いCDを片っ端から再生して聴きあったりしてた。趣味が合っていたってのが、特別仲が良かった大きな要因だったんだろうな。妹は歌うことが好きで僕は楽器を触るのが好き、そんな違いこそあったけれど、僕も妹も父親の趣味の影響で、小さい頃から音楽が好きだったからね。


 休日にたまに二人で出かける時なんかは、いつも妹が当たり前のように僕の自転車の後ろに乗るもんだから、僕は毎回ヒヤヒヤしながら慎重にペダルをぐ羽目になった。うっかり転倒でもしようものならそのままポキッといっちゃいそうなほど細っこくてさ、気が気じゃなかったんだ。とうの妹はそんな人の気も知らず気楽なもんで、いつも決まって「お兄ちゃん、遅い」とかなんとかぶーぶー言ってたけどね。まぁ僕は僕で「ぜいたく言うな」って言い返してたから、おあいこだな。


 もしかしたらあの頃の僕と妹は、学校の外じゃ、友人といる時間や一人でいる時間より、兄妹二人でいる時間のほうが長かったかもしれないよ。

 それくらい、僕と妹はしょっちゅう一緒に過ごしていたし、良好な関係を築いてたんだ。


 ところが、ちょっとした悪要因が重なって、僕は一時期をさかいに急速に落ちぶれていくようになってさ。その過程で口数くちかずも一気に減って、父親の書斎にもだんだん寄り付かなくなり、自分のことだけで精一杯で妹とも距離をとるようになっちゃってね。


 結果、その時期を経て半年も経つ頃には、今みたいなお互いろくに口も利かない関係が出来上がった、というわけなんだよ。


 つまりね、ようするに何が言いたいかっていうと、最初に関係を悪化させる要因を作ったのは、僕の方なんだ。それまではしたってくれていた相手を、自分の都合で唐突に放り出して、勝手に塞ぎ込み始めてさ。


 誰だって、自分のことを無下むげに扱う人を良く想い続けるのは難しいものだろう? 兄妹だろうがなんだろうが、それは変わらないね。


 引け目ってのは、そういうことさ。悪いのは僕の方なんだ。妹が僕を嫌っているとしたって、そんなのはただの、僕の自業自得ってやつなんだな。


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