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バッドデイ  作者: ふゆむしなつくさ
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(2)

 僕が在籍している大学は、実家最寄りの駅から数えるとおよそ1時間ほど電車で行った場所にあって、今日も僕は、定められたルーチンワークのようにそこへ向かっていた。


 なんて言うと、まるでごく普通に講義を受けに行くかのように聞こえるかもしれないけど、実はそうじゃないんだ。なにせうちの大学は五日前からもう冬期休暇の期間に入ってるからね。講義なんてそもそもやっちゃいない。開放自体はされてるから、各々(おのおの)の用件でいつもそれなりに人はいるけどね。


 加えて僕は、なにかサークルに所属しているわけでもないし、大学に友人と呼べるような誰かがいて、そこで待ち合わせをしてるってわけでもない。友人がいないことに関しちゃ、別に今に始まったことじゃないけどさ。

 

 それでも、ひとりきりの大学生活ってやつは、同じ条件の高校生活に比べてみれば、ずっとマシではあった。大学っていう場所は、僕みたいな孤独を絵に描いたような野郎でも、そこそこ過ごしやすい環境になってるんだな。


 これは僕が勝手に思っていることだけど、大学って所は、それまでの中学や高校に比べると、人同士の結びつきを強要する力、みたいなものが極端に弱いんだよ。そういう空気ってすごく楽なんだ。この感覚は、好んでにしろ思いがけずにしろ、ひとりでいることが多いって人には、それなりにわかってもらえるんじゃないかと思う。良かれ悪かれね。


 ごめん、話が逸れちゃったな。


 つまりね、僕は本来なら、休みの日や履修科目りしゅうかもくの無い日にわざわざ学校へ行く、なんて行為からは、最もかけ離れたところにいる類の人間なんだ。


 進級のための最低限の履修だけを詰め込んで、通学や出席の機会自体を極力きょくりょく削り、行ったら行ったでただの一言も発さず一日をやり過ごし、必要がなければ家にこもって外へ出ない、そんな人間なんだよ。


 にも関わらず、そんな僕がなぜこうして毎日、用もないのに大学へ通っているのかといえば、それは、ひょっとしたらコヨリに会えるんじゃないか、という期待がどうしてもあるからだった。


 そう、幼馴染の、あのコヨリだ。


 皆にはまだ話してなかったけど、実は僕とコヨリは、偶然同じ大学へと進学していて、そこで再会を果たしてるんだ。


 いやぁ、自分で言うのもなんだけど、運命的だとすら思うね。

 落ちぶれていくにつれて、自分の中で一番色鮮やかに残っていた『コヨリとの記憶』にどんどん傾倒けいとうしていった僕が、ふとした拍子ひょうしにそのことを知った時、どれほど喜び勇んで彼女の姿を探したかは、想像にかたくないだろう。


 ただ――、そうだな、ここからは少し、いや、僕にとってはとても、重要な話になる。


 少しばかり、その時のことについて、詳しく話させてほしい。


 去年の四月。入学を終えてまだ間もない頃だったな。

 大学の敷地内を散々歩き回り、時には出入り口で行き交う連中をひたすら眺め続けて、僕は丸二日かけてやっと彼女の姿を見つけ出して――。

 そして、奇跡なんてものは、必ずしも都合の良い形でもたらされるわけじゃないと。

 そんな当たり前のことを、今更思い知ることになったんだ。




 およそ六年ぶりに目にしたコヨリは、僕の知る彼女の姿とはまるで違っていた。


 外見の話をしているわけじゃない。いや、勿論外見もずいぶんと様変わりして、とても魅力的に成長を遂げていたけれどね。


 ただ、そうじゃないんだ。そういうことを言っているわけじゃない。


 一言で済ませるなら、彼女は僕の知っているコヨリとは、真逆のような女性になっていた。


 柔らかな笑みが絶えず、社交的で、ふわりとした優しい雰囲気と自然な気遣いで常に場の空気を明るく保っているような、そんな女性になっていたんだ。


 その時、コヨリは男女入り混じった数人のグループの中にいて、僕が彼女の変化にひと目で気付いたのはそのためだったんだけど、今にして思えば、僕はよく、すぐに彼女がコヨリだということに気付いたものだと思う。


 彼女との思い出にずっとすがり続け、それを精神的な支柱としてきた卑屈な男が、【ここに彼女がいる】と知った上で探したからこそ、僕はその女性がコヨリだってことにすぐ気付けたんだろう。そうじゃなきゃ、もしかしたら、たとえ間近ですれ違ってもわからなかったかもしれない。


 それくらい、彼女は僕の知るコヨリとはまるで別人だった。


 なんの冗談かと思ったよ。

 目と鼻の先で楽しそうに笑っている彼女の姿が信じられなかった。

『待ってくれよ、君はそんな、集団の中心にいるような子じゃないだろ』なんて、そんなセリフがひたすら頭の中をぐるぐる回っていたな。


 でもね、今にして思えば、そこまではまだ良かったんだ。想いを寄せた幼馴染が、いつの間にか大きな変化を遂げていた。でも、その魅力には些かの陰りも無かった。それだけの話だ。確かに衝撃は大きかったけど、それでも、待ち望んだ再会を躊躇ためらわせるほどじゃなかった。


 本当の問題は、だから、むしろここからなんだ。


 成長したコヨリの姿に戸惑い、若干気後れしながらも、彼女に話しかけるために足を踏み出そうとして、そこで僕は気付いちまったんだな。決定的な事実って奴に。


 コヨリは、恋人と並んで歩いていた。


 腕を組んだりだとか、手を繋いだりだとか、別にそういうことはしていなかった。けれどどうしてか、すぐにわかってしまった。そう気付かせるだけの根拠が、そこには確かに存在していた。


 隣にいるその男のことを、僕は知らない。だが、それを補ってしまう程度には、僕はコヨリのことを覚えすぎていた。彼女がそいつに向ける眼差しは、周りの連中に向けるものと比べて、明らかに特別だった。外見は変われど、どこか慈しむような、そんな親しみの込もった眼差しには昔の面影が微かに滲んでいた。


 その眼差しを、僕はよく知っている。

 だってそうだろう? 

 かつて、僕はその視線の先にいたことがあるんだ。


 踏み出そうとした足はそのまま力を失い、僕はコヨリと隣の男を見つめたまま、呆然ぼうぜんとその場に立ち尽くした。数瞬前に頭を埋め尽くしていた困惑は、その時点でもう完璧に吹っ飛んでいた。突然周囲が氷点下にでもなったような感覚だったな。目の前の状況を認識するってことを、無意識に拒絶してたのかもしれない。


 結局、コヨリ達のグループが視界から外れてしばらくするまで、僕は立ち尽くしたその場から一歩も動くことが出来なかった。


 その日、僕は、『僕の隣にいるコヨリ』の姿を見失った。

 文字通り夢にまで見た再会は一方的なものに終わり。

 そして今もまだ、僕は彼女との本当の意味での再会を、果たせずにいる。



 結局の所、僕はどこか楽観視していたんだろうな。


 時間の持つ影響力ってものを、甘く見すぎていた。


 自分だってこうも変わっているというのに、彼女は、コヨリだけはそうじゃないと、互いの存在を支えにして歩いていたあの頃のままでいてくれていると、心のどこかでたかをくくっていた。


 自分が過ごしてきたのと同じ分だけ、彼女にも時間が蓄積しているだなんて、そんなことはわかっていたはずなのに、その本当の意味を欠片も理解していなかった。薄汚れた願望が、どうしようもなく目を曇らせていた。


 なんてことはない。言ってみれば単純な話だよ。


 彼女は、あの夏休みの終わり、最後に過ごしたあの日から、ずっと前に進み続けていた。


 立ち止まっていたのも、成長していないのも、僕だけだった。


 ほんと、馬鹿馬鹿しいにも程があると、自分でもそう思うよ。

 笑い話には、出来そうにないけどね。

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